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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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174話:ゆるキャラとむら気

 振り下ろされた剣の軌跡は愚直でわかりやすいものだった。

 だが余計な小細工をしていない分、速くて重い。


 刃を潰したなまくらの剣同士がぶつかり合い、金属の削れる耳障りな音が響き渡る。

 完全に受け止めると剣が折れてしまいそうだったので、後ろに飛んで威力を逃がす。


 攻撃自体が単調でも躱せないくらい速ければ十分脅威になる。

 最終的には反応できないくらいの速度を叩きだして欲しいものだ。

 それこそ「右ストレートでぶっとばす、真っすぐいってぶっとばす」と心を読まれても躱せないくらいに。


 冒険者ギルドの訓練場で、ゆるキャラとマリウスは互いに剣を打ち合っていた。

 マリウスは腹違いの弟ラルズを戦場で亡くしてから、すっかり臆病になり前線はおろか戦場に立つことすら出来なくなった。

 そう聞いていたが今のところは至って普通に打ち合えている。


「これは訓練だから大丈夫、ということか?」

「はい、そうなのだと……思い、ます」


 汗だくになり肩で息をしているマリウスが答える。

 彼自身も己のトラウマの詳細を把握できていなかった。

 分かっているのは訓練は大丈夫でも、ひとたび戦場に立てば極度の緊張状態となりまともに動けなくなるということだけだった。


 ここで言う戦場とは、対魔獣との戦闘を指す。

 元々の武勲を買われて辺境伯預かりの身となったマリウスは、辺境に蔓延る魔獣の討伐部隊の筆頭として期待されていたのだが……。


 息が上がっているのは訓練自体に参加させてもらえなくなり、体力が落ちているせいだ。

 そしてそれは戦場に出ないのであれば訓練しても意味は無いという、辺境伯からの戦力外通知によるものだった。

 そこまで追い詰められていると知らなかったクルールは、現状が変わるならとあっさりラーナム行きを了承した兄に驚いたという。


 マリウスに残されたチャンスは少ない。

 背水の陣といった状況もあり、マリウスは必死にゆるキャラに喰らい付いてくる。


 マリウスが一心不乱になって放つ剣戟を、ゆるキャラはひたすら受け流す。

 訓練場の端でこちらを見守っているクルールの表情も心配そうだ。


 武勲が期待されていたということだが、なるほど納得できる戦闘能力だと思う。

 先に述べた通り一撃が速くて重いので、純粋な攻撃力は過去にゆるキャラが対決したイレーヌやシナンよりも高い。

 ただし両名はそれを上回る様々な技を持っているので、真正面から戦えばマリウスが負けるだろう。


 心にトラウマを抱えている今は太刀筋に迷いがある……かどうかは、ゆるキャラは剣の達人じゃないのでさっぱり分かないな。

 見た目の太刀筋だけなら、迷いがあるどころかどこまでも真っすぐなのだが。


 さて、訓練と実戦の違いはなんだろうと考えた時、一番の違いは生死が関わっているか否かだろうか。

 もちろんなまくらとはいえ剣を振り回しているので、訓練でも死の危険は十分にあるが……。

 果たしてマリウスは何に怯えているのか、その検証をしていこう。


 幾度となく打ち込み体は疲労で悲鳴を上げているはずだが、マリウスの攻撃の手は緩まない。

 ところがその手が剣を振り上げた状態で突然ぴたりと止まる。


 それまで鍛冶場のように定期的に聞こえてきた金属の打ち合う音も聞こえなくなり、訓練場内が静寂に包まれた。

 ゆるキャラとマリウス、クルール以外にも訓練している冒険者はいるのだが、全員が動きを止めてゆるキャラを見て硬直している。


 その表情は一様に恐怖で引き攣っていた。

 普段ならこのラブリーな〈コラン君〉を見て怖がるとはけしからん、と言うところだが今回はこちら発信なので仕方がない。


 ゆるキャラが周囲に殺気を放ったのだ。


 いや殺気を放つってなんだよ、どういう仕組みで放ってるんだよと自問したくもなるが、出来るものは出来るとしか言いようがなかった。

 この感覚を説明するのは難しい。


 強引に例えるなら、誰かと誰かが喧嘩した時に流れるピリピリとした雰囲気に殺意を乗せた感じだろうか。

 空気を伝わり肌で相手の殺意が感じ取れてしまうのだ。

 これまでに強弱様々な殺気を身に受けてきた結果、いつの間にか自分でも制御できるようになっていたのであった。


 ちなみにこれまでに浴びた殺気の中で一番強烈だったのは、シンクがリージスの樹海で自らの叔父であるアレフに放ったものだ。

 その殺気を放った理由はゆるキャラを守るためだったのだが、シンクを抱っこしていたのでゆるキャラがアレフよりも影響を受けた。

 …嫌な事件だったね。


 ゆるキャラの殺気を浴びて皆委縮しているわけだが、特に顕著なのは一番近くにいるマリウスと荒事に慣れていないクルールだ。

 マリウスは上段の構えからぴくりとも動けず、これまでとは違う種類の汗―――冷や汗をかき始めた。

 クルールは更に立ったまま気絶してるのか?というくらい瞬きもせず、青白い顔でこちらを見つめたまま動かない。


「あ、まずい。マリウス、ここまでにしよう」

「っは……」


 ゆるキャラが声をかけると、金縛りが解けたかのようにマリウスがその場に崩れ落ちた。

 緊張状態が解けて一気に疲労感に襲われたのかぐったりしている。

 一方でクルールはゆるキャラが目の前で手を振っても反応がない。


「おーい、息をしろ。しないと死んじゃうぞ」

「……ぴゃいっ!」


 肩を揺すられてようやくクルールの意識が戻ってくる。

 蒼白だった顔色に赤みが差してきたかと思うと、今度は目元が潤みだしぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「ご、ごめん。いきなり殺気を飛ばしたらびっくりするよな」

「ねーねーなんの騒ぎ?あーっトージがクルールを泣かしてる!いけないんだ!」


 しゃくるように泣き出したクルールをなだめていると、タイミング悪くフィンがやってきて大騒ぎになった。

 何故かフィンが偉そうに説教を垂れてくるのは解せなかったのだが、ゆるキャラが悪いのは事実なので素直に反省する。


 教訓。

 殺気を放つときは周りをよく見てからにしましょう。


 あと殺気を飛ばした検証の結果だが、マリウスの反応はそこまで過剰と言えるものではなかった。

 緊張で動きを止めてはいたが、並の冒険者でもあのくらいの反応にはなるだろう。

 つまりマリウスは、己の死に対して臆病になっているわけではなかったのだ。

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