191話:ゆるキャラと嘆きの塔
「あくまで判明している範囲でだが、帝国内外や派閥を問わず依頼に見合う報酬があれば平等に暗殺していたのが〈影の狩人〉だ。ところがここ数年は暗殺対象が偏っているんだ」
フレックの調査内容によると近年は圧政で悪名高い地方領主、非合法の麻薬を市場に流していた豪商、人を攫い奴隷として斡旋していた犯罪組織の長、などといった悪人が重点的に暗殺されていたそうだ。
「それだけ聞くと正義の味方みたいだな」
無論本心ではあいつが正義の味方だとは微塵も思っていない。
ルリムとアナの故郷を滅ぼし、更には二人を利用してレヴァニア王国を攻撃するような悪人である。
その辺りの情報はフレックと共有済みだ。
当初は彼を信用して良いものが悩んだが、一方的に情報をもらい続けるのも貸しが貯まるだけなのでなし崩し的にこちらの情報も渡すことに。
まあ対等な取引と言えなくもないからいいか。
「邪人相手とはいえ軍を率いて里を滅ぼしたり、帝国に肩入れして隣国に攻撃を仕掛けたりするのも不自然なんだよなあ。暗殺者の仕事じゃなくないか?本当に師匠だったのか疑いたくなるぜ」
フレックが団子鼻を指で掻きながら首を捻って、こう付け加えた。
「あとこれも裏付けは無いんだが〈影の狩人〉が暗殺した悪人どもの背後には、邪神崇拝者が関わっているという噂があるんだ」
「ん?〈影の狩人〉は邪神崇拝者の味方ってわけでもないのか?」
「わからん。邪神崇拝者も様々だからな。一枚岩ではないのかもしれん」
しかしどこもかしこも仲間割れしてるな。
というわけでゆるキャラたちは再び十一階層の転移装置がある神殿にやってきていた。
『また来たのね。夜叉担当の私』
ふわふわと空中に漂いながら出迎えてくれたのは神殿担当の〈寛容と曖昧の女神〉の残滓だ。
小さな天女のような外見の神殿担当が、〈島袋さん〉のぬいぐるみに宿った夜叉担当のサシャを羨ましそうに見つめてからゆるキャラに話しかける。
『ねえねえレン姉さんの使徒。夜叉担当の私の代わりに私を連れて行かない?どうせ大した情報を渡されてないでしょ?私ならもっと提供できるわよ』
『ちょ、何勝手なこと言ってるのよ。代わるわけないじゃないのよ!てかあんたと情報量に差なんてないわよ!』
『いたた。なによ、やろうっての?』
サシャに嘴で突っつかれた神殿担当が、反撃でドロップキックを放つ。
お腹を蹴られて空中なのに後ずさってよろめくサシャの姿が、某黄色いマスコットを彷彿とさせた。
「神様たちは何を喧嘩しているんだ?」
「たとえ同一存在であったとしても一枚岩ではないということさ」
取っ組み合いに発展した喧嘩は放置して転移装置の前までやってくると、フレックがゆるキャラに向かって無言で頷いた。
転移装置は〈残響する凱歌の迷宮〉の出入口と同様に縦長で楕円の、漆黒の卵が直立しているような外見をしている。
大きさは一回り程小さく、神殿の隠し部屋に鎮座していた。
フレックとゆるキャラの他にフィンとシンク、そしてサシャが〈嘆きの塔〉に転移する予定だ。
フィンとシンクは性格面で心配はあるが、クラン〈カオステラー〉の最大戦力である。
今回は少数精鋭で挑むため投入となった。
サシャはご意見番要員に加えて、万が一の時は正体を明かしてもらう段取りだ。
〈嘆きの塔〉は元々〈寛容と曖昧の女神〉を祭るための塔である。
なのでもし誰かと遭遇してトラブルになったなら、ご本人として登場してもらい御老公の印籠ばりに誰もがひれ伏す……効果があると期待したい。
フレックが転移装置に吸い込まれるように消えて一分ほど経過。
黒い卵からフレックの手だけがにゅっと飛び出して合図してきたので、ゆるキャラたちも転移装置をくぐる。
転移した先は暗闇だった。
〈嘆きの塔〉潜入にあたり深夜の時間帯を選んだので、照明がなければ自然とそうなるだろう。
〈コラン君〉の夜目の効くオジロワシの目をもってしても見通せない暗闇で、空気の流れも感じないということは、月や星明りが入るような窓もない密室か。
気配も正面のフレックと後続のフィンとシンク、サシャ以外には感じ取れない。
「真っ暗だね。明かりつけてもいい?」
「頼むわ」
「りょーかい」
フレックの許可を得て、普段よりは幾分か小声でフィンが《持続光》を唱えた。
光源に選んだのは自らが肩からかけている〈コラン君パスケース〉で、長方形のケースがLEDライトのように周囲を明るく照らす。
ゆるキャラたちは大理石のような質感の祭壇の上にいた。
背後を振り返れば使用した転移装置があり、不思議なことにその色は白い。
ぱっと見はいよいよ巨大な卵だ。
部屋は横幅が五メートル、奥行きは十五メートルくらいと結構広い。
祭壇は部屋の最奥に設置されていて、対面には両開きの閉ざされた扉がぼんやりと見えた。
部屋の中央、つまり扉から祭壇までは真っすぐ道が伸びていて、その左右には木製で備え付けられた背もたれ付き長椅子が等間隔に並んでいる。
雰囲気としては礼拝堂に近いだろうか。
ステンドグラスやパイプオルガンがあればそのものだったな。
「出入口は正面の扉だけみたいだな」
「偵察してくるんで待っててくれ」
音もなくフレックが祭壇から下りて扉へ向かっていく。
「ここって塔なんだよね?全然風の子がいないけど」
「ん、じめじめしてる」
『なんか地下っぽいわね』
確かにここは天空に伸びる塔の途中とは思えなかった。
壁や天井は石をくり抜いたような造りで、シンクの言う通り若干湿度が高い。
ゆるキャラ以外とは直接会話が出来ないサシャも、感想は似たようなものになっていた。
「外はどうなってるのかな」
「フレックの偵察が終わるまでは大人しくして……」
「ふわああああああ。もう朝ですかあ」
突然間延びした、緊張感のない声が聞こえる。
ぎょっとして声のする木製の椅子あたりを見やると、小柄な少女が上半身を起こしたところだった。
背もたれで隠れて見えなかったが、椅子の上で寝ていたらしい。
歳は十二、三歳くらいだろうか。
着ているローブは傷んでいて、あちこちほつれて汚れている。
手入れの行き届いていないぼさぼさの藍色の髪の上には白い犬耳がくっついていた。
白い抱き枕のようなものを抱えていたが、どうやら自分の尻尾のようだ。
少女は祭壇の上で突っ立ったままのゆるキャラを見つけると、寝起きでとろんとしてた目を大きく見開いた。
そして椅子から転げるように落ちると、扉のある方向へ後ずさる。
おっとまずい、騒がれては大変なので早速〈寛容と曖昧の女神〉の出番だ。
そう思ってサシャに目配せをしようとしたら、急に少女が前のめりに倒れた。
驚きすぎて気を失ったのか……?いや違う、よく見ると両手を合わせて拝んでいる。
いわゆる五体投地というやつだ。
「〈コランクン〉様!ついにこの世に顕現されたのですね。どうかワタクシの友達をお助けくださいっ」
……あっ、この子〈混沌教〉の信者だわ。




