188話:ゆるキャラと黄金の姫
モテる男はつらいね、なんて言っている場合ではないか。
突然政敵の親玉である第二皇女と遭遇してしまった。
人種の国家の中でも最大規模である帝国の、帝位継承権第二位だけあって威圧感が凄い。
ゆるキャラを見つめる黄金の双眸には、えも言われぬ迫力が籠っていた。
第二皇女エルメアが納まる窓の左右には、黄金の鎧を身に着けた護衛騎士が陣取っている。
何座だろうね?
フルフェイスの兜を被っていて表情は読み取れないものの、皇女の近くにいるゆるキャラを警戒している気配はひしひしと伝わってきた。
少しでも不審な動きをすれば腰に差した剣で斬りかかってきそうだ。
さて、雰囲気に呑まれる前に答えてしまおう。
「お断りします」
ゆるキャラの返答に場が凍り付く。
第二皇女といえば〈国拳〉オグトを擁する帝国の第二勢力だ。
権力者の言葉を、しかも本気かどうか知らないが求婚を真向から拒否するなどありえない話だろう。
その証拠に護衛騎士から殺気が膨れ上がる。
隣からはクルールが息を飲む音が聞こえた。
「あらまあ、躊躇なく断わられてしまいましたわ。断わった理由を聞かせてもらえて?」
「初対面ですので」
「それなら明日、もう一度求婚したら結婚してもらえるのかしら」
「明日以降はデクシィ侯爵を通してお約束させて頂ければと」
「おい貴公、それ以上殿下に不敬な言葉を吐くな」
「……」
「うーん。伯父様はここにはいないし、連絡しても返事を寄越すのがいつも遅いのよね。だから貴方の判断で動いてくれていいのよ」
「………」
「貴公!殿下のお言葉に返事をしないか」
「いやあんたが黙れって言ったじゃないか」
「なんだとっ!」
「ふふっ。あはは」
ゆるキャラと護衛騎士のコントのようなやり取りを見て、エルメアがお腹を抱えて笑いだす。
最初は大物芸能人のように迫力満点のオーラを放っていたが、こうやって屈託のない笑顔を見ていると年相応だなと感じる。
「ふふ……本当に黙らなくてもいいわ。グレッタもそんなに目くじらをたてないの」
「ですが」
「正式な面会は〈神獣〉様の言う通り、伯父様を通すことにしましょう。可愛い姪っ子のお願いだからきっと政敵でも聞いてくれるわ。そして今の私は馬車で冒険者ギルドの前を通り過ぎただけ。誰とも会っていないし会話もしていないの。ねえそうでしょう?」
いやそれは無理があるんじゃないかなと言いたいが、そうでもなかった。
いつの間にか複数の馬車がゆるキャラとクルールを取り囲み、他の通行人の姿は一切見当たらない。
冒険者ギルドの入口も護衛騎士が占拠、封鎖している。
カランコロンと扉に付いているベルの音が一度聞こえたので、扉の内側にも護衛騎士が立っているのだろう。
「だからこれは私の独り言だけど、誰かさんの独り言が聞こえてきたら、満足してこの場を去るつもりよ」
つまりゆるキャラがオフレコ会話に参加しないと、いつまでも道路と冒険者ギルドの扉は封鎖されたままというわけか。
ったく仕方ないな……。
「いやー、なんだか急に独り言を言いたくなってきたぞ」
「〈神獣〉様は鼠人族と聞いていたけれど、見た目はほぼ鼠さん?なのね。貴方は本当にグレッタと同じ種族なのかしら?」
折角ゆるキャラがわざとらしく棒読みで独り言を言う宣言をしたのに、エルメアは普通に話しかけてきた。
独り言の体じゃないんかい、と思わず突っ込みたくなる。
「へえ、グレッタさんは鼠人族なのか?」
「貴公、殿下へはもっと敬った態度を取れ」
「はいはい、そういうのはいいから兜を取って顔を見せてあげなさい、グレッタ」
ぐぬぬと呻き声を上げながら護衛騎士が黄金の兜を取ると、そこには妖艶な美女の顔があった。
兜の下に詰めてあったのか、ウェーブのかかった藍色の髪は結構長く胸元まで届いている。
健康的な小麦色の肌にぷっくりとした厚みのある唇が特徴的で、意志の強そうな鋭い眼光。
そして頭頂部には鼠人族の証である丸みを帯びた耳が付いていた。
兜も丁度耳の位置付近が盛り上がり空洞になっているので、うまく収まるようになっているようだ。
ドレスで着飾ればエルメアやクルールにも負けなさそうだが、言動や不服そうな仏頂面から察するに、貴族として取り繕うのは苦手そうだな。
そもそも亜人差別が横行している帝国では鼠人族が貴族になること自体が無理筋か。
そう、探し求めていたねんがんの鼠人族だ。
ゆるキャラの本能を確認するため、レヴァニア王国の城塞都市ガスターで夜の街を闊歩したのも記憶に新しい。
まあ結局鼠人族は見つからず、代わりに〈闇の眷属〉と遭遇したわけだが。
そういう経緯もあって内心ドキドキのゆるキャラである。
転生してからはとんとご無沙汰な本能がついに目覚めるのか!?
「あら?あらあら」
「トウジ兄様……」
「き、貴公。なんのつもりだ」
おおっと。
どうやらちょっとだけ鼻をすんすんしたつもりだったが、その動作が女性陣にはバレバレだったらしい。
「あー、いや同族?とは初めて会ったからついうっかり。すまん」
こういう時は素直に謝るに限る。
兜を取った瞬間、閉じ込められていたグレッタの匂いが空気中に広がっていた。
蒸れて汗をかいていたのだろう、湿り気を帯びつつもフローラルで甘い香りがゆるキャラの鼻腔をくすぐる。
男のそれなら汗臭いだけだが、女性だと香しく感じるのがなんとも不思議だ。
これはある種の、異性を惹き付けるためのフェロモンだとは思うのだが……うーん、でもやっぱりいい匂いだなという以上の感想には発展しないなあ。
「なるほど、やはり種族の壁は厚かったということかしら。クルールと良い仲と聞いていたので、結婚を断られた時は内心ショックだったわ」
急に名前を呼ばれ、更に正面から見据えられてクルールはぎょっとしている。
さっきまでエルメアからは視線すら合わせてもらえず、その場に居ないかのように扱われていたから驚いたのだろう。
「グレッタが欲しければあげますよ?もちろん第一皇子派からこちらに鞍替えしてもらうのが条件ですが。グレッタ、貴女の忠義ここで使わせてもらいますね」
「はっ、私の身も心も殿下のものです。一助となるならば喜んで捧げましょう」
なんか勝手に盛り上がる二人。
グレッタもあれだけゆるキャラを目の敵にしていたわりに、あっさりと同意したが……あれは自己犠牲というシチュエーションに酔ってるだけっぽいな。
てか捧げるってなんだよ。
ゆるキャラのことを生け贄を求める魔王のように扱いおってからに。




