182話:ゆるキャラとショートカット
『あら、夜叉の私じゃないの。どうかしたの?なんで鳥?に入ってるの』
『だから私を夜叉って呼ぶんじゃないわよ!神殿担当の私』
神殿の入り口で出迎えてくれたのは〈寛容と曖昧の女神〉の残滓だった。
小さな白霧夜叉の姿でふわふわと浮いている。
事前に聞いていた通り個体ごとに人格が別れているようだ。
「自分からも夜叉って呼ばれてるのな」
『うっさいわよ。それよりもここに〈時と扉の神〉が私たちを閉じ込めるために開けた穴、転移装置があるわ』
シンクの腕の中から飛び出したサシャが神殿の奥に進んでいく。
『なっ、ずるいわ。あなただけ外に出るなんて』
『ふふん。こればっかりは早いもの勝ちね。レン姉さんの案件は私に任せておきなさい』
「いつの間に情報共有したんだ?最初はされてなかったようだが」
『元は同じ存在だから、互いの霧の体の一部が接触すれば一瞬で共有されるわ。ふっふっふ、普段から白霧夜叉役を押し付ける他の私たちが悪いのよ』
何やら同じ存在でもそこには明確なヒエラルキーがある模様。
サシャが依代にした〈島袋さん〉で器用にドヤ顔を決めていた。
神殿の最奥にあったのは見覚えのある物体。
一言で例えるなら漆黒の卵。
「この迷宮の入り口と同じものか?」
『そうね性能は同じよ。ただし繋がっている先は別の場所だけど。これを使って私たちは迷宮に押し込められたわけ』
憤るように言うが、押し込められた理由が理由なので同情は難しい。
「それにしてもよく今まで見つからなかったな。結構目立つ造りの神殿だと思うが」
『普段は普通に迷宮の一部として機能してるわ。今は切ってるけどこの区画は認識阻害をかけてるのよ。あと別に発見者が皆無というわけじゃないし、見つかったからといって階層守護者としての役目以上に排除もしないわよ。ここも迷宮の一部というわけ』
いわゆる隠し部屋ということか。
サシャの言葉を他の面子に伝えると、フレックは納得して頷いた。
「手に入れた迷宮の情報は冒険者たちにとっては貴重な財産だ。その情報売って金にすることもできるからな。ただ迷宮に別の出入口の情報となると値段が付けられないな。もちろん高いほうの意味で」
迷宮の出入口は一つであり、〈残響する凱歌の迷宮〉以外の迷宮でもそれは同じであった。
故に出入口は厳重に管理され、もし不正な出入りや封鎖は大罪である。
そりゃそうか。
唯一の出入口が使えなくなれば、中にいる冒険者たちは閉じ込められることになる。
そう思うと迷宮内にいるという事実にそわそわしてきた。
RPG慣れしていると迷宮のショートカットはよくあるシステムだ。
階層をまたぐエレベーターだとか、封印されていた扉が開いて近道ができるとか。
だがしかしここはファンタジー成分が濃いが現実世界なので、進んだ分はその分きっちりと戻らなければならない。
おうちに帰るまでが冒険なのである。
「でも迷宮内には不正に入ったならず者が潜伏してたりするんだよな?」
「そいつらは通行料自体は払っているから不正の範疇に入らないのさ。旦那」
賄賂を払ってはいる分には、管理者が把握しているという意味で不正ではないらしい。
どちらも自身のルーツは失っていたが、グレムリンと蝙蝠竜も何者かの手引きがあって迷宮に入ったのだろうか。
「それで一番重要なのはどこに繋がっているかだが」
『ええと、どこだったかしら』
『〈嘆きの塔〉よ夜叉の私。自分のことなのにそんなことも忘れてしまったの?』
〈嘆きの塔〉とは失恋に怒り狂う〈寛容と曖昧の女神〉を鎮め祀るために人種が立てた塔だそうだ。
最初は違う名称の塔だったらしいのだが、いくら祀っても〈寛容と曖昧の女神〉の機嫌は直らなかった。
むしろ塔に神の瘴気が集まり、〈寛容と曖昧の女神〉の権能により生死が曖昧になり蘇った不死者たちで溢れかえり迷宮化してしまう。
結局こっちの迷宮に〈寛容と曖昧の女神〉の残滓が閉じ込められるまでその状態は続き、いつしか誰が呼んだか〈嘆きの塔〉という名前になったそうだ。
嘆いたのは祀ろうとした人々か、それとも否応なく死の世界から呼び戻された不死者たちか。
まあどっちもか。
さぞかし迷惑だったろな。
「〈嘆きの塔〉は帝国領の北端にあるから結構遠い。今は〈寛容と曖昧の女神〉だけでなく様々な神の信託を受ける場所として、帝国貴族が管理しているはずだ。塔に迷宮に続く転移装置があるという情報は聞いたことがないから、向こう側も隠し部屋か何かになっているのかね」
「〈影の狩人〉がこれを使った可能性があるということは、その貴族との繋がりがあるかもしれない?」
「その通りですぜ旦那。これは詳しく調べたほうがいいな」
ここに来て重要な手がかりをゲットだ。
〈嘆きの塔〉側がどうなっているか分からないので、迂闊に転移するのはやめておくことにした。
帰り道が楽になるかと思ったのに残念だ。
「なあいつ頃どんな奴がここを使ったか覚えてるか?」
『うーん、ついこの間二人使ったかな?神的に人種の顔って判別しにくいのよね。みんな同じ顔してない?』
首をかしげながら答えた神殿担当の内容は曖昧なものだった。
神からすれば人種なんて矮小な存在は見分けが付かないのだろうか。
確かにゆるキャラも昆虫の蟻の顏を見て覚えて、個体を区別しろと言われても出来る気がしない。
種類を覚えるのが精々だな。
『嘘つくんじゃないわよ。どうせぐうたらして侵入者の対応、つまり迷宮の仕事もサボってたんでしょ。だって私にはトウジたちの顏の見分けがつくもの』
『さ、さぼってなんかないわよ。あんたこそ適当に手を抜いてそっちの奴らに負けたんじゃないの?』
『はあ?ふざけんじゃないわよ!ハードモードなのに負けた私の気も知らないで、いや知れ!さっきは負け姿を見せたくなかったから隠してたけど、もう隠さないわ』
サシャと神殿担当が突然喧嘩を始めた。
負けた時とやらの記憶情報を押し付けようと、サシャが〈島袋さん〉の体から霧の肉体を放出する。
銃弾のように空中で固められ放たれた霧を神殿担当は空中を飛び回って躱した。
霧の弾丸が追尾するので、まるで多弾頭ミサイルを華麗に避ける戦闘機のようだ……なんてどうでもいいな。
「喧嘩するなよ。てか悪口も言い合ってるけど、互いに同じ存在なんだから全部自分に返ってくるんじゃないか?」
『『うぐっ』』
図星だったようで、サシャと神殿担当の両方が喧嘩をやめておとなしくなった。
喧嘩両成敗というやつだな。




