196話:ゆるキャラと大敵
一歩踏み出す毎に地面を陥没させながら、筋肉達磨と化したラウグストがゆるキャラに襲い掛かってきた。
アトルランという世界には加護という不可視の力が存在する。
その不思議パワーがあるとたとえ細身の女の子でも、重さも長さも自らの倍はある戦斧を片手で振り回すことができた。
だから筋肉ムキムキのおっさん軍団ではなく、少年少女に世界の命運を託す可能性は多分にある。
イケメンホストたちの慰安旅行も可。
では筋肉ムキムキのおっさん軍団は不要なのかといえば否だ。
加護といった不思議パワーがあるとはいえ、依然として世界は物理法則によって支配されていた。
だから純粋な腕力による暴力も十分脅威だし、そこに加護の力が加われば相乗効果が倍率ドン、更に倍となるだろう。
ただ悲しいかな加護パワーと筋肉を比較した時、前者の方が強力になりやすく上限も無かった。
まあ人が鍛えられる筋肉には限界があるからな。
では目の前の限界を超えた筋肉を持つラウグストはどうだろうか。
振り下ろされた巨大な拳をバックステップで躱すと、巻き上がる土埃を突き破って丸太のような腕を駆け上った。
振り払われる前に腕から前方へ飛んで、すれ違いざまに首筋を黄色い鳥足で蹴りつける。
自慢の爪は岩を豆腐のように切り裂くくらい鋭利だが、ラウグストの首はなまくらな包丁で丸太を斬り付けたような手応えだった。
ラウグストの後方に着地すると、そのまま背中を向けて離れるように走り出す。
次の瞬間にはゆるキャラのいた場所を追撃の拳が通過したのを、背中に浴びる風圧で感じ取った。
振り向かずに走っていると地響きのような足音が追従してくる。
ティッシを狙われたら厄介だったので助かるな。
ゆるキャラまっしぐらの先には幅広の剣が落ちている。
地面に突き刺さるそれを足を止めずに引き抜いた所で、〈嘆きの塔〉の壁が視界一杯に広がった。
背後からは変わらず地響きが追いかけてくる。
故にゆるキャラは走り続ける。
黒曜石のように輝く鳥足の爪を石造りの壁に引っ掛けて駆け登ると、ゆるキャラと同様に走り続けていたラウグストの巨体が壁に激突した。
地面に墜落した時と同等かそれ以上の轟音と衝撃が響き渡る。
さすがに壁を突き破るまでには到らなかったが、石壁は砲弾が直撃したかのように丸く陥没していた。
振動はラウグストの頭上を走るゆるキャラの足にも伝わってくる。
ふむ、塔全体を震度三くらいで揺らしていてもおかしくないなこれは。
壁走りをやめて回収した幅広の剣を両手で逆手持ちして、落下しながらラウグストの肩口に突き刺した。
刃は半ばまでするりと入ったが、途中で急に止まる。
よく見ると膨張した筋肉に力を込めて刃を止めているようだ。
〈国拳〉オグトも似たような方法で止血していたが、筋肉キャラのコモンスキルなのかそれは。
ラウグストがゆるキャラを捕まえようと手を伸ばしてきたので、抜くこともできない幅広の剣は諦めて背中から飛び降りる。
筋肉が付き過ぎると筋肉自身が邪魔をして関節の可動域が狭まり、背中に手を回すのも一苦労のはずだ。
肩甲骨と肩甲骨の間にいたずらでシールを貼られたので剥がそうとしたが、手が届かず怒るボディービルダーのネット動画を思い出した。
本来はこうなるはずだが、ラウグストはすべてを無視してお構いなしに体を動かす。
筋肉同士がぶつかり合い潰れ、血が吹き出すが再生能力があるのか出血はすぐに止まっていた。
「一体何事ですか……!?あなたはラウグスト司祭……?」
これだけ騒げば塔の住人も起きるわけで、何事かと出てきたのは地母神の聖印が刺繍されたローブ姿の数名の人々だ。
そのうちの一人の女性がラウグストを見て絶句している。
そりゃあ筋肉達磨に普通の中年男の頭が乗っていたら驚くだろう。
雑な合成画像みたいな仕上がりだからな。
「このまま続けてると野次馬が増えるぞ」
「それもまた試練でしょう」
「つまり試練を乗り越えられる自信があると?」
「試練とは同じ道を歩む同士に引き継がれるものです。もしここで私が挫けても、私の試練は引き継がれるでしょう」
「えらく都合の良い試練だな」
喋りながら四次元頬袋から大剣を取り出すと、それを見ていた女性が「ひっ」と驚いて短い悲鳴を上げた。
……見た目が怪物のラウグストを見たときよりも驚いた気がするのは気のせいですかね?
気を取り直してメイン火力の大剣にゆっくりと魔力を込めていく。
溜めてる間は待ってくれると助かるのだが、時間のないラウグストは再びゆるキャラに突っ込んでくる。
闘牛のような突進を真上に飛んで躱す。
「ティッシを追いかけて塔から落ちた割に攫おうとしないんだな」
「生け贄も確かに重要ですが、貴方という存在がいる限り我々の障害になると直感しているのです……いいえ、これは御身からの神託です!大敵である貴方を滅ぼせという」
両手を夜空に向かって広げたあと、自らを抱きすくめる筋肉達磨。
なかなかに気色の悪い光景だ。
「別に慎ましやかに宗教活動してるだけなら好きにしろよって感じだが。今回は偶然関わっただけだし」
「果たして偶然でしょうか?一度ならず二度までも御身の前に立ちはだかっているというのに」
「ん?それはどういう意味だ」
こちらの問いを無視してラウグストが再び突っ込んできたので、横に飛んで躱しつつ大剣で左足を削る。
充填率はまだ一割にも満たなかったが手応えは確かだ。
青白く光る切っ先がふくらはぎの下あたりを深々と切り裂いた。
普通なら歩くこともままならなくなるはずだが、何事もなかったかのようにその足を軸にして旋回。
回し蹴りを放ってくる。
ラウグストの筋肉の膨張は横だけでなく縦にも伸びていた。
故に回し蹴りの打点は高いため、前屈みになればやり過ごせる。
頭上で特急電車が通過するような風圧を感じつつ大剣を振るう。
先程は後から斬り付けた刃が、今度は正面からラウグストの左足を捉えて切断した。




