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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
6章 O・M・G

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170話:ゆるキャラとまきつの

「おはようございます!トウジ兄様」

「お、おう。おはよう」


 翌朝〈ギリィの悪知恵〉亭の一階にある食堂で朝食を食べていると、クルールが挨拶しながら抱き付いてきた。

 なんとも既視感のある光景だなあと彼女の頭を撫でつつも、ゆるキャラは若干緊張している。


 何故ならクルールの背後に兄のマリウスがいるからだ。

 実の兄の前で妹が変な亜人を兄様呼びして抱き付いているのだから、そりゃまあ気まずいのなんの。


 ゆるキャラの中の人に妹はいないので、心情を共感するのは難しい。

 代わりに実在する姪っ子の悠里が、知らないおっさんと親し気に抱き付いていたらと想像してみる。

 ああうん、色々な意味でアウトだわ。


「〈神獣〉様、おはようございます。昨晩の酒席でも名乗りましたが改めて自己紹介させてください。私がマリウス・シャウツ男爵です。といっても現在は第一皇子預かりの身ですが。この度は妹のクルール及びシャウツ男爵家のために、便宜を図ってくださりありがとうございます。このご恩は必ずお返しします」


 マリウスは畏まって宣言した後、貴族らしく恭しい一礼をした。

 クルールと同じ赤い髪の青年で体格は中肉中背、顔つきは線が細い美形。

 女装させればクルールの姉でも十分通りそうだ。


 彼の内心は分からないが、表立ってゆるキャラとクルールの関係にとやかく言うつもりはないようだ。

 まあ態度を取り繕うくらいは貴族として出来て当然か。

 ご恩については君がバリバリの武闘派になって、戦場で武勲を上げてくれればそれでいいんだけどね。


「こちらこそ呼び出して悪かったな。事情はあらかた聞いているから、戦闘面で君を手助けできるよう色々試させてくれ」

「……はい。お願いします」


 ゆるキャラの言葉を聞いたマリウスの表情が曇る。

 そこは取り繕えないのか……それだけ心の傷として大きいということか。

 曇った顔のイケメンとか、その筋の人からすればもっと曇らせたくなるのかもしれないが、ゆるキャラにそんな趣味はないのだよ。


「そういえばいつの間にフレックと仲良くなったのですか?今日私から紹介するつもりでしたのに」

「昨日の宴会で意気投合して朝まで飲み明かしたのさ。なあそうだよな旦那」


 仲良くなったというのは心外である。

 こいつは一人でゆっくり朝食を食べていたゆるキャラの座席に勝手に相席して、馴れ馴れしく話しかけてきただけだ。


 昨晩からことごとくゆるキャラの限られた自由時間を潰してくる。

 しかもゆるキャラと揉めたことは黙っていて欲しいようで、こちらに向かってウインクをばちこんとかましてきた。


 灰褐色の毛並みが総毛立つ。

 竜族の威圧と同等のプレッシャーを与えてくるとはやるじゃあないか。


「迷宮の深層に潜るのはまだ先だからこいつのことは放っておいて、午後から冒険者ギルドの訓練場で手合わせさせてもらってもいいか?」

「わかりました」


 フレックをしっしと手で追い払いながら、マリウスと予定を決める。

 〈トレイルホライゾン〉の面々には今日は休養日と宣言してあるが、ゆるキャラ自身は忙しい。

 昨日〈ギリィの悪知恵〉亭にやってきた知り合い全員と打ち合わせをしなければならないからだ。


 シャウツ男爵家とは一段落ついたので次の打ち合わせ相手を探そう。

 そう思っていると宿泊施設になっている二階の階段を、誰かが覚束ない足取りで下りてきた。


「ううぅトウジさまぁ。おはようございます」


 羊人族のリリエルだ。

 昨日はだいぶはっちゃけていたからか、二日酔いで顔色が悪い。


 普段は神職である〈混沌の女神〉の分神殿の司祭をやっているだけあって、質素倹約な生活を送っていた。

 だが昨日は〈混沌の女神〉の使徒である〈コランクン〉に再会できた喜びで感情が爆発。


 調子に乗って愚かにも酒豪のイレーヌに飲み比べの勝負を挑んだのだが、結果は見ての通り惨敗である。

 なんとかゆるキャラの向かいに座ったリリエルだったが、顔を青白くさせて頭を振り子のようにゆらゆら揺らしていた。

 羊人族だけあって頭には立派な二本の巻き角が生えているので余計に重たそうだ。


「おはよう。誰かに《解毒》はかけてもらわなかったのか?」

「ううぅ、マリスさんが反省しなさいってかけてくれないんです」


「マリスさんっておっとりしてそうで意外と厳しいんだな。たまに羽目を外すくらい許してくれればいいのにな」

「いえ、あのう、その」


 仕方ないからゆるキャラが代わりに《解毒》効果のある〈ハスカップ羊羹〉を出して上げようとしたが、どうにもリリエルの様子がおかしい。

 机に両肘をついて人差し指同士で突っついている。

 いわゆる一昔前の、いじけている時にするポーズだ。


「トウジ様を追いかけると王国騎士のクラリーナさんに連絡しましたら、路銀をたっぷり頂きまして。おかげでシナン君たちも雇えたのですが、ついつい道中は毎日のように晩酌をするようになってしまいまして」

「ええ……」


 詳しく話を聞いてみると、ゆるキャラたちがレヴァニア王国を出立した翌日には、リリエルも追いかけることを決意したそうだ。

 その三日後には資金調達も終えて、護衛のシナンたちを伴い出発する。


 元々寒村の出身で親に売られて奴隷となった身の上のリリエルなので、酒とは無縁の生活を送っていた。

 その後冒険者となった際に初めて酒の味を知ったわけだが……。


「元ご主人様と酒を酌み交わした冒険者時代が懐かしくなりまして、飲酒量が増えてしまった次第です、はい」

「まさか酒のせいでシナンたちの護衛報酬が払えなくなったのか?そりゃあマリスさんも怒るよ」

「それは違いますわ」


 不意に栗色の髪の小柄な少女が現れて、しゅんとしているリリエルを背後から抱きしめた。


「おはようございます。〈神獣〉様」

「おはようマリスさん」


「リリエルは立ち寄った街の〈地母神〉が経営する孤児院に寄付をしていたんです。ですから旅の間は至って慎ましやかでしたよ」

「でも毎日晩酌はしていたんだよな?なんだか話が噛み合わないけど」


「確かに晩酌はしていましたが、一、二杯ですので旅費に影響はありません。私たちもリリエルに習って報酬の一部を孤児院に寄付したのですが、その分も彼女が払うと言って聞かないのです」


 なるほどそういう話だったのか。

 そうならそうと言えばいいのに、それすら言わないなんてリリエルめっちゃいい娘じゃん。


「ん?それならなんでリリエルに《解毒》を使ってあげないんだ?」

「そのう、リリエルはお酒に弱いので、一杯飲んだだけで昨晩の様な状態になります。だからこうやって反省を促しているのです」


 昨晩のリリエルの痴態を思い出してか、淑女なマリスの頬が赤くなる。

 え、一杯だけで昨晩みたいなはっちゃけっぷりになるのか。


 あーうん、毎晩あれを介抱するのはきついから反省を促すのも頷ける。

 どんな痴態かは……リリエルの名誉のために言わないでおこう。

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