169話:ゆるキャラとかくれんぼ
「ま、待ってくれ降参だ!俺はデクシィ侯爵の使いだ。お前たちを迷宮の深層に連れて行くために、同行する第二位階冒険者ってのが俺なんだよ」
ボコボコにとっちめて忍者男に関する情報を引き出そうとした矢先、男が地面に仰向けに倒れながら叫んだ。
「は?なんで味方が襲ってくるんだよ。てかそんな情報までよく仕入れたな。尋問、いや拷問のし甲斐がありそうだ」
「味方だから知ってるんだよ!懐から証拠の侯爵家の印を出すから攻撃しないでくれ」
男がゆっくりと懐へ手を入れて取り出したのは、紋章が刺繍された布切れだ。
確かにデクシィ侯爵家っぽい紋章が施されているが、そもそも侯爵家の紋章をちゃんと覚えていない。
「へー良くできた偽物だな」
「あんた疑り深いな!クルールの嬢ちゃんなら俺の事を知っている。シャウツ男爵家を通しての紹介だからな」
「彼女は今ここに居ないしその場しのぎの嘘じゃないか?それに毒の短剣で人を襲っておいて何言ってるんだよ」
「これが毒ってのは嘘でただの潤滑油だ。触るどころか体内に入れても無害さ。元々は人族の良い仲の男女で使うものなんだよ。まあ、あんたには不要かもしれんが」
そう言って男が寝転がったままスラム街のチンピラのように、短剣をぺろぺろと舐めて見せてくる。
確かに潤滑油と聞いてもゆるキャラの中の人には無縁過ぎて、ピンとくるまでに数秒の時間を要した。
なんせ先に頭に浮かんだのはバラエティー番組でお馴染み?の、潤滑油相撲だったからな。
そういえば本来の(かどうかは知らないが)用途はそっちだったか。
男はゆるキャラが鼠人族に近い種族だから不要だと言ったと思われる。
しかしなんだろう、くやしい。
謎の敗北感に襲われて思わず声が上ずった。
「そ、その短剣は本物だろうがっ」
「確かに本物だが偽物の毒を擦り付けるのに使っただけだ。俺に殺気が無かったのは気配に鋭いあんたなら分かったんじゃないか?」
「なら何故襲い掛かってきたんだ?〈影の狩人〉が師匠ってのも嘘か?」
「素直に白状するから怒らないでくれよ?襲ったのはデクシィ侯爵の指示だ。〈国拳〉と肩を並べて図に乗っている亜人風情に現実を分からせてやれ、って上からのお達しだ。俺を使って脅して、ついでに迷宮での上がりをせしめようってわけだ」
「せしめるも何も、諸経費以外は全部献上だぞ」
「ちょろまかしも許さねえってことだよ。まあここまで一方的にやられた後じゃあ、それを咎めるつもりはもう無いけどな。あと〈影の狩人〉が師匠ってのは半分本当だ。【暗影神の加護】なんて持ってるのが周囲にバレると、自分とこの暗殺者にさせようと色んな組織から狙われるのさ。その辺興味があるなら話してもいいが……とりあえず起き上がってもいいか?」
男の半生をまとめるとこうだ。
物心付いた頃から孤児院暮らしだった男は、ある日一緒に暮らす子供たちとかくれんぼ中に【暗影神の加護】の能力である〈影潜み〉に目覚めた。
幼いながらにやばい能力だと悟った男(当時少年)だったが、誘惑には逆らえずかくれんぼの度に加護を使用。
男の〈影潜み〉は同じ孤児院の子の【狩猟神の加護】の能力である〈狩人の目〉でも見つけられなかったため、かくれんぼの絶対強者として君臨したそうだ。
〈狩人の目〉とは一度目標と定めた相手なら、どんなに離れていてもいる方向と距離が分かる能力で、樹海の豹人族イレーヌも持っている。
これは〈影潜み〉が〈狩人の目〉に勝っているというわけではなく、単純に加護の強い方の能力の影響を受けるそうだ。
そして男の〈影潜み〉は誰にも看破されることのない強力な加護だった。
というか異世界だとかくれんぼをするだけでも、能力者バトルみたいな展開になるのな。
「強い【暗影神の加護】を持つ者だけが〈影潜み〉を使えるようになる。そして俺はどこからかこの力を嗅ぎつけた師匠に攫われたのさ」
攫う目的は〈影潜み〉という能力の秘匿、及び後継者の育成のためだ。
〈影潜み〉を使える人材は漏れなく上位の貴族や王族子飼いの暗殺者になっていた。
「〈影潜み〉って能力名も秘匿対象だから他言無用で頼むぜ」
「それを俺に言っていいのか?」
「秘匿と言ってもデクシィ侯爵くらいの連中なら知ってる情報だからな。能力の詳しい内容は流石に死んでも言えないけどよ……こっちはあんたならある程度察しが付いてるんだろうが、絶対に他言するなよ?暗殺者ギルドに狙われるから」
男を攫ったのが師匠こと〈影の狩人〉こと忍者男だ。
呼称が複数あってややこしいので、以降は忍者男と呼ぶことにする。
忍者男の元で暗殺者として育てられた男は、そのまま忍者男の後継者になる予定だったがそうはならなかった。
「俺は暗殺者になるなんてまっぴらごめんだった。だから逃げた」
「よく逃げられたな」
「いや、すぐに取っ捕まったよ。そのまま処分されるかと思ったんだが、予想外にも見逃してくれてな。ただ逃げるだけじゃ他の奴に捕まるからって師匠が根回して、俺を子飼いの貴族と暗殺者ギルドから完全に足抜けさせてくれたんだ」
「は?ありえないだろ。あいつが他人に情けをかけるなんて」
ゆるキャラの知っている忍者男は冷酷非情で罪もない闇森人の里を焼き払い、住人を惨殺しアナを痛めつけ道具扱いする外道である。
そんな奴がこの男に情けをかけるとは思えなかった。
「それが足抜けさせて欲しかったら理由は聞くなって、教えてくれなかったんだよな。常に冷徹で厳しい師匠がその時だけは妙に優しかったな。でも別に何かの囮として泳がされてたわけでもないぜ。なんせ足抜けしてもう二十年は経つが何もないまま師匠は死んじまったからな」
「まだ泳がされている最中かもしれないぞ。ちなみにお前は体のどこかに茨の刺青を入れているか?」
「茨の刺青?そんなものないな」
男の言うことが真実なら忍者男とは二十年以上前に袂を分かち、証拠隠滅用の茨の刺青も無いので無関係かもしれないが……。
「足抜け先がデクシィ侯爵家でな。〈影潜み〉の能力を暗殺じゃなくて冒険者として役立てているというわけさ」
「その割に俺を脅したりはするのな」
「お、脅そうとはしたが暗殺はしてねえよ!とにかく師匠と俺に勝ったあんたにたてつく気はもう無えよ。そういえば自己紹介がまだだったな。俺は第二位階冒険者〈斥候将〉のフレックだ。よろしく頼むよ〈神獣〉の旦那。ちょろまかしにも協力するからさ」




