165話:ゆるキャラと箱と抵抗
眠たそうな紅い目がじっと正面の箱を見つめている。
その箱は薄暗い石畳の通路の袋小路に、ぽつんと置かれていた。
大きさは釣りの際に持っていくクーラーボックスくらいで、大人が椅子代わりに腰掛けるのに丁度よさそうだ。
木製の箱で各辺は鉄製の板で補強されており、蓋はかまぼこ型をしている。
いわゆる宝箱というやつだ。
そしてその真ん前に陣取った竜の幼女シンクが、両手をわきわきさせていた。
「ねーねー早く開けてよー」
「はいはい、危ないから下がってような」
宝箱に近寄ろうとするフィンをゆるキャラが引き止めた。
フィンが肩からたすき掛けにしているパスケースを引っ張ったので、付属のコードリールがぴんと伸びたところで進まなくなる。
シンクは小さい両手の指を宝箱の縁に差し込むと、ゆっくり持ち上げた。
鍵はかかっておらず、錆び付いた蓋がギギギと音を立てながら開き始めた瞬間、カチリと何かが噛み合う様な音をエゾモモンガの耳が拾う。
次の瞬間、視界が閃光に包まれた。
僅かな間を置いて爆発音と衝撃波がゆるキャラたちを襲う。
「うわー……ぐえっ」
衝撃波に煽られてフィンが反対方向に吹っ飛んでいく。
ゆるキャラがパスケースを掴んだままだったので、紐が首に食い込み変な声を上げた。
視線を爆心地に戻すと、宝箱を中心にして黒く焼け焦げた跡が残っている。
宝箱の傍らには無惨にも黒焦げになった幼女の姿が……なんてことはない。
「爆弾か。初めてのパターンだな」
「ん、たのしかった」
爆発を受けて煤だらけになったシンクが、近寄るゆるキャラを見上げた。
古き良きバラエティ番組のコントの、爆発オチを迎えた後のような姿になっている。
一張羅である赤いワンピースがずたぼろになっているが、シンク本体へのダメージはゼロと言っていいだろう。
さすが竜族だ、なんともないぜ。
〈トレイルホライゾン〉には罠解除ができる人材が居なかったことと、本人の強い希望もあって、宝箱を開ける係はシンクになっていた。
これまでも見つけた宝箱を開ける度に落とし穴(の下に槍)、毒ガス、麻痺矢、ギロチンなどがシンクを襲ったが、本人はけろりとしている。
むしろどんな罠が発動するかなと、びっくり箱感覚で楽しんでいた。
物理系の罠が効かないのは分かったが、魔術系の罠にまだ遭遇したことが無いこともあり不安が残る。
一番怖いのは転移型の罠だ。
レヴァニア王国の知人からリアル「石のなかにいる」を食らった話を聞いたこともあり、戦々恐々としていたのだが……。
「シンク様とトウジ様、それにフィン様に魔術系の罠は効きませんね」
「へ、なんで?」
「お三方とも圧倒的な魔力量なので、生半可な魔術は余裕で抵抗してしまうのです」
ルリムの説明によると、魔術による直接攻撃は体内に内包している魔力で抵抗できるらしい。
分厚い絶縁体で電気を防ぐようなものだろうか。
ここで言う魔術による直接攻撃とは《誘眠》や《幻惑》、《精神支配》や《他者転移》といったものを指す。
《火球》の炎など、魔術によって引き起こされた物理現象は含まれない。
つまりシンクに関しては物理も魔術も通用しないということになる。
「《他者転移》は普通に影響を受けていなかったか?」
「それはトウジ様が無意識に受け入れていたからです。では今からアナに《他者転移》をかけさせますので、意識して抵抗してみてください」
と言うので意識して抵抗してみると、確かに《他者転移》は発動しなかった。
全身にむずむずする感覚が走ったが、それだけである。
「それじゃあ《小治癒》なんかもその気になれば抵抗できるのか?」
「できますよ。普通は抵抗しませんが。刺激臭が漂ってきたら咄嗟に息を止めるけど、それがいい匂いだったら止めないですよね」
「ふうむ、つまりいい匂いを偽装して攻撃すれば抵抗されにくいというわけか」
「ええ……トウジ様エグいこと考えますね」
などという検証結果を元にシンクに任せているので、そこまで心配する必要は無い。
しかしながら、ゆるキャラたちの抵抗を突破してくる罠がある可能性もゼロではない。
仮に乗っている飛行機が墜落する確率より低いと言われても、心配なものは心配なのだ。
親の心子知らずとはこのことで、シンクはとても楽しそうにしている。
「楽しむのはいいが、服がボロボロじゃないか」
「ん、すぐ着替える」
四次元頬袋から聖杯と取り出し、魔力を注ぎ生み出した聖水をシンクの頭の上からかける。
《浄化》の力により彼女に付着した煤は消えて無くなるが、赤いワンピースはボロボロのままだ。
シンクはワンピースの裾を掴むと一気に引き千切った。
赤い布切れが宙を舞い、幼女の素肌が一瞬だけ見えたが《人化》の再構築によりワンピースも再生。
人体発光の後に、新品のおべべに着替えたシンクが現れる。
引き千切ったワンピースは魔素で作られた物質と同じように、空中に溶けて消えてしまった。
「それ、あんまり人前でやるなよ?」
「ん、わかってる。わたしは花も恥じらうおとめ」
「ほんとかなあ。ところで……」
「あーーーーーーーっ!見て見てトージ。これ綺麗だよ!」
宙を舞うワンピースの切れ端を見て気になることがあったので、シンクに訊ねようとしたがフィンに邪魔された。
両手に抱えるようにして持っているのは、大人の拳くらいの大きさの魔石だ。
「おお、十層まで来るとお宝も結構粒ぞろいだな」
グレムリンの隠れ里を発見してから早六日。
ゆるキャラたちの迷宮攻略は順調だ。
遭遇する魔獣を鎧袖一触、ちぎっては投げ、見敵必殺で十層までやってきた。
古き良きRPGならここが最下層でもおかしくないが、〈残響する凱歌の迷宮〉だとまだまだ中層のはじめ。
ようやく折り返し地点といったところだが、迷宮が生み出す財宝の質も上がってきた。
金銭に困っているわけではないが、良いものが出ればやる気も出るというもの。
なんて欲を出して張り切ると足元をすくわれるのがお約束。
そういえば碌に休みも取ってないし、明日は休みにしようかなあと考えながら〈ギリィの悪知恵〉亭に戻ると、ゆるキャラへの来客が十五人ほどいたので驚いた。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次話から6章となります。




