18話:ゆるキャラと絶体絶命
ディフェンスに定評のある二人でも〈森崩し〉の牙は無理らしい。
体当たりを何度防いでも多少歪む程度と頑丈な大楯だったが、噛みつかれるとあっさり牙が貫通した上にひしゃげた。
咄嗟に大楯を持つ手を離さなければ、ドワーフも一緒にひしゃげていただろう。
どんなに巨体で無尽蔵の体力があっても急所の頭を潰せばお終いである。
故に〈森崩し〉は攻撃力が高くても頭部では攻撃せず、蛇のように幾重にもくねらせた胴体の奥に配置して守っていた。
しかし無尽蔵と思われた体力が付きそうになった今、〈森崩し〉は頭部をも使って全力で我々迎撃部隊の殲滅に打って出た。
相手も文字通り必死というわけだ。
「小僧の毛皮なら噛まれても大丈夫か?」
「無茶言うんじゃねぇ!お前の楯とたいして変わんねぇよ」
ドワーフの軽口に律儀に答えつつ、ウルスス族の熊君が四つん這いで前線から逃亡する。
見た目がほぼヒグマだけあって軽やかな四足走行だ。
ヒグマは巨体に似合わず非常に素早く、確か短時間なら人類より早く走れる。
その証拠と言わんばかりに、熊君は同じタイミングで逃げ出したドワーフやゆるキャラたちを置き去りにした。
前線が崩壊したため、なし崩し的に迎撃部隊は蜘蛛の子を散らすように撤退を始めている。
いや、全員迷いのない逃げっぷりなので、これも最悪の状況ではあるが想定内のようだ。
「このまま逃げれば〈森崩し〉も逃げるんじゃないか?」
「あいつが正気を取り戻せば逃げ出すだろうが、魔獣はそこまで賢くないからな。それまで俺たちにどれだけ被害が出るか分からん……というわけでここは俺が食い止める。お前たちは先に逃げろ」
一度は言ってみたい名台詞を吐いてガルドが立ち止まる。
だがその台詞は限りなく死亡フラグだ。
「ならば私も残ろう。トウジ殿は逃げてくれ。初めての実戦経験で死なせるわけにはいかないからな」
「おいおい、お前まで残って二人とも死んだら〈狩人の目〉使いが居なくなるだろう」
悟った顔つきでイレーヌまで残ると言い出し、ガルドとしんみりトークまで始めてしまった。
「なんだい死ぬ気なのかい?次期族長のくせにだらしないね」
「……俺がいつ次期族長になったんだよ」
「族長の私が今決めたのさ。いつまでも妹を頼ってるんじゃないよ。おかげで行き遅れてたじゃないか」
なんと二人は兄妹だったのか。
そう言われると顔つきや雰囲気は似ているかもしれない。
「行き遅れてるのは自分より強いやつじゃないと嫌だと我儘を言ってるからだろ。なんでも俺のせいにするな」
「そんなの当たり前だろ、誰が好き好んで弱いやつの子を孕まねばならんのだ。トウジ殿がもう少し人寄りだったら文句なしだったんだが……いや、いけるか?」
妖しい狩人の目つきをしたイレーヌが俺を舐めまわすように見つめてくる。
そして視線が足元で……いや、ゆるキャラが短足だから分かりにくいが股間で止まった。
〈コラン君〉がいけるかは置いておいて、美人のお姉さんに言い寄られるのは悪くない。
非常に悪くないが、今はそれどころでない。
〈森崩し〉は俺たちの最期の会話が終わるまで待ってくれたりはしない。
逃げるのをやめたことによりすぐ目の前にまで迫っている。
「家族会議はこの場を乗り切ってからにしようぜ。俺が頭をなんとかするから、二人は胴体を頼む」
「待て!トウジ殿は逃げてくれ!」
イレーヌの制止を無視して俺は飛び出す。
さすがに二人を見捨てるという選択肢は無いだろう。
平和ボケした日本人のくせに、死への恐怖は意外にも感じていない。
戦闘中故にアドレナリンが出て興奮状態だからか、それとも豹人のお姉さんに良い恰好したいからか。
そもそも既に一回死んでるので度胸が付いたのか、もしくはゆるキャラの中にある猛禽類の心が、ちょっと大きいとはいえ普段なら餌の爬虫類如きには怯まないのか。
まぁ全部かもしれない。
横スクロールのアクションゲームよろしく、せり出す壁を飛び越える要領で体当たりを躱す。
その胴体を蹴りつけて空中に飛び上がったゆるキャラの姿に〈森崩し〉が釘付けになる。
これで地上の二人を狙いすました体当たりは放てないだろう。
代わりに俺がピンチだ。
自由落下を始める俺の真下で〈森崩し〉の巨大な顎が開かれる。
親の餌付けを待つ雛鳥のように待ち構えてやがる。
エゾモモンガの飛膜で滑空して逃亡を試みるが、時間稼ぎにしかならなかった。
きっちり移動して俺の落下を待っていた〈森崩し〉の顎が閉じられる。
「ふんぬっ」
俺が肩から手首にかけて生えているオジロワシの翼を全力で羽ばたかせると、体一つ分だけ浮かび上がった。
おかげで〈森崩し〉の牙は紙一重で回避し、腹の下でガキンと打ち鳴らされた。
【つばさ:オジロワシのつばさでそらをとべるよ。でもからだがおもいからすこしのあいだだけなんだ】
〈コラン君〉のプロフィールの通り本当に少ししか飛べないが助かった。
翼は滑空くらいにしか使えなくて、能力がエゾモモンガの飛膜と被ってるなとか思っててごめんなさい。
認識を改めます。
「おらっ」
回避ついでに鳥足で〈森崩し〉の顔面を蹴りつける。
漆黒に輝く爪が煌めくと、熟れた果実を潰したような感触が伝わってきた。
左目を切り裂かれ、潰された〈森崩し〉の悲鳴が響き渡る。
目の前をジェット機が通り過ぎたような轟音が、エゾモモンガの耳を通して俺の脳を揺さぶる。
鼓膜が破れたかと思うような衝撃に意識を失いかけたが、なんとか〈森崩し〉の鼻っ柱を蹴って離脱する。
だが、逃げ切るには高さも距離も足りない。
文字通り独眼竜となった巨大なワームは、残った右目に一層の怒りを宿し俺を噛み千切らんと牙を向ける。
……あ、これはもう無理だ。
羽ばたきも滑空も間に合わない。
走馬灯だとか周囲がスローモーションだとか、今わの際じみた感覚が訪れることも無くあっさり食い殺されそうになる。
そんな俺の耳に、聞いたことのある声が聞こえてきた。




