183話:ゆるキャラとネーミングセンス
迷宮を出るとフレックは〈嘆きの塔〉の情報を仕入れると言って帝都に帰った。
迷宮下層に入るには第二位階冒険者であるフレックの同行が必須だが、それまでにはまだ時間に猶予がある。
四日後には戻るそうなので、中層の攻略ともう一つの課題をこなしていこう。
今日も〈カオステラー〉内部でパーティーメンバーをシャッフルして〈残響する凱歌の迷宮〉に挑む。
本日の面子はゆるキャラとイレーヌ、オーディリエとサンドラ、そしてマリウス。
隊列はマリウスが前衛でその左右をゆるキャラとイレーヌで固め、後衛が残るオーディリエとサンドラだ。
現在位置は十二階層の細い通路で、マリウスの行く手を阻むように一体の魔獣がいた。
そいつを獣と形容するのは違和感があるが、魔獣という単語は生物学的な分類ではないからか、ゆるキャラ以外は誰も気にしていないようだ。
マリウスの頭より高い位置から鎌のような形状をした前脚が振り下ろされる。
人間の首程度なら一振りで切断できそうな前脚をマリウスは手にした盾で冷静に防ぐ。
逆三角形の頭部からは感情らしきものは一切読み取れず、複眼に映る獲物に淡々と前脚を振り下ろしていた。
体は前後に細長く、体色は若草のような真緑だ。
名前を断頭蟷螂という。
物騒な名前だが御覧の通り前脚以外に攻撃手段は無くその動きも単調だった。
当たれば断頭必至だが、当たらなければどうということはない。
マリウスの装備している盾はゆるキャラが進呈したものだ。
死蔵していた竜族の財宝の中から厳選した盾なので、この程度の攻撃なら傷すら付かないだろう。
同様に切れ味の鋭い剣も渡しているので、そこにマリウスの実力が加われば断頭蟷螂に負ける要素は見当たらない。
はずだったのだが……マリウスは反撃せず防御に徹している。
隙は十分あるのだが一向に反撃する様子が無い。
より確実で安全に攻撃出来る機会を待っていると言えなくもないが、そうだとしても慎重過ぎる。
攻撃時には多かれ少なかれ隙を晒すことになるわけだが、マリウスはその隙が限りなくゼロに近くない限り攻撃しなかった。
自分より遥かに格下の弱い相手ならそれでもいいが、断頭蟷螂くらいの相手だと多少のリスクを負う必要がある。
マリウスは彼我の戦闘力を冷静に分析できているので、リスクを負っても十分勝てる相手だと頭では分かっているはずだ。
だが反撃しようとしても、傷ついた心が万が一を恐れて急ブレーキを掛けてきた。
こうして防戦一方になると次第に体力も奪われ、反撃時のリスクは増え旗色はどんどん悪くなる。
この辺りが限界か。
そう思ってマリウスを助けようとした時、邪魔が入った。
「なんでえ。断頭蟷螂程度に手こずるとは噂の〈カオステラー〉もたいしたことねえな」
聞き覚えの無い濁声に振り返ると、知らない男たちがぞろぞろと通路から現れた。
どうやら他の冒険者パーティーのようだ。
無用なトラブルを避けるため見知らぬ冒険者パーティー同士は近付かないのがマナーだが、暫く一本道が続くとか迷宮の構造によってはこうやってすれ違うこともある。
特にこちらは大所帯なので先に道を譲るという機会も稀にあった。
ただし今いる場所は通路こそ狭いがいくつも枝割れしているので、わざわざ同じ通路をすれ違う必要はない。
つまりはそういう手合いだ。
不揃いな皮鎧や金属鎧で身を固めた柄の悪い連中は、道を譲ろうと端に寄っているオーディリエとサンドラをじろじろと、品定めするかのように見ていた。
「これなら俺の率いる〈フェイトオブデスティニー〉のほうがよっぽど強いぜ。断頭蟷螂なんて一分で片付けてやらあ」
ん?今なんかすごいパーティー名が聞こえた気がする。
「今戦ってるのがリーダーか?顔だけの腰抜け野郎じゃないか。姉ちゃんたち、こんな頼りない奴じゃなくて俺の〈フェイトオブデスティニー〉に入らないか?」
「ぶっ」
「ああん?なんだてめえは」
頭痛が痛いみたいなパーティー名に思わず噴き出してしまったゆるキャラを、〈フェイトオブデスティニー〉の面々が睨みつける。
フェイトもデスティニーも運命という意味の言葉だ。
一応ニュアンスは違ってネガティブな意味とポジティブな意味での運命として使い分けられてはいるが、並べて使うような単語ではない。
ちなみにゆるキャラには英単語として聞こえているが、これは《意思伝達》による翻訳効果のおかげで、実際にはこの世界の言葉で運命に似た類語が並んでいることになる。
字面は中二病全開で意味不明だし、真顔でそう名乗っているのがフレックみたいな(失礼)冴えないおっさんたちときたものだ。
ツボに入ってしまったゆるキャラである。
「くっくっく……ああでも一歩間違えれば俺も似たようなことになるから気を付けないとな」
人の振り見て我が振り直せだ。
しかし改めて考えると〈トレイルホライゾン〉も〈カオステラー〉も大概かもしれない。
いや〈フェイトオブデスティニー〉よりはましだと思う、思っておこう。
「何をぶつぶつ言ってるんだ」
「ああすまない。今通れるようにするから少し待ってくれ。マリウス交代だ」
少し前から魔力で熾していた大剣を担いで走る。
刀身は先の白霧夜叉との戦闘の時のように青白く発光していて、その光量は最大充填に対して一割程度。
断頭蟷螂相手なら十分だ。
断頭蟷螂の猛攻を防いでいるマリウスの頭上を飛び越えると、脂汗を浮かべた血色の悪い顔がちらりと見える。
こちらの声が聞こえているかどうか怪しいくらいに疲弊している様子で、視野狭窄にも陥っていそうだ。
眼前に迫る断頭蟷螂に大剣を真っすぐ振り下ろす。
手応えは無い。
豆腐でも切ったかのようだ。
質量と切れ味の両方が備わった一撃は断頭蟷螂を唐竹割りにした。
前脚を振り上げた姿勢のまま、薪のように割られた断頭蟷螂の右半身と左半身が地面に倒れ込み、すぐさま魔素の粒子となって空気中に霧散した。
そう、断頭蟷螂は迷宮が生成した魔法生物である。
六層の大森林ならともかく、こんな石畳が続く階層に本物の蟷螂の魔獣が居たら食うものに困るだろうな。
「俺たちなら断頭蟷螂は余裕だから、気負う事なんてないんだぞ」
「頭ではわかっているつもりなのですが」
重圧から解放され、ほっとした表情のマリウスがぎこちなく笑った。
「断頭蟷螂は倒したのでお先にどうぞ」
「お、おう……邪魔したな」
マリウスの後ろで顎が外れそうになるくらい口を開け、目を見開いていた〈フェイトオブデスティニー〉の面々が気まずそうに、そそくさとゆるキャラの前を通過して去っていく。
倒すのに自称一分かかる断頭蟷螂を一太刀で倒したゆるキャラに対して、彼らは明らかに怯えていた。
あ、なんか転生して初めてわかりやすく俺TUEEEしたかも。




