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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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186話:ゆるキャラと営業

 冒険者というのは性別、種族、身分を問わず誰でも就ける職業だ。

 誰でも就けるということは、他の職業に就けなかった者がなる職業と言い換えることもできる。


 そして他の職業に就けなかった理由には、大抵不幸事がつきまとう。

 寒村の口減らし、スラム街の孤児、借金を抱えた奴隷、故郷を追放された元犯罪者などだ。


 もちろん前向きな理由で冒険者になる者もいるが、他職と比較すれば後ろ向きな理由が占める割合は多い。

 それは身内である〈カオステラー〉の面々にも言える。


 特段不幸でないのはゆるキャラにフィンとシンク、それ以外だとアレスとタリアくらいではないだろうか。

 そう考えると恐ろしい割合だ。


 誰でもなれる職場の環境が良いわけもなく、きつい、汚い、危険(死)と3Kが揃い踏みだ。

 福利厚生なども当然ないので、文字通り体が資本で怪我や病気をすれば稼ぎは一切なくなる。

 もし蓄えがなければ、働けないまま餓死する可能性すらあるだろう。


 現代日本では万年フリーターだったゆるキャラの中の人も、ほぼ底辺な自身の境遇にはよくぼやいていた。

 だがアトルランの冒険者の実状を知った今、もう何も言えないな。


 というわけでブライト伯爵たちとは別れて冒険者ギルド、ラーナム支部へやってきた。

 カランコロンと妙に可愛らしい音の鳴るベルの付いた扉を押し開くと、中にいた冒険者たちの視線が集まる。


 いい加減ゆるキャラという奇抜な存在にも慣れたのだろう。

 大半の視線はすぐに霧散する。


 残った一部の視線は男性冒険者からの羨望と嫉妬の眼差し……いつも美女を侍らせているからだそうだ。

 別に侍らせてはいないのだが。


 他にも若い女性冒険者たちからの視線もあり、これには覚えがある。

 ゆるキャラと視線の合った一人の若い女性が意を決して話かけてきた。


「あのう、すみません。少しだけその柔らかそうな毛を触らせてもらえませんか?」


 ゆるキャラは無言で頷き、コミカルな動きのステップをしつつ女性に近づく。

 そして両手を広げて丸いお腹を突き出すと、女性がおずおずとした手つきでゆるキャラのお腹を撫で始める。

 最初は遠慮がちだった手つきも次第に激しくなり、最終的に抱き付いてきた。


「うわー、ふかふかで気持ちいい。お日様の匂いがする」

「あーずるい、早く代わって次は私よ」

「順番よ順番。ちゃんと並びなさいな」


 あっという間に女性冒険者の握手会ならぬハグ会の列が出来上がった。

 ここまでの人気はなかったが、日本で〈コラン君〉の着ぐるみ営業をしていた時もたまにこういうことがあったなあ。


 着ぐるみ時代のことを思い出してしまい、ついつい全力で営業してしまった。

 ギルド内にいた女性冒険者のほとんどが列に並んでいるのではないだろうか。


 こうやって〈コラン君〉の知名度が上がるのは嬉しいが、胡蘭市が存在しないアトルランなのがちょっと悲しい。

 良い宣伝効果に感動すら覚える……だが無意味だ。


「トウジ兄様って、こういう時は何故か無言になるわよね」

「そりゃまあ営業中は俺は喋らない設定だからな」


「営業というのがいまいち分からないけど……というか何故アマンダも並んでいるの?」

「え、いやだっていつもはクルール様が抱き付いてて順番が回ってこないからさ。こう見えても可愛いもの好きなんですよ」


 アマンダとはクルールの護衛騎士の名前だ。

 彼女は短い茶髪に小麦色の肌、腕や顔には無数の傷があるという歴戦の戦士といった風貌をしている。

 失礼だが確かに意外な趣味だ。


「それなら今度触らせてあげるから。トウジ兄様も女の人に囲まれてニヤニヤしないのっ」


 えっ、そんなにニヤニヤしているだろうか。

 肉体が〈コラン君〉そのものになってからというもの、三大欲求のうち一つは完全に欠落してしまっている。

 そのことに危機感を覚えて早く人間に戻りたいゆるキャラだ。


 自分の表情が分からずエゾモモンガの顔を両手でぐりぐり弄りまわすと、その仕草が可愛かったようで周りから黄色い歓声が上がる。

 ……さっき以上に男性冒険者の嫉妬の眼差しがやばいから、さっさと切り上げようか。


 ハグは十秒だけと決めて、離れないお客さんはアマンダが強引に引き剥がしてハグ会は終了。

 長めの脱線を終えて支部長と面会する。


 シャウツ男爵家の名誉に関わる話なので、個人名はぼかして精神的トラウマから立ち直った冒険者の事例がないか相談した。

 私の友達のことで相談なんですが~(本当は自分のこと)というやつだ。


「そうですねえ。私の知り得る限りでは荒療治になることが多いですね。ある冒険者は相棒であり伴侶でもある女性を邪人に惨殺され、拳を振り上げることすら出来ない程の絶望の淵に立たされました。そんな彼はある日、魔獣の巣窟として有名な〈深淵渓谷〉に身投げをします。実質自殺のようなものでしたが、転落による負傷は幸か不幸か致命傷にはならず、空から降ってきた新鮮な獲物に魔獣が集まってきました。傷ついた身ひとつで魔獣に囲まれた時、彼の中に眠っていた生存本能が目を覚ましたのです。これまで以上の力を発揮した彼は迫る魔獣を全て撲殺し、二年の歳月をかけて〈深淵渓谷〉を自らの足で脱出しました」


 なんか獅子は我が子を千尋の谷に落とすと蟲毒が混じったような話だな。

 というか撲殺ってもしかして……。


「はい。この人物とはかの有名な第一位階冒険者〈国拳〉オグトのことです。一部の冒険者には有名な話ですが、本人はこの話が広まるのを嫌います。なので私が話したことは内密にお願いしますね」


 そう言って役人然としたナイスミドルは人差し指を口元に当てた。

 ここでまさかオグトの話が出てくるとは。

 偉大なる冒険者誕生の裏には悲劇があったというわけか。


 邪人を怨んでいる理由は分かったが、邪人なら無差別に殺してよいという理屈もおかしいだろう。

 理屈じゃなくて感情の問題かもしれないが。


「うーん、例としては極端過ぎるかなあ。オグト以外が同じことをしても普通に死んでしまうのでは」

「その通りですね。なので他に例がないか調べてみます。少しお時間を頂けないでしょうか」

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