176話:ゆるキャラと昼ドラ
どうしてこんな混成パーティーで迷宮探索をしているかといえば、普段のパーティーメンバー以外の戦力及び連携確認のためだ。
もし迷宮探索中に欠員が出た場合、残りのメンバーでパーティーを再編成する必要がある。
一人欠けただけで総崩れしていては目も当てられないからな。
もちろんゆるキャラとしては一人も欠けさせるつもりは無いが。
常に死と隣り合わせの冒険者としては、欠員の考慮というのは当たり前の考え方であった。
というわけで余裕のある下層から中層の間は、メンバーをシャッフルした状態で迷宮に挑んでいる。
クラン名は〈混沌の語り手〉に決まった。
〈混沌の女神〉の使徒であるゆるキャラがいる以上、〈混沌〉は外せないんだそうだ。
連携確認が必要と言いつつも、迷宮探索は寄り道無しの最短ルートで進む。
十一層の白霧街は通過するだけなら直進するだけでよかった。
ただし全貌は六層の大森林(と呼ばれているそうだ)のように明らかになっていない。
これだけ霧深ければグレムリンのような存在が隠れ住むには都合が良さそうだ。
ああでも廃墟しかないから食料に困るかも。
〈残響する凱歌の迷宮〉は国が興る以前から存在する迷宮で、階層の要所に神話めいた伝承があるそうだ。
「へ?伝承?そういやあったかなあ。この晴れない霧が神のなんたらかんたら」
こてりと首を傾げながら、リエスタがほぼ内容の無いことを言う。
絹のような金髪がさらさらと揺れていて、仕草だけなら深窓の令嬢そのものだ。
残念ながらその表情はぽかんと口を開けたとぼけ顔だが。
ゆるキャラのジト目に気が付いて弁明を始めた。
「いやそういうのは弟担当なんだって。もちろん私は武力担当ね」
もしゆるキャラの中の人に姉がいたら、こうやって全部弟のせいにされて面倒事を押し付けられたりするんだろうなあ。
クラン発足時の、健気に姉リエスタの無茶振りに対応している弟ライナードを思い出す。
「この霧は〈寛容と曖昧の女神〉が生み出したものと言われています。この世界において霧は寛容にすべてを受け入れ、境界を曖昧にするものなのだとか」
「そうそれ、それが言いたかったのよ」
本物の貴族で教養のあるマリウスがゆるキャラの求めていた回答をくれる。
慌てて乗っかっても名誉は回復しないぞリエスタよ。
というか寛容さと曖昧さがセットというのがよく分からないな。
別に曖昧だから寛容できるという話でもなかろうに。
「アトルランの五つの大陸は大柱の神である〈創造神〉によって造られ、かの神の分身である中柱の神が各大陸を守護しています。その中柱の神の下には様々な小柱の神がいて、〈寛容と曖昧の女神〉はこの大陸を守護する〈地母神〉に列する小柱神ですね。現世に残る死を寛容し、生と死を曖昧にして、死者の声を聞くことができるそうです」
突如〈混沌の女神〉の分神殿の司祭らしさを発揮したリリエルの補足説明が入る。
「なるほど、死に対して寛容で曖昧なのか。動く死体が出てきたのも納得だな」
「へー、勉強になるねトウジさん」
元村娘のタリアは素直にマリウスとリリエルの話に耳を傾け、うんうんと頷いている。
リエスタも頷いているが、あれは講釈する側のつもりだな。
君もこっち側だぞ。
「伝承によると〈鍛冶神〉と愛し合っていた〈寛容と曖昧の女神〉ですが、その愛を〈狩猟神〉に奪われたため怒り狂い、大陸全土が霧に覆われ眠れる死者が大量に復活しました。見かねた〈地母神〉が宥めて霧は薄くなりましたが、完全に晴れることはなかったため、〈時と扉の神〉に頼んで霧をかき集めてこの迷宮に押し込んだのです」
はい出ました神話にありがちなどろどろとした愛憎劇。
しかも下々に迷惑がかかるパターンのやつ。
マリウスは概要だけを語ったが、この手の伝承が書き記された書物の内容はもっと下品で生々しいそうだ。
「ええっ、うちの神様って略奪愛だったの」
「〈狩猟神〉は確かタリアとイレーヌが加護を授かっている神だったな。〈鍛冶神〉と〈時と扉の神〉は初耳だな」
「〈鍛冶神〉は名前の通り鍛冶に関わる技能、権能を司る神で、〈時と扉の神〉は時の流れを巻き戻したり近くと遠くを繋ぐ能力を持っていますが、小柱の神のためその力は限定的ですね」
相当強力な概念を操るのに小柱の神なのか。
いや、強力故に小柱にして能力を制限しているのかもしれない。
何せ昼ドラのようなムーブをかます神々だから、寝取られたからその前まで時を巻き戻す、とかやられても困るしな。
「つまりこの霧は外にあったものを迷宮に押し込めているわけか。ん?それってもしかして……」
「雑談してるうちに到着したみたいよ」
忍者男が使っていた可能性のある、非正規の出入口と関連があるのではと思い至ったところで開けた場所に出る。
開けた場所と言っても周囲は依然として白い霧に覆われているため何も見えない。
左右にうっすらと見えていた石造りの建造物が見えなくなったので、空間的に広がったと分かっただけである。
先頭のゆるキャラたちが立ち止まったため、後方に続いていたクラン〈カオステラー〉の他の混成パーティーたちも連結された電車のように連動して止まった。
不意に風を感じる。
これまで常に無風だったので敏感に感じ取れた。
風はゆるキャラの背後から正面付近に向かって吹いていて、微風だったのが次第に強くなる。
遂には暴風のように吹き荒れると、周囲の白い霧が開けた空間の中心に集まっていて、何かの形を成していく。
それは身長三メートルほどの巨人であった。
裾の長いゆったりとしたローブ姿で、真っすぐで長い髪が地面に届きそうな位置まで伸びている。
顔は凛々しく美しい女性のもので、全身が白い霧から出来ているため美術品の石膏像のようだ。
ただし不可解な点がひとつ。
何故か手には棍棒のような物騒なものを持っていた。
巨人はゆるキャラたちに視線を向けると表情が一変。
柳眉は吊り上がり、口は顎の付け根まで裂けて鋭い牙が伸びる。
般若のような顔に変貌した巨人が、ヒステリックな声で叫んだ。
『きいいいいいいいいいい!許せない。あの泥棒猫!なあに、あんたたちもあいつの味方なの!?』
……あ、これ絶対〈寛容と曖昧の女神〉の残留思念的なものだわ。




