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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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175/400

175話:ゆるキャラと静岡

 世界は白に覆われていた。

 それは伸ばした手の、指先の輪郭がぼやけるくらい濃密な白い霧によるものだ。


 肌……は転生によって灰褐色の毛皮の下に埋もれてしまったが、もしつるりとした肌が露出していたならば、霧の冷たくじっとりとした感触を味わっていただろう。


 世界は静寂にも包まれている。

 風は凪いでいるので風音はせず、己の足音は周囲の白い霧に吸収されてすぐに消えて無くなった。


 視界と音が制限された状態で暫く歩いていると、不意に自分は独りぼっちなのではないかという錯覚に陥る。

 ここは広い空間のはずだが、白い霧によって閉塞感を絶えず与えられていた。


 そんな閉塞感を打ち払うように視線を彷徨わせれば、左右にはうっすらと朽ちかけた石造りの建造物が並んで見える。

 長い歳月野晒しにされた()のそれらは、白い霧の中に蜃気楼のように佇んでいた。

 捉え方によっては静謐で荘厳な雰囲気と言える場所かもしれないが……。


「右だ」

「かしこまりっ」


 ゆるキャラの指示を受けて羊人族の美女、リリエルが飛び出す。

〈混沌教〉の聖印が刺繍された黒い外套(マント)をはためかせて、白い霧を突っ切った先には何かがいた。


 傾いた人形のようなシルエットをしたそいつも、リリエルの接近に合わせて進み出てくる。

 霧から現れたその姿を一言で表すなら、動く死体(ゾンビ)だ。

 動く死体にも様々なタイプがいるが、こいつは木乃伊(ミイラ)寄りだった。


 全身が干からびていて、頭髪といった体毛の類は全て抜け落ちている。

 一糸まとわぬ姿だが、骨に干からびた肉が貼り付いているような状態なので性別も分からない。


 動く死体が近づくリリエルに枯れ木のような両腕を伸ばす。

 まるでリリエルを死の世界に引きずり込もうとするかのようだが、彼女の答えはもちろんノーだ。


 動く死体の腕がリリエルに触れる直前、その場に旋風が巻き起こり周囲の白い霧と動く死体の腕を弾き飛ばした。

 旋風はリリエルがその場で回転したことによる余波だ。


 黒い外套と下に着込んでいる黒い法衣(ローブ)が、黒い蓮の花(ブラックロータス)の花弁のように舞い広がっている。

 この花はただ美しいだけではない。


 花弁に紛れてすらりと伸びていた右足が、動く死体の腹を思い切り蹴りつけた。

 強烈な後ろ回し蹴りを腹に受けて、動く死体は体をくの字に曲げて霧の向こう側に飛んで行く。

 壁に激突したのか、僅かな間を置いてぐしゃりと音が聞こえてきた。


「次はどこから来ますか?全部このリリエルめが蹴り飛ばしてやりますよ」


 拳法家のように片足を上げてポーズを決めるリリエル。

 外套の下に着ている法衣は蹴りやすいように腰の左右にスリットが入っていた。

 黒ずくめの衣装の隙間から垣間見える白い生足が無駄に色っぽい。


「次は……左だな」

「なら私の出番だね!」


 ゆるキャラの言葉に反応したのは、人族で金髪碧眼の美少女リエスタだ。

 ドレスを着て黙っていれば、深窓の令嬢顔負けの美貌、というか実際に亡国の王家の血を引いていたりする。

 しかし今は武闘家風の革鎧を着込み、獰猛な笑みを浮かべていた。


 ゆるキャラの言葉通り左の建物の隙間から別の動く死体が姿を現すと、そいつに向かって低い姿勢で走り出す。

 動く死体の腕を掻い潜り、下から腕を突き上げる。

 指先が動く死体の喉に突き刺さり体が持ち上がると、干からびた肉の繊維がぶちぶちと千切れる音が聞こえた。


 リエスタは指に引っかかった動く死体を投擲。

 強肩で動く死体を野球ボールのように投げ飛ばすと、白い霧の向こうでぐしゃりと音がした。

 また壁にぶつかったようだ。


 ゆるキャラたちは今〈残響する凱歌の迷宮〉十一層に来ている。

 ここは白霧街と呼ばれていて、ご覧の通り深い霧と廃墟が続く階層だ。

 建造物は廃墟のように風化しているが、この迷宮を造った神の創造物の一部なので、壊れても風化した外見で修復される。


 出没するのは動く死体が多数。

 深い霧により索敵もままならない状況で群がられると厄介らしいが、ゆるキャラがレーダーとなってリリエルとリエスタに動く死体のいる方向を指示。

 数が増える前に各個撃破できているので現状それほど苦になっていない。


「ぐぬう、もっと右だ、右からこいっ」

「はいはい静かにな。結構こいつらの足音って聞こえにくいんだから」


 エゾモモンガの耳をぴこぴこ動かして動く死体の動向を探る。

 動く死体の足を引きずる音を聞き取るのは、なかなか骨が折れた。

 霧が音を吸収するというのは気のせいのはずだが、あながち錯覚でもないかもしれない。


 雰囲気的には壊れたラジオでもあれば、ノイズで敵の接近を教えてくれそうだ。

 あ、裏世界は無しの方向で。


「私も加護のおかげで耳は良いけど全然聞こえないよ……。てかどんなに耳の良い種族でも普通は聞こえないんじゃないかなあ」


 ゆるキャラの背後で感嘆と呆れが混ざったコメントをしているのは、アレスパーティーの一員であるタリアだ。

 十代後半くらいの見た目で、ショートパンツに革製の部分鎧を着込み弓を背負っている。

 ショートカットの茶髪が似合う活発な少女は、そう言いながら目の前でぴこぴこ動いているゆるキャラの耳をさわさわしてくる。


「ちょ、それが一番聞き取りにくくなるからやめような」

「はーい」

「皆さん余裕がありますね……」


 ただ一人青白い顔で緊張感を漂わせているのはマリウスである。

 《勇気(ブレイブリー)》の魔術をかけてもらい恐怖耐性が上がっているおかげで、彼のトラウマも多少は軽減されているようだが、訓練場での動きぶりは見る影もない。

 まあ今は見学なのでついてこれるだけで十分だが。


 その後も武闘派女子二人に「右だ!」「左よ!」と指示を出しながら凸凹パーティーは迷宮を進む。

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