199話:竜の幼女とゆるキャラ
※今回は主人公視点ではありません
わたしには姉さんがいる。
きれいで強くて自慢の姉さんだけど、今は側にいない。
他に同族や親族はいても家族と呼べるのは姉さんだけで、同年代の友達もいない。
その理由はわたしが他の子より飛び抜けて強かったから。
竜族は強い者に服従する掟があるので、他の子たちはわたしに気を使って対等には接してくれない。
わたしより強い姉さんは唯一の友達でもあったのに、三年前に現れた異邦人を追いかけてリージスの樹海を出て行ってしまった。
同年代以外だと叔父さんのアレフや叔母さんのマリア、メイドのクレアがたまに構ってくれるけれど、やっぱり友達とは違うので少し寂しい。
ううん、とても寂しい。
姉さんは追いかけた異邦人に恋をしていた。
最初は異邦人に姉さんを取られて怒っていたわたしだったけれど、次第に恋という感情に興味を持つようになっていく。
わたしの姉さんが好きという感情とどう違うのだろう?
言葉は知っていてもよく理解できなかった。
分からなければ分かりそうな人に聞いてみる。
アレフやマリアに「恋って何?」って聞くと揃って「シンクにはまだ早い」という返事ばかり。
ならいいもん、実際に恋をしている姉さんに直接聞くから。
姉さんにも会いたいし……。
そう思い立ち《人化》の練習を始めたけど、なかなかうまくできなかった。
三年かけてようやくできるようになったけど、今度は大人たちがわたしが樹海の外に出ることを許してくれない。
グレてやろうかと思っていた時、新たな異邦人トウジがやってきた。
灰色でもこもこですごくかわいいけど、声がおじさんの変な亜人。
わたしはかわいいものが好き。
でもかわいいものは小さくて臆病なので、竜族で大きくて怖いわたしには近寄らない。
取って食べたりしないのに……。
トウジは最初から怖がらずに、対等にわたしと接してくれた。
一緒にいた妖精族もフィンも同じで、二人とはすぐに仲良くなる。
その後トウジも樹海を出ていくことになり置いてかれるかと思ったけど、トウジが一緒ならとマリアが許してくれた。
樹海の外には不思議がいっぱい。
初めて見る景色や人種に緊張してうまく喋れなかったりしたけれど、トウジはそんなわたしを優しく庇ってくれた。
樹海での退屈な日々とは違って毎日が楽しいし、そこにルリムとアナ、オーディリエが加わってもっと賑やかになった。
亜竜をとっちめたり、狐人族の姉妹を助けたり、大きな蜘蛛をやっつけたりしているうちに知り合いは更に増えたけど、その中でもやっぱりトウジは特別。
彼無しではもう生きられないと思う。
これが恋かな?
でも恋をしていた姉さんはもっとこう、目がぎらぎらしていた気がする。
それを確かめるためにも姉さんに会いたいし、トウジや他の仲間たちを紹介して自慢したい。
今探検している迷宮の奥に進めば、姉さんの手掛かりが掴める。
トウジには行きたいところがあるのに、わがままを言って寄り道してもらっているから、早く進まないといけない。
だからわたしは今日も張り切って出発したけど……。
「これはちょっとマズイかもしれん」
転移装置を使い十一層についてすぐに、トウジがどこか遠くを見つめながら呟いた。
「へ?何が―――」
すぐ隣でふよふよと浮かんでいたフィンが聞き返した瞬間、トウジの口から何かが飛び出した。
それはトウジが飲み込んでいた茨のトゲトゲで、蜘蛛が糸を吐くようにシュルシュルと口から出続けている。
トウジは両手でトゲトゲを掴んで引っ張り戻そうとするけど、全然戻らないし棘で手が傷つきポタポタと血が落ちた。
慌ててわたしも引っ張るのを手伝ったけど竜族の力でもどうにもならなくて、トゲトゲの塊が空中でどんどん大きくなる。
そして人の形になったそれが、こちらを指差した。
指先から出たのは棘のひとつを伸ばしたようなもので、針のように真っ直ぐこちらへ伸びてくる。
トウジがわたしを庇って自分の体を針の前に差し出した。
別にわたしは庇わなくて大丈夫なのに……そう思った瞬間、おなかに鋭い痛みが走る。
驚いて視線を下げると、《人化》してても竜族の鱗と同じくらい堅いはずのわたしの皮膚が、針によって貫かれていた。
樹海を出て初めて受けた痛みだったけど、それ以上にわたしを動揺させたのは目の前にいるトウジの姿だ。
針はトウジの胸元を貫通してからわたしのおなかにまで届いていた。
トウジの口から大量の血が溢れるのを見て、わたしの中で何かがぷつりと音を立ててキレた。
「シンク!だめっ」
フィンの制止を無視してわたしは空中に飛び上がる。
他のみんなは突然の出来事に呆然としていてまだ動けないでいた。
わたしがトゲトゲを引っ張るのに気を取られていなければ、わたしがトウジを庇っていたのに……!
怒りに任せて手加減無しで吐息を吐く。
亜竜くらいなら骨まで溶かす熱線が人の形をしたトゲトゲに直撃したけど、腕を振り払うだけで掻き消される。
反撃で放ってきた針は躱したと思ったら、途中でぐにゃりと曲がって背後からわたしのふとももを貫いた。
「いいいいいっ!」
痛みに叫びつつ《人化》を解く。
閃光と共に竜の姿に戻ったわたしは、すぐさまトゲトゲに噛み付く。
鋭い牙で食い千切ってやろうとしたけど固くて無理で、逆にわたしの口の中が棘でズタズタになる。
いつの間にか体に茨が巻きついていて、一瞬上に浮いてから地面に叩きつけられた。
叩きつけられる痛みは知れたものだけど、巻きつく茨が体に食い込み血が滲む。
見上げるとトゲトゲがわたしに指を向けていた。
ここで初めてわたしは死を意識した。
竜の巨体が恐怖でカタカタと震える。
……いやだ、死にたくない。
まだ姉さんに会ってもいないし、トウジやフィンたちともっと旅をして色々なものを見たい。
涙で霞む視界に、知らない声が聞こえてきた。
「よわいものいじめはだめだよ」




