17話:ゆるキャラと団体行動
「ウルスス族の小僧!止めるぞ」
「俺を餓鬼呼ばわりするんじゃねぇ!」
ドワーフと思われる戦士の呼び声に応じて、二足歩行の大熊が怒鳴りながら前に進み出る。
眼前に迫った〈森崩し〉の巨体を二人がかりで受け止めるつもりのようだ。
ドワーフは自身より巨大な大楯を装備していて、それを地面に突き刺して固定して衝撃に備える。
獣道すらないこの樹海の中、あんな大きな楯をよく周りの木々に引っかけずに持ってこれたものだ。
一方で大熊は素手のまま両手を広げて仁王立ちである。
このウルスス族の小僧と呼ばれた彼は、北海道に生息するヒグマを二足歩行にしたような姿をしている。
巨体に似合わないつぶらな瞳がチャーミングだ。
自前の毛皮以外には何も身に着けておらえず、人間的な観点で言えば裸である。
……そう考察して自分も裸じゃないかと気が付いた。
〈コラン君〉のトレードマークである赤いマフラーを首に巻いているが、裸にマフラーのみってより高レベルな変態ではなかろうか。
だが待って欲しい、自前の毛皮が衣服に相当するものだと考えることもできる。
実際に今まで裸だったという認識も無ければ、羞恥心も芽生えていない。
防寒や保護という点においても、毛皮がその役目を果たしている。
よって俺は裸ではない、以上、証明終了。
ああでも、これはやっぱり人間側の考え方なのだろうか。
生まれつきヒグマのウルスス族?である彼からすると、そもそも裸に羞恥心を覚えないし、裸であっても防寒も保護もされて当たり前という認識なのかもしれない。
落ち着いたら彼に直接聞いてみようか。
などと割とどうでもいいことを考えているうちに〈森崩し〉と彼らが接触する。
迎撃部隊の戦線を押し返すかのように放たれた体当たりを、戦線から飛び出したドワーフとウルスス族の二人が受け止めた。
堅いもの同士がぶつかり合う鈍い音がすると、地面を這うように迫っていた〈森崩し〉の胴体が土埃と共に、大小様々な枝や倒木を弾き飛ばす。
各々が身をがめてそれらをやり過ごすと、もうもうと巻き上がる土煙の中にしっかりと体当たりを受け止めた勇士二人の姿があった。
「すごいな、正面から受け止めたぞ」
「あの二人は【大地神の加護】持ちで防御力には優れているんだ」
ドワーフは地面に突き刺し固定した大楯で〈森崩し〉の体当たりをいなすと、得物の斧を振り下ろして胴体に深く食い込まる。
ウルスス族の熊君の方はなんと、全身を使って体当たりを受け止めていた。
まともに食らえば俺の死因となったトラックの一撃よりも威力がありそうだというのに。
分厚い毛皮と強靭な熊の骨格と、加護のなせる業か。
彼は体当たりを受け止めると同時に、両手の鋭い爪を〈森崩し〉の胴体に突き立てた。
体当たり後は鎌首をもたげている頭部の元まで戻るはずの胴体が、二人の攻撃によってその場に縫い留められる。
これはチャンスだ。
「よし、今だ!」
イレーヌの号令で皆が一斉に斬りかかる。
ある程度攻撃を加えた所で拘束が解けると、〈森崩し〉の胴体は頭部の元へ戻って行った。
再び体当たりが来る前に、前衛の二人は体勢を整えて次の衝撃に備える。
なるほど、どうやらこれを繰り返すらしい。
伊達に何度も〈森崩し〉を迎撃しておらず、前半の遠距離攻撃から後半の接近戦まで見事な作戦だ。
ゆるキャラも他の連中に混ざって、鳥足による攻撃を遠慮なくお見舞いしていく。
巨大な敵相手に決められた手順の攻撃と退避を繰り返していると、気分は某ネトゲのレイド戦である。
とはいえあそこまで綿密な団体行動は要求されないのでさほど気負ってはいない。
一方で大変なのはタンク役を務めているドーワフのおっさんと熊君だ。
二十名ほどいて前衛がたったの二名である。
それだけ〈森崩し〉の体当たりに耐えうる者の数が限られているのか、それとも迎撃部隊の攻撃力重視でタンク要員は最低限度の人数に絞ったのか。
どちらか一人でも欠ければ前線は崩壊するため、二人への支援は手厚い。
『癒して満たせ 傷痕構わず 損魂違わず 捲き戻せ』
『豊潤に芽吹く新緑の御幹よ 傷付き衰微する者に 旺盛の癒しを』
妖精とエルフがそれぞれドワーフと熊君に魔術をかける。
すると体当たりを受け止めきれず大楯と頭が接触した際に、額を切り派手に流血していたドワーフの傷がみるみるうちに塞がった。
熊君は胴体から引き抜くのに失敗したのか、左手の小指と薬指が折れて変な方向に曲がっていたが、こちらも元通りに治った。
どちらもいわゆる治癒魔術のようだが、詠唱の言葉に差異があるのが興味深い。
妖精とエルフでは扱う魔術の種類が違うのだろうか。
同じ絆創膏でもメーカーが違うみたいな?今度フレイヤ先生に聞いてみよう。
体当たりを捌くこと六度、〈森崩し〉の全身は迎撃部隊の攻撃によって紅く染まっている。
いくら巨大で体力が多くとも流した血の量は既に相当量だ。
その証拠に地面には赤い水溜まりがいくつもできている。
「まずいな、削り過ぎたかもしれん」
俺と一緒にドワーフの背後に隠れていたガルドが呟いた。
「削り過ぎると駄目なのか?」
「今回はあくまで迎撃戦で人員もそのつもりで用意した。だが削り過ぎると奴も逃げる体力がなくなって死に物狂いで攻撃してくる。そうなると二人では前衛が足りない」
「すまん、ガルドたちが来る前に私とトウジ殿で削り過ぎたようだ」
どうやら迎撃部隊が到着する前のダメージ量は計算外だったようだ。
確かに〈森崩し〉の頭部が到着する前はイケイケで攻撃していた。
「いや、トウジとイレーヌの実力なら二人だけでも十分戦えたのだろう。俺の読みが甘かっただけだ」
ガルドはそう言うがHPバーで確認できるわけでもないし、ダメージ量の調整は相当難しいのではないだろうか。
ゆるキャラというイレギュラーが居れば尚更である。
「よし、全員退避し―――」
だが一手遅かったようで、〈森崩し〉から今までにない激しく大きな咆哮が発せされた。
腹の底に響くような声音に全員が一瞬だが身を竦ませる。
……手負いの獣が覚悟を決めたようだ。
迎撃部隊が到着してからは胴体で庇うように後方で待機していた頭部が、俺たち目掛けて襲い掛かってきた。




