184話:ゆるキャラとピンキリ
腹違いの弟ラルズを戦場で失ったマリウスは、それまでの勇敢さも失いすっかり臆病になってしまった。
いざ敵を目の前にすると萎縮して体が動かなくなってしまうのだ。
マリウスが生まれたシャウツ男爵家は武勲で成り上がった背景がある。
故に前線に立てずとも指揮を取るくらいの活動が必要なのだが、それすら出来ないためお家取り壊しの危機となった。
そんな長兄を助けたいという末妹クルールのたっての願いで、ゆるキャラがなんとかすることになったわけだが……。
これまでの観察の結果わかったことは、マリウスは極端に他者の死を恐れているようだ。
少しでも周囲に危険があるとわかると緊張してしまい、マリウス本来の能力を発揮できなくなる。
そこにマリウス自身の命は含まれておらず、その証拠に一人でも比較的安全な〈残響する凱歌の迷宮〉の上層を歩かせてみると、問題無く探索できたと報告を受けた。
厄介なのが他者の強さは関係無いという点だ。
つまりマリウスが安全に対処しきれない敵と対峙した時点で委縮してしまう。
断頭蟷螂の時がそうで、ゆるキャラには一刀のもとに斬り伏せるくらいの実力があると、頭では理解していても体が動かなかった。
マリウス本来の実力なら断頭蟷螂にも余裕で勝てたんだけどな。
「ふむ、それならばこれなんかどうだ?〈縮猛矯正〉というんだが、《勇気》の魔術を三重に付与してある。恐怖なんて微塵も感じなくなるぞ」
「それで副作用は?」
「恐怖心だけでなく敵味方の区別もつかなくなったうえに、普通なら到底敵わないと判断できる相手にも無謀に突っ込みます」
「それはもうただの狂戦士じゃん」
「お兄様が狂戦士になるのはちょっと……」
「そうか。使用感を聞きたかったんだがな」
「完全に人体実験じゃないか。却下だ却下」
ゆるキャラが厳しくNOを突きつけると、ブライト伯爵は手に持っていたシンプルな造りのサークレットを渋々鞄に仕舞った。
今いる場所は〈ギリィの悪知恵〉亭の宿になっている二階の一室で、ブライト伯爵とレーニッツが宿泊している部屋だ。
床にはゆるキャラが鑑定を依頼した竜族の財宝が所狭しと置かれている。
足の踏み場もない。
従って必然と人間はベッドの上に陣取ることになり、ツインベッドの片方にブライト伯爵が、もう片方にゆるキャラとクルールが腰掛けている。
細身のレーニッツは器用に財宝の隙間に足場を確保して立っていた。
こんなに一気に渡さなくても良かったのだが、ブライト伯爵が執拗にせがむのでこの有様である。
環境的に淑女が来るような場所じゃないので、クルールの同行は断わろうとしたのだが、兄のことならばと頑なについてきた。
一応綺麗に使っているレーニッツ側のベッドに腰掛けてはいるが、背もたれもないしずっとその体勢は疲れるから……という名目でかなり早い段階からゆるキャラに抱き付いている。
迷宮には同行出来ない分、宿に戻ってくるとクルールの甘えっぷりが凄い。
同行の目的の半分はこれなんだろうな。
「ひとつの《勇気》で足りないのなら重ねるしかなかろう。結果自制心を失うというならば、追加でこの《平静》の腕輪をだな」
「そんな塩のしょっぱさを砂糖で消すみたいな理論はやめてくれ……どう考えても体に悪いよな?俺は根本的な解決を目指しているんだ。そして解決には二つの要素が必要だと思う。ずばり自信と信頼だ」
自らの力が及ばず周囲が危機に晒されるのを恐れるのであれば、力が及べばいい。
というわけで己の力に自信をつけてもらうべく、より強い武具がないかブライト伯爵に竜族の財宝を鑑定してもらっているのであった。
もちろん武装で補える強さには限界があるから、冒険者第一位階〈国拳〉オグトのような存在に勝ったりするのは不可能だ。
それでも少しでも強くなることにより、恐怖を乗り越えるきっかけになれば良いと思っている。
次に信頼とはマリウスのゆるキャラたちに対しての信頼だ。
断頭蟷螂を余裕で屠れるゆるキャラがいるのに、本人も述べた通り頭ではわかっていても無意識に気負ってしまうそうだ。
ならば無意識レベルでの信頼をマリウスから勝ち取ろう。
具体的な打開策は思いつかないので、当面はできるだけ交流を図り仲良くなるしかないな。
異世界の貴族男子の心を掴むにはどうしたらよいのだろう。
こんなことなら生前に乙女ゲーを沢山やっておけばよかったか?
そんな趣味は無かったが。
「それで何かいい装備はあったか?」
「マリウスが扱える範疇では代わり映えはしないな」
ブライト伯爵が鑑定を進めてくれたおかげで、竜族の財宝のおおよその品質傾向が分かった。
ピンとキリが多いそうだ。
ピンとキリどっちが上で下だっけ?という論争はさておき、品質の下限代表は普段使っていた幅広の剣や両手剣である。
とにかく丈夫で切れ味が良いのが特徴だ。
レーニッツ曰く世間的にこれらは十分強力な品質で、下限扱いするのは間違っているそうだ。
しかしマリウスの戦力アップには至らない武器なので、申し訳ないがここでは下限扱いとさせてもらう。
逆に上限代表は聖水を生み出せる聖杯と、最近導入した光刃を放てる大剣だ。
どちらも魔力を大量に消費するが、その分絶大な効果を発揮する。
これらは性能を魔力の消費量に依存する故に、魔力量の多いゆるキャラ専用になっていた。
一応フィンとシンクも魔力量は足りているが、大剣に関してはこれよりも優れた攻撃手段を持っているので不要。
肝心のマリウスには扱えない、というか我々三人以外には到底扱えないピーキーな魔術具であった。
「〈縮猛矯正〉による精神的制御が嫌なら、外側から強引に体を動かすしかないぞ?というわけで開発中の〈蹴足活動〉を足具だけでなく全身鎧に発展させてだな」
〈蹴足活動〉ってブライト伯爵が自ら試着して、制御不能になって暴走していたブーツか。
あんなのを全身鎧で着させられたら、体の可動域を無視した動きで中の人がバラバラになりそうだが。
……まあパワードスーツ、魔導鎧的なコンセプトは男の浪漫的に嫌いじゃないけども。




