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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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189話:ゆるキャラと軍神

「いや別にグレッタはいらないぞ。同族?だから少し気になっただけで」


 ゆるキャラが敬語も使わずぴしゃりと言うと、盛り上がっていた主従コンビがこちらへ振り返る。


「あら、それは残念ですわね」

「な、なんだと。貴公、私が結婚相手では不満だというのか!」


 主のエルメアは頬に手を当て首を傾げる程度だが、従者のグレッタは鬼の形相でゆるキャラを睨みつけた。

 いや知らんがな。


 勝手にゆるキャラにグレッタをあてがおうとして、断られたからって逆ギレされても。

 断られてグレッタのプライドが傷ついたのは分かるが、こちらに非は全くないぞ。


「初対面で態度も悪い相手と結婚するわけがないだろ」

「当然と言えばそうですが、〈神獣〉様は皇族貴族とは考え方が違いますね。そうなるとやはり、私達のライバルはクルールになりますか」

「ひっ」


 主従コンビの視線がゆるキャラからクルールに移り、赤い髪の少女が短く悲鳴を上げた。

 クルールは現在の皇帝の血筋の末端であり、帝位継承権代三十位である。

 つまり上に兄のマリウスを含めて二十九人の帝位継承権を持った皇族貴族がいるので、彼らが全員死んだり辞退すれば、クルールが皇帝になれるのだ。


 まあその可能性は無いに等しいだろう。

 兄もいるしな。


 対して第二皇女エルメアは第二とついているように、帝位継承権も二番目である。

 この第二皇女という肩書は帝位継承権の順位と同じで、皇帝の次女という意味ではない。


 初代皇帝が君臨してから四十余年。

 皇帝は依然変わりなく玉座を空けていないため、皇帝の子の代は高齢化のため先に帝位継承権を破棄。

 エルメアたち孫の代が継承権争いに台頭していた。


 そして帝位継承権第二位と三十位では前者が圧倒的に上位である。

 正に蛇に睨まれた蛙で、縮こまるクルールに追い打ちをかけるのがグレッタだ。


 さすがに殺気までは放っていないが、剣呑な雰囲気を漂わせてクルールを睨みつけていた。

 ゆるキャラがクルールを庇うように二人の視線に割り込むと、エルメアが表情を緩める。


「さて冗談はこれくらいにして」

「じょ、冗談……」


 隣で冗談に使われたグレッタが驚愕しているぞ、エルメア皇女よ。


「鞍替えについては正式に第一皇子に打診しましょう。伯父様、デクシィ公爵は亜人でも有用ならある程度は使いますが、お兄様は人種至上主義ですから、騎士団の要職に亜人がいると知れば嫌がるでしょうね」


「多少待遇が悪いくらいで鞍替えする気は無いぞ」

「ならシャウツ男爵家の存続を約束する、と言ったらどうしますか?」


 思わずクルールを振り返るが彼女は冷静だった。


「お心遣いに感謝しますエルメア様。ですがシャウツ家は代々第一皇子の直系を、微力ですが武力で支え続けてきた歴史があります。エルメア様のおっしゃる存続とは、領地を第二皇女派閥の所轄地へ移してのことかと思います。ですがそれではこれまでシャウツ領を守ってきた祖先と領民たちに顔向けができません」


 男爵家だけ残っても歴史と民がなくなっては意味がないというわけか。

 そういうことならマリウスのことは尚更なんとかしないとな。

 クルールの強い意志の籠もった赤い瞳を真っ向から受け止めて、エルメアの唇が弧を描く。


「派閥違いということもあり、これまで面識はありませんでしたが、話に聞いた通り真の強い一族のようですね。皇族貴族の常識として血筋が重要視されますが、私はそれが個人の資質を上回るとは思いません。つまりですね、私は優秀なら亜人でも要職に登用しても良いと思っています」


 ヨルドラン帝国は人族の国の中でも特に亜人に対して差別意識が強く排他的だ。

 端的に言えば人権が無い。


 だというのに、二番目に皇帝の玉座に近いエルメアが亜人を優秀なら使うというのだ。

 これにはクルールも驚いている。


「殿下、あまり部外者にそういうお話は」

「独り言だからいいのよ。それに鼠人族であるグレッタを護衛騎士に登用した成功例をたまには誰かに自慢したいじゃない」

「殿下ぁ……」


 またなんか二人で盛り上がっている模様。

 グレッタの丸い獣の耳を、エルメアがどこかうっとりとした目で撫でている。

 あー、ゆるキャラは普段周りの面子にこうやって触られているんだろうな。


 エルメアって大義名分を掲げてはいるが、結局のところ……。

 ゆるキャラの邪推を察知したかは知らないが、ぐるりと首を動かしてこちらに微笑むエルメア。

 その黄金の瞳がゆるキャラの毛皮を狙っているかのように妖しく煌めいた。


「さて、これ以上は市井の方々に迷惑がかかるから、そろそろ引き上げましょう。最後に一つだけ、〈神獣〉様は〈残響する凱歌の迷宮〉という名前の由来をご存知かしら?」


「知らないな」


「この迷宮の最下層には〈軍神〉の要塞があると言われています。要塞には数々の優れた魔術具が存在し、それらを持ち帰り戦争に使用したのなら、どんなに弱い軍隊もたちまち一騎当千の常勝軍へと生まれ変わります。そしてその国に鳴り止まないほどの凱歌をもたらすでしょう」


「へえ、それで残響する凱歌なのね。……でも最下層は未踏なのでは?」


「はいその通りです。ただ国が興る前からある迷宮ですから、記録がないくらい大昔は誰かが最下層に到達していたのかもしれませんね。なんせ迷宮の名前も国がない頃から変わっていませんのよ。〈軍神〉の存在は一応機密だから、他言は駄目よ」


 そこまで言って第二皇女御一行は去って行った。

 お忍びらしいが、完全にパレードになっているぞ。

 見送り終わったところで、クルールが躊躇いがちにゆるキャラへ問いかける。


「良かったの?第二皇女との婚姻を断ってしまって」

「いや冗談だったろ?それにさっき言った通り俺は貴族じゃないから、初対面で結婚とかありえないし……まあ親しくなったとしても三人の中ならクルールがいいかな」


 おべっかではなく素直に性格から選んだつもりだったが、クルール的には意外な答えで殊更嬉しかったようだ。


「普通は没落寸前の男爵令嬢より、皇女やその騎士を選ぶものよ、もう」


 耳まで髪の毛のように真っ赤にして、照れを隠すように抱きついてきた。

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