20話:ゆるキャラと九死に一生スペシャル
その隙を〈森崩し〉は見逃さなかった。
大木よりも太い胴体に打ち据えられる直前、俺は咄嗟にフィンを抱きかかえて体を丸める。
直後に未だかつてない、いや、生涯で二度目の衝撃が全身を襲った。
体中の骨が悲鳴を上げて、視界が高速でスライドする。
放物線を描きながら吹っ飛んだ先は〈森崩し〉が暴れまわって出来た更地だ。
木々に激突することなく、だだっ広い地面にぼてりと仰向けに墜落する。
トラックに轢かれた時と同等かそれ以上の激痛が全身を支配していた。
唯一違うのは意識は失わずはっきりしているということで、神経が焼き切れそうな痛みに苛まれ続ける。
まずい……体が一つも動かせない。
胸元に庇ったフィンの無事を確かめようと、視線だけを動かそうとしたら不意に周囲が暗くなる。
俺の体に影を作ったのは、追いかけてきた〈森崩し〉の頭部だった。
当たり前だがこの巨大な魔獣も全身に傷を負い、両目は潰れて右側頭部が陥没しているので満身創痍だ。
もう持ち上げているのも辛いのか頭を左右に揺らしていて、仮に俺たちを噛み殺してもその後すぐに死んでしまいそうだ。
だからといって見逃してくれるはずもなく、むしろ相打ちになってでもこちらを仕留めるという執念を血濡れの魔獣からは感じられた。
「んぎぎぎぎぎ」
少しでも時間を稼ごうと鳥足に力を入れてみるが動かない。
視線を鳥足に移せば変な方向に曲がっていて……これは無理だ、動くわけがない。
遂に〈森崩し〉が大きな顎を開いて、地面に転がるゆるキャラに迫る。
もう駄目だと諦めかけた時、〈コラン君〉唯一の装備品である赤いマフラーの内側から、フィンがもぞもぞと這い出してきた。
良かった、無事だったようだ。
俺が全力で庇ったからか、それともマフラーに〈混沌の女神〉謹製の防御効果でもあるのかフィンは無傷のようだ。
彼女は〈ハスカップ羊羹(一本)〉の最後のひとかけらを呑み込むと、素手で掴んでべとついた指先をぺろぺろと舐めている。
フィンの腕はゆるキャラの涎まみれだったはずなので、ちょっとそれはどうなんだろう。
「よーし魔力ばっちり!次は外さないんだからね」
頭上に浮かぶ蜥蜴の頭部を見てフィンが不敵に笑うと、二度目だからか多少流暢に言霊を紡ぐ。
『風舞え なぎまえ 空をひらべて きりきり舞えばーかまいたちっ』
フィンのかざした指先と〈森崩し〉の間に不可視のなにかが膨れ上がる。
見えないながらも圧倒的な存在感を放つそれは、暴風を巻き起こしながら正面の〈森崩し〉に襲い掛かり―――。
上体を傾けてあっさりと避けられた。
……あ、今度こそ終わった。
やはりこいつは何らかの手段で不可視の魔術さえも見えているのだ。
諦めの境地で迫り来る牙をぼんやりと眺めていると……。
『おかわり!』
フィンが反対の指を突き出すと、再び暴風が巻き起こる。
暴風に混じって撃ち出された見えない刃が、〈森崩し〉の大きく開けていた口を横一文字に切り裂く。
いや、相変わらずそれは刃でなかった。
高速で射出された巨大な空気の塊が、〈森崩し〉の下顎だけを残して上半分を削り取ったのだ。
あまりにも高威力で切断面が綺麗だった故の勘違いだ。
遥か後方まで〈森崩し〉の頭部だったものは吹き飛ばされ、散り散りになった肉片や脳漿を雨のように降らせる。
頭部が失われると脈動していた胴体の動きはピタリと止まり、地面へと力なく横たわった。
よかった、頭部はしっかりと弱点だったようだ。
プラナリアのように残された胴体側で頭部が再生するような様子は見られない。
「へっへーん、よけるなら当たるまで撃っちゃうもんね。魔力もちゃんと小分けにしたし。ねーねートージ、わたしすごかったでしょ?だから明日から甘いものを一日二回にしてくれていいんだよ……ってあれ、トージ?」
腰に手を当て空中で仁王立ちのポーズをしていたフィンだが、ゆるキャラからの反応が無いため訝しそうに下を覗き込む。
そして心配そうに頭上をくるくると飛び回るが、俺は返事をすることも出来ず次第に意識が遠のいていく。
体への深刻なダメージに加えて二転三転する生死のやりとりをした結果、俺は精も魂も尽き果てていた。
二度目の人生……ならぬゆるキャラ生は短いものだったな。
もしまた〈混沌の女神〉の猫が俺を転生させたなら、今度こそ文句を言ってやろう。
そう心に決めたところで、俺の意識は完全に暗闇へと落ちていった。
目が覚めると祝勝会の真っ最中だった。
俺………?いや、ゆるキャラだ。
ゆるキャラの体は最近の寝床である妖精の里のウッドデッキに寝かされていた。
むくりと体を起こしてあちこち確認してみるがどこにも痛みは無い。
時刻は既に夜を迎えているようで、広場には仮設のテーブルとイスが沢山設置されている。
テーブルの上には様々な料理と飲み物が所せましと並べられていた。
長方形のテーブルが等間隔に並ぶその様は、北海道でもよくあるビアガーデンを彷彿とさせる。
ちなみに照明は周囲の木々やメルヘンチックな妖精の家自体が淡く発光するという謎仕様だ。
祝勝会の参加者は迎撃部隊のメンバーの他、妖精女王のフレイヤを筆頭にした妖精の里の住人たちが参加していて、既に飲めや歌えやのどんちゃん騒ぎである。
「あっ、トージが起きた!よかったぁ、ずっと起きないから心配してたんだよ」
ウッドデッキ内のテーブルで飲み食いしていたフィンが、俺の覚醒をいち早く発見して腹に抱き付いてきた。
頬張っていたミートパイもどきで口と手を汚したまま抱き付いてきたので、ゆるキャラの毛皮はベトベトになる。
「心配させて悪かったな。助けに来てくれたおかげで命拾いしたよ」
「えへへ、あったりまえでしょー。トージにはこれからも饅頭や羊羹を出してくれないと困るんだからね!」
フィンは事あるごとに〈コラン君〉印の甘味を引き合いに出すが、それは彼女なりの照れ隠しだということには気付いている。
その証拠に頭を撫でるとフィンは嬉しそうにはにかみながら、エゾモモンガの顔に頬ずりした。
こちらの顔もミートパイもどきで汚れるが、それくらいは必要経費というものだ。
「じゃぁ早速羊羹出して!」
……誰が何と言おうと、照れ隠しなのである。




