168話:ゆるキャラとロバの耳
謎の液体でぎらついている短剣が背後から振り下ろされる。
それが見えているゆるキャラは体を捻って躱す。
仮にこの謎の液体が猛毒だとして、触れたことにより忍者男戦の時のように全身に毒が回ったとしても、〈自動もぐもぐ〉で回復できるから問題ない。
とはいえ当たらないに越したことはないが。
男も短剣で斬りつけるのが目的というよりも、謎の液体を擦り付けられれば良いという感じだ。
深く踏み込まずに腕だけで短剣を振るっている。
それにしても謎の液体を塗り過ぎだ。
一応粘性はあるようだが、振るった短剣から水滴となって飛んできた。
それにも当たらないよう大きく躱したため、ゆるキャラが反撃する余裕は無い。
男は後退して再び姿を消すと、数秒後に性懲りもなくまた背後に現れた。
初撃で謎の液体のほとんどは飛び散ったようだ。
今度は紙一重で右に飛んで、振り向きざまにオジロワシの左翼を裏拳のようにして男に放つ。
「うおっ」
男は驚きながらも裏拳を短剣を握っていない左腕で防ぐと、後ろに飛んで距離を取った。
「あんた一見すると鼠人族っぽいが、そのでかい目の位置は人族とたいして変わらないじゃねえか。それで真後ろが見えるっておかしくないか?」
「……見えなくても気配で分かるんだよ」
嘘である、実際はちゃんと見えていた。
「塗ってある毒の水滴の気配も分かるのか?」
「……」
この男、軽薄な態度だがなかなか鋭い。
〈コラン君〉は北海道に生息するエゾモモンガとオジロワシをモチーフにしたゆるキャラだ。
ただしあくまでモチーフであり、実際のそれらの動物と造形が同じかと言われれば違った。
体のフォルムは正にマスコットキャラクターの着ぐるみといった感じで、大人の人間がすっぽり入れるよう大きな丸い頭に丸い体。
つぶらな瞳は人間と同じように顔の正面に付いている。
確かにこの位置で野生動物が可能にしている広視野を得るのは不可能だろう。
なら何故見えるかって?知らんがな。
そんなことはこの体を作った猫に聞いてくれ。
あれだ、実際の着ぐるみだって付いている目の位置からだと、中の人が視界を確保出来ないことが多々ある。
その場合胴体に付けたメッシュ状の生地や、開いている口部分から外が見えるよう工夫するものだ。
つまり着ぐるみの目の位置と、実際に見るための目の位置は違うのだよ!
……まあ背後が見える説明には一切なっていないのだが。
「ちっ、ならこれはどうだ」
ゆるキャラの沈黙をどう受け取ったかは知らないが、男が消えた。
警戒していると不意に目の前の至近距離に現れる。
腰だめに構えた短剣がゆるキャラの丸いお腹に突き刺さろうとしていた。
だがその動きは知っている。
半身を引いて短剣を躱すと、脇の下を通過する男の腕を掴む。
黄色いオジロワシの鳥足ですれ違う男の足を引っ掛けると、男の体が宙を舞った。
掴んだ腕を離さずに、空中で一回転した男を地面に叩きつける。
受け身も取れないまま背中を激しく打ち付けて、男が肺から大量の空気を吐き出す。
追い打ちで地面に大の字になって寝転がる男に右の拳を振り下ろしたが、その姿が忽然と消える。
掴んでいたままの男の腕が振り払われた瞬間の出来事で、ゆるキャラの拳は地面を叩いた。
むう、今のタイミングからでも消えることができるのか。
そしてこれまで確証は無かったが、物理的に消えるという事実が確認された。
条件があるとはいえ忍者男も使っていた【暗影神の加護】は、改めて感じるが相当強いし卑怯な能力だな。
「ごほっ、ごほっ……今のにも反応して避けるとか〈国拳〉でも無理だぞ」
次に男が現れたのは空地の端っこだった。
ゆるキャラを警戒して大分距離を取ったようだ。
「背後からと至近距離からの攻撃は〈影の狩人〉も使ってきた手だからな。俺が今生きているということは、その両方をしのいだってことだぜお弟子さんよ」
「煽るじゃねえか。なら次は師匠にも出来ない技を見せてやるぜ―――」
再び男の存在が世界から消える。
これまでの戦いから予想するに【暗影神の加護】は急激に動かない限り姿を消していられるらしい。
攻撃モーションは少なくとも急激な動きの範疇のようで、インパクトの直前まで姿を消したままとはいかないようだ。
あと先程のゆるキャラの拘束を振り払った動きから、他人に触られていると能力が使えないか?
次はどんな手で来るかと待ち構えるが、一向に襲ってこない。
まさか逃げたか?と思い始めた矢先、数メートル先に現れる。
握った短剣は構えず下ろしたまま、ドヤ顔で空の左手をこちらに向けていた。
何してるんだと訝しんだ瞬間、ゆるキャラの全身を謎のむずむずが襲う。
いや、このむずむずの正体は最近検証したので知っている。
魔術に抵抗した時の感覚だ。
「はっはー!どうだい俺様の無詠唱《幻惑》は。ああ、ありったけの魔力を籠めてやったから、返事も出来ないくらい頭がぼんやりしてるかなあ?」
相当自信があるのか、ゆるキャラが抵抗しているとは微塵も疑っていない男が悠々と近づいてくる。
実際は幻惑ではなく当惑していただけなのだが。
「魔術は構成を編んで詠唱している間は無防備になるが、加護発動中なら安全というわけだ。普通なら詠唱すると加護が解けちまうが、無詠唱を習得した天才的な俺様なら発動の直前まで解けないって寸法よ」
へー、そういう攻撃だったのか今のは。
ゆるキャラに聞こえていないと思っているからか、男が自分の秘密を暴露する。
聞く相手がいなくても喋りたいこともあるよね。
王様の耳はロバの耳的な意味で。
もっと情報を仕入れたいが男が目の前まできてしまったので、ここまでのようだ。
「ふんっ」
「ぐほぉっ」
油断しきった男に腹パンをお見舞いすると、彼は無様に腹を抱えて地面に転がった。




