198話:ゆるキャラと通信インフラ
「我々はデクシィ侯爵家の遣いだ。〈試練教〉に巣食う邪教〈茨棘教団〉を摘発しに来た。奴らの邪悪さは今見た通りだ」
頃合いを見計らったかのようにフレックが現れると、デクシィ侯爵家の紋章が入った小さな盾のようなものを掲げて声高らかに宣言した。
騒ぎに驚いて〈嘆きの塔〉から出てきた〈地神教〉と〈智慧教〉の信者たちは、侯爵家の紋章を見ると全員が驚いた表情でその場に跪く。
おお、この効力は完全に御老公の印籠である。
〈寛容と曖昧の女神〉の分体であるサシャを同様の用途で準備していたが、要らなかったんだ。
「旦那、ここは俺がなんとかするから地下に戻ってくれ。ここに来る途中でシンクの嬢ちゃんたちとすれ違ったが、どうも様子がおかしかった」
聞き捨てならない情報をフレックが小声で伝えてきたので、ここは任せて急いで地下に戻ることにする。
全力で走っているとすれ違う塔の信者たちに驚かれるが、今は無視だ。
吹き抜けに付いている螺旋階段を下に飛び降り、地下礼拝堂の扉を押し開くと全員が集合していた。
フィンにシンク、サシャにモエもいて皆無事のようだが……。
「茨の塊が大きくなった?」
当初は大人の両手に納まる程度、バレーボールを一回り小さくしたくらいの大きさだったものが、今は逆に一回り大きくなっていた。
シンクはゆるキャラからパスされたそれを律儀に持ち続けているのだが、小柄なので両手を突き出し前ならえの姿勢のまま挟み込むようにしている。
茨は絶えず蠢いているため、棘が当たってワンピースが破れないよう体から離しているのだろう。
とても腕が疲れそうな姿勢だ。
『世界の外にいる外様の神の本体が、少しずつこれに入り込んでいるからよ。もし受肉していれば受肉体もみるみる大きくなっていたでしょうね』
飛んできてゆるキャラの肩に止まったサシャがモエを見ながらそう言う。
サシャの言語を聞き取れないモエが、〈島袋さん〉の黄色く大きい瞳に見つめられてこてりと首を傾げていた。
「で、これどうすればいいんだ?このままだとまずいよな……〈寛容と曖昧の女神〉の力でなんとかならないのか?」
『本体ならまだしも残滓の私じゃ無理ね』
「じゃあ本体を呼んでくれよ」
『呼べたら呼んでるわ。隔離された残滓である私にそんな能力も権限も無いのよ』
「別に他の神でもいいから助けてくれないのか?神々は大陸を守護しているんだろ?こういう時に役に立たなくてどうするんだよ」
糾弾するような口調にカチンと来たのか、サシャは眦を吊り上げてゆるキャラの顔にばさばさと翼を打ち付けてくる。
『勘違いしないで欲しいんだけど、なんでも神に頼ればいいってものじゃないの。あくまで神々はこの世界の生物が、世界の外からの理不尽な脅威から守護しているだけであって、無条件に守られる庇護とは違うのよ』
「それなら尚のこと今回は守護対象じゃないか。〈世界網〉がどうとか〈時と扉の神〉が仕事してないとか言ってたから異常事態なんだろう?」
『あんたよく聞いてるしよく覚えてるわね……その通りよ。だから勘違いするなとは言ったけど手助けしないとは言ってないわ。私自身に他の神々へ取り次ぐ手段は無いけど、あんたたちが用意するならその後は私が直談判してあげる』
今はむしろ早急に取り次ぐ手段が欲しいのだが。
「直談判はしてくれるのはいいが、それまでどうするんだよ。この塔の連中に預けてもいいのか?」
『それはやめたほうがいいわ。並の人種じゃ次第に強くなる瘴気にあてられて発狂しかねないから』
え、ゆるキャラは何も感じないけど、これ瘴気なんて出てるの?
そう言われると不安になってくるのが人の性なので、とりあえずモエにはシンクから少し離れてもらう。
フィンも棘を掴もうとして遊んでないで、念のため離れなさい。
それに君がうっかり蠢く棘に触ったら普通に大怪我するから。
特殊な訓練を受けている(受けていない)シンクだから無事なだけで。
「じゃあ人気のない山奥にでも捨ててくるか」
『その山と周辺が瘴気に汚染されて草木が生えなくなるし、〈闇の眷属〉の温床になるからお勧めしないわ。てかもっと安全な隔離場所があるじゃないの。なんであんたがそれに気付かないのよ』
「……へっ?」
というわけで外様の神〈黒茨卿〉とやらの本体になりつつある茨の塊だが、安全な場所への隔離が終わりゆるキャラたちは迷宮探索という日常に戻った。
〈嘆きの塔〉での顛末についてだが、〈試練教〉はいつの間にか〈茨棘教団〉に乗っ取られていて、それ以外の宗派は既に排除されて居なかったそうだ。
そして〈茨棘教団〉の長である高司祭ラウグストをゆるキャラが倒したのと同時に、他の教団員たちは謎の人体発火現象により全員死んでいる。
これはおそらくゆるキャラが何度か目撃している、証拠隠滅のための自爆と同じものだろう。
果たして彼らは自らに自爆装置が施されていることをわかっていて、納得していたのだろうか。
いつの時代も狂信者は大変だな。
真相は闇の中である。
戦後の後始末はさも〈茨棘教団〉の悪事を見破っていて暴きに来ましたよ、という態度のフレックがデクシィ侯爵家の力も使って処理してくれた。
生け贄にされそうになっていたティッシは薬で眠らされていただけだったので、無事にモエと再会して抱き合い喜び合う。
モエの証言通り、三日前に〈試練教〉の幹部に呼ばれたその直後に拉致されていた。
〈影の狩人〉との関連もだが、何故ティッシが生け贄に選ばれたのかも謎のままだ。
ラウグスト曰くそう神託が下ったということだが、それはティッシに神の受け皿になる素質があるという意味なのか、別に誰でもいいけど神がティッシがいいと言っただけなのか。
神の思惑は計り知れないみたいなことも言っていたが、猫こと〈混沌の女神〉やサシャを見る限り単に連絡不足なだけのような気もする。
茨の塊は安全な場所に隔離されてはいるが、可及的速やかに神へ知らせる必要があるため、多方面からの連絡を試みている。
そのうちの一つは〈混沌の女神〉の司祭であるリリエルの《交信》だ。
文字と単語が羅列された紙とコインを使うという、まさかのこっくりさん方式の《交信》だが、リリエルが試しても相変わらず『えいえふけい』というふざけた返答にしかならなかった。
というかしつこく《交信》を試みていると、途中から返事が省略されて『あふけ』に変わったのだが、これ居留守じゃないよな……?
《交信》は〈地神教〉や〈智慧教〉でも可能なので、フレックの指示で〈嘆きの塔〉の信者たちにもそれぞれの神への連絡を試みてもらっている。
ちなみに〈地神教〉は祈りによって、〈智慧教〉は書面にしたものを焚き上げて《交信》するスタイルだが、どちらも神からの連絡は未だに無い。
これが二つ目の手段で、更に三つ目の手段として迷宮踏破があった。
サシャから『迷宮を踏破しても神に会えるわよ』という都合の良い且つ重要な情報を貰ったのだ。
そうと分かれば迷宮攻略にも力が入るというもの。
地下礼拝堂の転移装置だが、これは〈残響する凱歌の迷宮〉側の転移装置を使用した者しか往来が出来なかった。
さすがにこれ以上秘密にはしておけないので、詳しい仕組みについてはデクシィ侯爵に報告した後に研究が始まるだろう。
条件は特殊だがこの転移装置を使えば迷宮の十一層から探索を再開できて便利なので、〈嘆きの塔〉の地下の一室を間借りし中継拠点として運用することになった。
変則的だが、ねんがんのショートカットゲットだ。
さて、これでゆるキャラたちの冒険はこれからだ……となったわけだが、安全に隔離できたと思われていた茨の塊の封印があっさり解けてしまったため、事態は急展開を迎えることとなる。




