173話:ゆるキャラとケイオス
「話は聞かせてもらった!私もクランに参加するぞ」
「イレーヌ!?いたのか」
「ああ、働かないと飯が食えないからな。何かいい仕事はないかと見に来たんだ」
昨日あれだけ酒を飲んだにも関わらず、けろりとした表情のイレーヌが現れた。
《解毒》など飲んだ酒に失礼だ、という謎の矜持の持ち主である。
さぞかし強力な肝臓をお持ちなのだろう。
こうしてなし崩しにクラン結成と相成った。
こちらにも利が無い話でもないのでまあいいか……決して場の雰囲気に流されたわけじゃないぞ。
「それで具体的にはクラン名とパーティー編成を決めるだけでいいのか?」
「とりあえずはそうですね。本格的なクランなら拠点を借りたりしますが、僕らは一時的なクランなので宿は個別で良いでしょう。迷宮探索の時だけ協力し合うパーティー連合みたいなものです」
姉の無茶振りを真に受けてライナードが教えてくれる。
運営は素直に彼に任せてしまおうか。
というかクランのノウハウが分からないゆるキャラが担当しても、結局誰かに聞くことになり二度手間だ。
クラン代表も辞退したいところだが、それは許してくれなさそうなので諦める。
君臨すれど統治せず、ゆるキャラらしくクランのマスコットキャラクターとして活動させてもらおう。
パーティー編成については要望を出すけどね。
「そういえば疑問なんだが、パーティーの人数に上限ってあるのか?」
「無いけど普通は六人くらいが限度だね。それ以上増えると連携がうまくいかなくなるから。あ、これは冒険者の場合ね。軍隊だとまた話は変わってくるから」
冒険者というのは個性的で、扱う武器も魔術も加護もそれぞれ違う。
そういう者たちが密集して戦うのは精々六人が限界らしい。
それ以上になると互いの長所を生かせなくなるからだ。
単純に武器の間合いだけで考えても、短剣や槍や斧といった具合にばらけていれば、互いの位置取りだけでも苦労する。
絶対無理というわけでもないが、難易度は跳ね上がるだろう。
一方で軍隊は同じ武器、同じ魔術、似たような加護(さすがに揃えられない)でまとめられるため、十数人単位での運用が可能になる。
軍隊的に表現するならパーティーというよりは小隊になるか。
何故そんなことを聞いたかといえば、〈トレイルホライゾン〉の人数が増えるからだ。
現時点でゆるキャラとフィンにシンク、ルリムとアナ、オーディリエの六人。
ここにリリエルと場合によってはマリウスが加わる予定だし、イレーヌも混ぜろと言ってくるかも。
最悪九人編成でも良いのはありがたいが、それなら半分に分けたほうが無難だろうか。
明確に人数上限があるなら「悪いなフレック、この〈トレイルホライゾン〉は六人用なんだ」みたいな感じで弾いてやろうかと思ったのだが。
「パーティー編成はクラン内で調整すればいいじゃない。そのためのクランなんだし。てかクラン名を決めようよ。混沌の軍勢なんてどう?」
しゅたっと手を上げて色々な意味で物騒な名前を提案するリエスタ。
さっきから混沌推しなのはゆるキャラが〈混沌の女神〉の使徒だからなのもあるが、混沌という言葉自体がアトルランでは肯定的な意味合いを持っているからでもあった。
〈混沌の女神〉はこのアトルランと呼ばれる世界の二番目の大陸、〈オルガムルカ〉を守護する中柱の神である。
ちなみに今ゆるキャラたちがいるこの大陸は四番目の〈リバムルバス〉で、守護するのはマリスやドラミアーデが信仰している〈地母神〉だ。
〈混沌の女神〉は混沌をもってして混沌を制するという役目を持つ存在だった。
フィンの故郷であるリージスの樹海の妖精の里の長、フレイヤもかつてこう言っていた。
『降ってわいたような幸運も不幸も〈混沌の女神〉の意図するもので、仮に不幸な出来事に見舞われても、巡り巡って違う誰かの幸運に繋がっているのです』
他にも「今日の不幸は明日の幸運、明日の幸運は明後日の誰かの不幸」とも言ったりするそうだ。
不幸事も前向きに捉えるという考え方は、ゆるキャラの中の人的にも嫌いではない。
クラン名及びパーティー編成について喧々囂々と皆の意見が飛び交い始めたところで、約束の相手であるマリウスが冒険者ギルドに入ってきたのを見つけた。
ゆるキャラに抱き付いたまま意見を飛ばしているリエスタをべりっと引き剥がして、彼らを出迎える。
「すみません〈神獣〉様。お待たせしてしまったようで」
「いや大丈夫だ、別件で先に来ていただけだから。あと俺のことはトウジでいいよ。俺もマリウスと呼ばせてもらうから」
「良いのですか?それではお言葉に甘えてそう呼ばせて頂きます。トウジ兄さん」
「えっ」
「えっ?」
まさか兄さん呼びされるとは思わず驚いたゆるキャラだったが、マリウスもこちらが驚いたことに驚いていた。
もしかして「貴兄」的な敬った意味での兄さんだったのだろうか。
関西のお笑い芸人が先輩のことを兄さん呼びするあれだ。
マリウスの表情だけではどういう意図があったかは読み取れない。
出会ったばかりでマリウスの人柄もよく分かっていないし、問い詰めて気まずくなって今後に影響が出ても困るし……。
「そ、それじゃあ早速剣の腕を見せてもらおうかな。隣の訓練場に行こうか」
別に兄さんと呼ばれて困ることもないのでスルーすることにした。
割とこういうところは慎重なゆるキャラの中の人なのである。




