171話:ゆるキャラと愛玩
「ならやっぱり君たちの寄付分は俺が払おう。リリエルの介抱代も兼ねてね」
「いいえ、そういうわけには」
マリスと受け取ってくれ、いや受け取れないの応酬を何度かする。
なんだか久しぶりに日本人っぽいやりとりをした気がしてほっこりした。
アトルランの住人たちは割と素直で図々しいので、譲り合うような機会が少ないのだ。
まあ遠慮する余裕が無いくらい過酷な世界だから仕方ないのだが。
最終的に寄付額の全額ではなく半分と、何故かマリスがゆるキャラの灰褐色の毛を撫でる権利を得てハンマープライスした。
そういえば初めて会った時もマリスはゆるキャラの自慢の毛並みを狙っていたな。
虎視眈々とチャンスを伺っていたようだ。
「というかシナンとドラミアーデさんの了承無しに決めていいのか?」
「構いません。二人の財布の紐は私が握っていますから」
「ふうむ、ならいいか」
「それと私たち二人のこともどうぞ呼び捨てにしてください。それで早速お願いしたいのですが、人前は恥ずかしいので私の部屋に来てくださいますか」
頬を赤く染めて小首を傾げながら、マリスがゆるキャラを上目遣いで見上げる。
なんとも誤解されそうな光景だが、フレックは追い払ったしリリエルは二日酔いで机に突っ伏したまま寝息を立てているから目撃者はいない。
特段断わる理由もないので、というかさっさと済ませたいので素直にマリスの部屋へと招待される。
ドラミアーデとの相部屋だが彼女は冒険者ギルドへ出かけていて不在だった。
女性ものの服や下着が脱ぎ散らかされたベッドと、きちんと整頓された綺麗なベッドが並んでいる。
後者にマリスが腰掛けると、その横をぽんぽんと叩いてゆるキャラに座るよう促す。
「一応俺は男なんだが……」
「ミアも私も気にしないから大丈夫ですよ。それに〈神獣〉様は紳士な方だと知っていますから」
紳士ねえ、信頼されていると言えば聞こえは良いが、要は男性として見られていないわけだ。
いやこんな謎生物を男として見られても困るが。
それにしてもドラミアーデはミアという愛称なのか。
思いの外可愛らしい呼び方だ。
某ロボットみたいな略され方じゃなくてよかった。
「本人は気にしなくても、無防備な所を見せられた側が誤解しそうだけどなあ。マリスはその心配はなさそうだが」
「私は小さい頃から身だしなみや言葉遣いを厳しく躾けられていましたから。これでも元々は貴族令嬢だったんですよ。私が成人する前に没落して一族は離散してしまいましたが」
おおっと、不意打ちで重たい話を頂戴してしまった。
本当にこの世界は手厳しい。
「実は貴族だった頃に飼っていた番狼と〈神獣〉様の毛並みがそっくりなのです」
「番狼?」
マリスの説明によると番狼というのは狼型の魔獣で、人種に従順でそのルーツは精霊に近い存在なんだそうだ。
名前の通り番犬のようなものか。
「一人娘の私にとってその番狼は護衛であり相棒であり、友人でした。その子とも没落の際に離れ離れになってしまいました。〈混沌の女神〉の使徒を魔獣扱いしてしまい申し訳ありません。不愉快ですよね」
「いいや構わないさ。むしろマリスの友人と同列に扱ってくれるなら光栄だな」
クルールもそうだったが、マリスもゆるキャラを通して過去の幸せだった頃の記憶を思い起こしているようだ。
この毛並みが少女の慰みになるなら番犬になるのも吝かではない。
いくらでもわんわんと吠えようじゃないか。
ゆるキャラのくさい台詞を聞いて、マリスが驚いたように目を見開く。
そしてはにかむように微笑んだ。
「……ありがとうございます」
まるで逢引きする男女のように部屋に連れ込まれたゆるキャラだったが、その内容は至って健全だ。
そう思っていた時期がゆるキャラにもありました。
「はあはあ、やっぱり良い手触り……気持ちい所はすべて分かっているのですよ」
いたいけな外見のマリスが恍惚の表情を浮かべながら、ゆるキャラのあんなところやこんなところを撫でまわす。
その光景は昨晩のリリエルにも負けない痴態のような気がしないでもない。
ちょっと思ってたのと違う。
もっとこう、ぬいぐるみに抱きつく女の子的なのを想像していたのだが……。
マリスの柔らかい指先が、ゆるキャラの耳の裏や顎の下といった気持ち良くなる場所を的確に刺激してくる。
なのでついうっかり犬猫のようにうっとりと目を細めてしまう。
ペットな彼らが撫でろ撫でろとねだってくる気持ちが分かった瞬間であった。
せめて情けない声だけは出すまい。
それがおっさんである中の人の最後の矜持である。
「ここかしら?」
「あっ」
……改めて言うが、撫でてもらってるだけなので悪しからず。
なでなでタイムは滞り無く終了。
ゆるキャラの体を堪能して満足顔のマリスと共に部屋を出る。
肉体的には気持ちよかったが、精神的には結構くたびれたな……。
部屋の扉を開けると、丁度対面の扉も開き一人の男が出てくる。
茶髪を寝癖でぼさぼさにしたシナンだった。
今起きたのか、あくびをしながら捲れたシャツから見えている腹を掻いている。
ちなみにその腹は冒険者らしくバキバキに割れていた。
「ふわあ、おはようマリ……ス」
シナンの視線が部屋から出てきたマリスからゆるキャラに移った所でビタリと停止。
寝ぼけてトロンとしていた目と口が大きく開かれた。
「おはようじゃないですよシナン。もうすぐ昼になります。このあと冒険者ギルドでミアと打ち合わせしますから、すぐに準備してくださいね」
「お、おう……」
特にゆるキャラの説明はせず、マリスは今日の予定をシナンに伝えると一階に降りて行った。
ここで取り残されると気まずいので、ゆるキャラもそそくさと後を追う。
浮気現場で鉢合わせた間男のような気分だが、断じて否。
やましいことなどひとつもないのだ。
廊下にはあ然とした表情のシナンだけが取り残された。




