197話:ゆるキャラと落月
左足を切断され達磨落としのように一段背の低くなったラウグストだが、その場に倒れることなく踏みとどまる。
切断された足先の側の切断面は綺麗な輪切りになっていて、向かう先を失った血液が大量に噴き出した。
一方で本体側の切断面は筋肉が収縮して、ソーセージの先端のように丸く皺が寄り止血されている。
……いくらなんでも筋肉でそこまでやるのはどうかと思う。
片足の欠損など歯牙にもかけず、むしろ棒状になった左足を軸に利用してラウグストがその場で急回転する。
即席の筋肉独楽には横向きに飛び出した巨大な腕が飛び出していて、ラリアットとなってゆるキャラを襲う。
相変わらず打点が高いからといって、しゃがんで躱したのは失策だった。
回転する筋肉独楽には腕が二本付いているわけで、もう半回転すると反対の腕がゆるキャラに到達する。
いくら強靭に発達した筋肉とはいえ、切断された足で巨体の全体重を支えられるわけもなく、収縮していた筋肉が自重に耐え切れず潰れるとラウグストの体勢が前方に傾いた。
その結果いきなり下段攻撃となったラリアットが、しゃがんだゆるキャラを打ち据える。
真横から丸太、いや電柱で殴りつけられたような衝撃を受けて地面を派手に転がった。
生身の人間だったら内臓破裂で即死ものだが、ゆるキャラは【混沌の女神の加護】印の灰褐色の毛皮で守られているおかげで致命傷にはなっていない。
それでも痛いものは痛いし、視界が一瞬モノクロになった。
弾き飛ばされても大剣を手放さなかった自分自身を褒めてやりたい。
再び傷口が露出した左足で躊躇なく踏み出すラウグスト。
欠損により歩幅が合わず、ぎこちなく走り寄ってくる全裸巨漢の姿は完全にホラーだ。
視界に入れるだけで正気度を下げてきそうな怪物の、真正面から放ってきた右ストレートを大剣で迎え撃つ。
大剣の腹ではなく刃でだ。
左手で柄を持ち右腕で鍔を支えて、ラウグストの拳に押し負けないように踏ん張る。
充填率二割を越えて青白い輝きを増している大剣は、殴りつけてきたラウグストの右拳骨の人差し指と中指の間を切り裂くと、手首の付け根あたりまで一気に食い込んだ。
堪らず拳を引っ込めたラウグストへすかさず追撃の太刀を浴びせる。
振り払うように右へ下ろした切先が、左腕の肘の付け根から半ばまで切り裂く。
後ずさるラウグストに追いすがり大剣を胸元目掛けて突き刺した。
的確に心臓を狙ったつもりだったが、片足の短い巨体は下がると同時に体勢が傾いたため切先は僅かに逸れて胸の中心を貫く。
……またもや相手の負傷を考慮に入れずに失敗してしまった。
それでも十分致命傷のはずだが、ラウグストは再び胸肉を膨張させて大剣を自らの体内で縫い留めようとする。
ゆるキャラの魔力がじわじわと充填されて大剣は切れ味を増し続けているというのに、自らの膨張で傷つき血に濡れた左右の胸筋が、大剣を万力のように締め上げ固定してしまった。
なんとか引き抜こうとラウグストの胸板を鳥足を踏みつけ大剣を引っ張る。
そのゆるキャラの首を手首まで裂けている右腕が掴み締め上げてきた。
大剣を手放し腕を引き剥がそうとするが、びくともしない。
鳥足の爪で蹴りつけてみたが、胸板を浅く切り裂くだけで拘束は解けない。
どこまで筋肉でごり押しするつもりだよ!
これが百パーセント中の百パーセントというやつか。
「どうやら同士に託すこと無く、私の試練は完遂できそうですね」
喉が筋肉で圧迫されているのか、少しくぐもった声のラウグストが話しかけてきた。
その表情だけは出会った時から変わらず微笑で固定されている。
首から下は変貌しすぎていて見る影もないが。
「………てん」
「何か言い残すのことがあるのですか?大敵の辞世、御身への手向けとしてとして承りましょう」
律儀にも首の拘束を少し緩めて発言を促してくるラウグスト。
ご所望とあらば酸欠にあえぎながら答えてやろうじゃないか。
「実験したんだが、手放し運転、は最大でも十秒しかもたないんだ」
「意味が分かりかねますが――」
首を傾げるラウグストの胸元が突然青白く光出す。
驚いてラウグストが目を細めた隙に、ゆるキャラの首を締め上げている右腕を蹴りつける。
鋭い爪が親指を付け根から斬り飛ばし、拘束が緩むと同時に胸板を蹴り空中へ逃れた。
次の瞬間、青白い光が爆ぜる。
それはまるで月が落ちてきたかのような光と衝撃だった。
爆風に煽られゆるキャラの体は〈嘆きの塔〉の半ばくらいまでの高さまで打ち上げられてからべしゃりと地面に落ちる。
むくりと体を起こして光の中心を見やれば、そこには小さなクレーターができていた。
中心地には肉の塊、ラウグストだったものが落ちている。
「あれを食らってもまだ原型を留めているのか」
今の爆発は〈月明剣〉と名付けられた大剣に籠められていた魔力が暴発した結果起きたものだ。
リージスの樹海の竜族に捧げられていたこの大剣は、大量の魔力消費と引き換えに鋭い切れ味を保障してくれるが、使い勝手と安全性は全く保障されていなかった。
月の隕鉄製の刃はゆっくり魔力を流さなければ浸透しないし、急に手を離すと溜め込んだ魔力が暴発する。
通常であれば籠めた魔力はゆっくり逃がすか、刀身から魔力の刃を飛ばして消費するかだが、万が一に備えて暴発までの猶予を事前に確認しておいて良かった。
戦闘中うっかり手放し運転をしてしまうと、こうやって制御を失い大惨事になるわけだ。
今回はそれに逆手に取ったわけだが、周囲に味方がいれば爆発に巻き込まれてしまう。
運用については見直しも必要か……いっそのこと魔力を込めて投げる手榴弾として使うのもありか。
貴重な魔術武器を乱暴に扱うなとブライト伯爵あたりに怒られそうだが。
「あちち」
急速な魔力の放出により発熱している大剣と幅広の剣を拾いつつ、ラウグストの様子を観察する。
彼は胸元から下は完全に消失していて、残っているは頭と胸部、左腕の肘までだった。
はち切れんばかりだった胸板は空気の抜けた風船のように萎んでいて、残っている皮膚の部分も老人のように皺だらけになっている。
終始穏やかな表情は相変わらずで、そこに老練な皺が加わり殉教者然とした雰囲気が追加された。
「敵いませんでした、か」
「なあおい―――」
色々聞きたいことがあったが到底尋問できるような状態でもなく……。
ラウグストの体は次第に乾燥してひび割れたようになり、ボロボロと崩れ出す。
終いには茨の炎に焼かれたかのように灰となり、風にさらわれていった。




