177話:ゆるキャラとWSS
「今の聞こえたか」
「何語かわからないけど喋ってたね?」
「〈狩猟神〉に対してめちゃめちゃ怒ってるぞ」
「ええっ、そうなの」
「旦那、言葉が分かるんで?」
「トウジ殿!この階層守護者と戦わせてくれ」
ゆるキャラとタリアで話していると、いつの間にかフレックとイレーヌがここまでやってきていた。
真っ先に飛んできそうなフィンとシンクは我慢して混成パーティーに留まっているというのに、この大人たちはまったく……。
この巨人は十一階層の守護者、白霧夜叉である。
こいつを倒せば背後にある十二階層へ繋がる階段の扉が開くそうだ。
「《意思伝達》のおかげで俺だけ聞き取れてるみたいだな。伝承にあった〈寛容と曖昧の女神〉の残滓っぽいぞ」
「《意思伝達》をつかっているやつはたまにいるが、言葉を理解できたやつなんて居なかったはずだが……」
『ああん?そこにいるのは泥棒猫の手下だね』
フレックが気になることを言っているが、白霧夜叉がタリアとイレーヌを睨め付けたため詳しく聞くどころではない。
白霧夜叉の膨れ上がる怒気に反応して皆が臨戦態勢になる。
「ええと、話し合いをしようじゃないか?」
『だまらっしゃいいいいいいいいい!分かってるのよ。そうやって話し合う振りをしてみんなあの女の味方をするというのは。許せなああああああああああい!』
「そこは寛容になろうじゃないか。貴女はそれを司る女神なんだろ?」
『はいそれNGワード。寛容にも越えちゃいけないラインがあるのよおおおおおおおおお!』
しまった、火に油だったか。
普通に諭したつもりだったが、煽っただけの模様。
こうして白霧夜叉戦が始まった。
交戦メンバーはゆるキャラ、リエスタ、リリエル、タリア、飛び入り参加のイレーヌの五人だ。
トラウマ持ちのマリウスは見学で、フレックには全体のフォローをお願いしてあった。
信用して良いかは微妙だが、第二位階冒険者なので戦力としては申し分無い。
ゆるキャラは新兵装である大剣を引っ提げ、白霧夜叉の正面に陣取り注意を引く。
隕鉄と呼ばれる金属で造られた巨大な剣で、盾にもなりそうな肉厚で幅広な刃は全長二メートル弱あり、柄を含めるとゆるキャラの背よりも高い。
この武器も幅広の剣や両手剣と同じで、リージスの樹海にある竜族の宝物庫の秘蔵品だ。
ゆるキャラの四次元頬袋の中で死蔵していたが、ブライト伯爵が鑑定してくれたおかげで日の目を見ることとなった。
帝都でゆるキャラに助けられた礼を返しに来たブライト伯爵は、当初自作の魔術具を進呈するつもりでいたそうだ。
ゆるキャラとしては新しくもらうよりも、死蔵している在庫を有効利用したかった。
なのでブライト伯爵に鑑定ができないかと、相談がてら適当な死蔵品サンプルを見せたところ、彼は目の色を変えて食らいついたのだ。
竜族の宝物庫に眠っていたのは近隣諸国からの貢ぎ物であり、人種において最高峰の宝が集まっていたと言っても過言ではない。
魔術具マニアのブライト伯爵が興奮しない理由は無かった。
普段は師匠の暴走を止める役であるはずの、弟子のレーニッツまでテンションを上げていたのには驚いた。
げに恐ろしきは竜族の財宝か。
今も宿に籠って鑑定という名目で他の死蔵品を弄りまわしているだろう。
設備の整っている帝都の屋敷に持ち帰って詳しく調べたいと言っていたが、それは不必要に時間がかかりそうなのでお断りした。
魔術具の鑑定には費用も時間もかかるのだが、費用は伯爵からの礼として相殺。
かかる時間も伯爵が魔術具の権威ということもあって、通常より相当早いそうだ。
半ば巻き込まれ事故だったが人助けはするものである。
白霧夜叉が手にした棍棒を軽々と振り回す。
霧の集合体なのだから得物が軽いのは分からなくもないが、その威力は軽いなどと侮れなかった。
ゆるキャラの鼻先を掠めて叩き付けられた棍棒は石畳を粉々に粉砕し、破片と土埃を巻き上げる。
打撃音はポカッと空洞の筒で叩いたような軽快な音なのだが、生み出される破壊力は削岩機のようだ。
おそらくだが白い霧が炭素繊維のように、軽くて硬い状態になっているのだろう。
ゆるキャラの記憶が正しければ、炭素繊維は確か鉄と比較して重さが三割程度、強度は十倍近かったはず。
『私が先に好きになったのに!どうしてっ、毎回毎回、あの女は後から来てかっさらってくのよ!』
……ヒステリックに叫びながら金属バットもどきを振り回す女性の姿は、やっぱり往年の過激さが売りだった昼ドラを連想させる。
ゆるキャラ以外の前衛職であるリエスタ、リリエル、イレーヌの三名はそれぞれ白霧夜叉の左右と背後に回り込み、タリアは離れたところで弓を構えていた。
鉄の十倍硬い相手に武器はともかく、リエスタやリリエルの殴る蹴るは通用するのかといえば……。
「はぁっ!」
リエスタは短く気合を入れると白霧夜叉へ左側面から肉迫し、右ストレートを叩き込む。
彼我の身長差もあり、拳は白霧夜叉のローブの裾からちらりと見えているふくらはぎに命中。
白霧夜叉の足の肉は抉られ、文字通り霧散した。
ふむ、肉体の方はさして硬くないようだ。
フレックは体を削りきれば勝ちだと言っていたがその通りのようで、削った部分は白い霧のままで白霧夜叉の肉体に戻る様子はない。
痛覚もないのか足が抉られても気にすることなく、白霧夜叉は正面にいるゆるキャラをモグラたたきのように執拗に攻撃してきた。
ならばゆるキャラはこのまま注意を引く役に徹しよう。
「毎回って、その前にもかっさらわれたのか?」
『そうよ。ターちゃんの前はリュカくん。リュカくんの前はモズっちを私から奪っていったのよ。ああっ、思い出しただけでイライラしてくるっ』
ターちゃんって〈鍛冶神〉のことか?
不本意ながら〈寛容と曖昧の女神〉の男性遍歴を聞く羽目に……というか本当に付き合っていたのかも怪しくなってきたな。




