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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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187話:ゆるキャラと修羅場

 要は本人をギリギリまで追い詰めてそれで駄目なら諦める、ということらしい。

 失敗は許されないので、それは本当に手立てが無くなった時の最後の手段……いや、違うな。


「クルールはどう思う?マリウスには是が非でも立ち直ってもらいたいか?それこそ命を懸けてでも」

「私は……」


 もう少し逡巡するかと思ったがクルールの返事は早かった。


「マリウス兄様には死んでほしくない。ラルズ兄様みたいにお別れするのは嫌なの。だから戦場に出られなくても構わないわ。でもそれだとシャウツ男爵家を継げない。マリウス兄様はそれが嫌で頑張っているけれど」


 貴族という立場に拘らなくても生きていくことは可能だが、貴族にとってそれは死にも等しい耐え難い屈辱であった。

 誇示してきた金と権力を失うのだから、それもそうだろう。


 シャウツ男爵家にはマリウスとクルールの他に病に伏せっている第二夫人もいるので、生活を考えると貴族でなくなることのハードルは高い。


「そうか。クルールは貴族であることよりもマリウスの命を優先したいんだな」

「いいえ、貴族も諦めてないわ」


「へ?」

「ひどい!私の必死の告白を忘れたのね。私がトウジ兄様と結婚して第一皇子派に引き込めば、男爵家の存続どころか陞爵もありえるのよ」


 そう言われるとあの日の光景が思い起こされる。

 顔を真っ赤にしながら子づくり頑張るとか、できなかったら側室OKだとか言っていたな。


「いや別に忘れてはいないぞ。あの件は俺が帝国に定住できないからお断りしたはずだ。だから選択肢から除外していただけで」


「あの時は一旦引き下がったけど、そうも言ってられなくなったの。最近はライバルも増えたし……。最後に帝国に戻ってきてくれるなら、目的を果たすまで自由に旅をしてもらっていいわ。何年でも待つ覚悟はできてる。所属は帝国だからとデクシィ侯爵を説得してみせるわ!」


 ライバル?はてなんのことやら。

 そんな鈍感系主人公じゃないんだから、ゆるキャラに対して好意を抱いている人物くらい把握できているさ。


 イレーヌやリエスタ、リリエルのことを言っているのだろうが、あれは好意とはちょっと違うだろう。

 前者二名はからかいやリップサービスだし、後者一名には崇拝されている感じである。

 だから別にライバルにはならないのだ。


「ってかどれだけ譲歩してもらっても結婚するわけには」

「私じゃ駄目……?」

「だ、駄目とか駄目じゃないとかそういう話じゃなくてな」


 燃えるような赤い瞳を潤ませて、泣きそうな表情のクルールが見上げてくる。

 強く否定できずあたふたしていると、クルールの背後でニヤニヤしているアマンダが目に入った。

 彼女はゆるキャラと目が合うと慌てて視線を外す。


「さてはアマンダが発破をかけたな」

「〈神獣〉殿は意外と押しに弱いからな。言い寄ればなんとかなると思って助言したんだが、なんとかなりそうだな」


「いや、前も言った通り俺の中身は三十のおっさんだぞ。うら若いクルールとは年齢差がありすぎる」

「貴族の結婚では全然普通の範疇よ。私の元嫁ぎ先が四十歳の子爵の第三夫人だったのを忘れたの?」


「ほら、種族差が激しいからさ」

「政略結婚だとすぐに離宮に入れられて、そのまま生涯主人に触られることのない人だっているわ。それと比べたら種族差なんてあってないようなものよ」


 ことごとく反論され窮地に立たされるゆるキャラである。

 まあ分かってはいたさ。

 アトルランの基準だと珍しいことでもないし、デクシィ侯爵家からの指令でもあるから大義名分もばっちりだ。


 ただ元現代日本人としての常識が、歳の差婚と政略結婚という言葉に抵抗を感じさせていた。

 歳の差婚なら日本でもなくはないが、ゆるキャラの中の人的にはクルールくらいの年頃の女の子を見ると、姪っ子の姿がちらつき保護者目線になってしまう。


 それに結婚するなら大人の女性を所望したい。

 見た目の好みならイレーヌやフレイヤ先生あたりが……。


「今他の女の人のこと考えたでしょ」


 どうして女性はそう鋭いのか。


「まあいいわ。今は答えを保留にしておくわ。これ以上トウジ兄様を困らせて嫌われたくないもの。そのかわり他の女の人との抜け駆けは禁止だからね」

「そんな予定はないから安心してくれ」


 少なくとも人の姿を取り戻すまではそれどころではない。

 なんとかその場は納まり冒険者ギルドを後にする。


 後半は終始楽しそうにこちらのやり取りを見ていたな、あのナイスミドルめ。

 他言無用だからな。


 精神的にくたびれたゆるキャラがとぼとぼと外に出ると、丁度数台の馬車がギルド前を通過するところだった。

 その馬車群はこれまでに見た中でも最高峰の豪華さだ。

 レヴァニア王国で乗った王家の馬車よりも上等だろう。


 木製の枠組みは表面処理がされているのか、太陽光が反射するくらいに艶があり、土埃が舞う道を走ってきたはずなのに汚れひとつ付いていない。

 車体の隅々まで細工が施されていて、馬車を伝うように彫られた茨の彫刻の棘は、針のように細く触れば折れてしまいそうだ。


 正に走る芸術品だったが、さすがにサスペンションは付いてないみたいだな。

 その証拠に極力揺れないようにするためか、徒歩のように馬車の速度は遅い。

 などと異世界人目線で観察していると、不意に馬車がゆるキャラの目の前で止まった。


「あらあら、探す手間が省けましたわ」


 品のある澄んだ少女の声音と共に馬車の窓が開くと、濃厚だがくどくはない花の香りが周囲に立ち込める。

 馬車の中にいたのはクルールと同年代くらいの少女だ。


 黄金色の髪に瞳に睫毛、陶磁器のような透き通った肌と整った目鼻立ち。

 身に纏うドレスは控えめな薄桃色を基調としているが、高級品なのは素人目でもわかる。

 クルールの一張羅とは残念ながら天と地の差だ。


 だがゆるキャラが一番驚いているのは、その少女の髪型である。

 初めて実物を目の当たりにしたけど迫力満点だな、縦ロールというのは。


「エ、エルメア様……」


 青白い顔で呟くクルールには一瞥もくれずに、少女はゆるキャラを真っすぐ見据えて言葉を紡いだ。


「〈神獣様〉、わたくしはエルメア・ヨルドランと申します。ヨルドラン帝国の第二皇女を務めさせて頂いております。不躾なお願いなのですが、是非わたくしと結婚して頂けないでしょうか」

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