162話:ゆるキャラと成体と幼体
森の端からは少し離れた場所にシンクが着陸し、ゆるキャラたちも竜の背中から降りる。
隠れ里に住む彼らを不必要に驚かせないように配慮して、ここからは徒歩で向かう。
蝙蝠竜が先触れとして隠れ里に向かっているので、刺激は最小限で済むはずだ。
皆で数分も歩くと視界の先が開けて、木造平屋の建物が並ぶ集落が見えてくる。
簡単な造りの建付けの悪そうな家々だ。
しかし歩けど建物になかなか近付かない……いや、とっくに目の前まで来ていた。
どの家もゆるキャラの背丈と同じくらいの高さに屋根があり、縮尺は人間サイズの建物の半分以下。
これのせいで遠近感がおかしくなっていたようだ。
家の数はおよそ五十軒で、百メートル四方ですっぽりと収まるくらいの小さな隠れ里だった。
どの家も森の木々の下に建てられているのに、シンクとフィンはよく上空から見つけられたな。
隠れ里の横では先に到着していた蝙蝠竜が羽を休めていて、それに群がるように何かが居た。
蝙蝠竜がこちらに気が付いて頭を持ち上げると、群がっていた何かもこちらへ振り返る。
そいつらは爬虫類の鱗のような皮膚を持つ小人だった。
色は深緑でぱっと見はゴブリンに近い。
だがその体格は更に小さく寸胴で、衣類の類は身に着けていない。
枯れ葉のように尖った耳が横から飛び出し、ぎょろりとした黄色い目は猫のような瞳孔が確認できる。
彼らが闇の眷属のグレムリンだ。
先程から比較対象にしているゴブリンとは違って知能が高く、魔術を扱うだけでなく簡単な魔術具も作ってしまうというのだから驚きだ。
確か地球の伝承でも人類に蒸気機関のしくみを示唆するが、これに感謝しなかったため人間を嫌って悪戯をするようになった、と聞いたことがある。
こちらの世界でもグレムリンは賢いようだ。
グレムリンたちは敵意が無いという意思表示なのか、全員がこちらに向き直って跪いた。
「闇の眷属が敵意を見せないなんて……」
オーディリエが信じられないと、酷く驚いた表情で呟くのが聞こえた。
彼女の常識がここ二日でどんどん壊れている模様。
森人の宿敵である闇森人の母娘も認めてくれたんだから、この見た目がちょっと邪悪だけど賢い小人たちのことも飲み込んで頂きたい。
跪くグレムリンたちの中から一匹、ゆるキャラに近付いてくる個体がいる。
そいつだけ草臥れたローブを纏っていて、顔は他の奴より皺くちゃだった。
「黒龍様から話を伺いましたのじゃ。そちらのお嬢さんが白竜様の妹君だとか。白竜様たちには大恩があります。何も無いところですが我々一同、歓迎致しますじゃ」
深々と頭を下げた彼はこの隠れ里の長だそうで、確かに他のグレムリンより長老然としていた。
見た目的には光の刃の剣を持たせてグランドマスターと呼びたくなるあの人に似ている。
「大陸語を使う闇の眷属……」
再びオーディリエが驚いている。
ふむ、《意思伝達》でずるをしているゆるキャラには判別が付かなったが、今のは大陸言だったのか。
大陸語とは名前の通り大陸で広く使われている共通言語で、地球でいうところの英語の立ち位置に近い。
これまでに遭遇した闇の眷属と比べると遥かに知的な種族のようだ。
「私も驚きました。邪人の身ですが闇の眷属と意思疎通出来たのは初めてです」
「同じ〈外様の神〉の信者なのに?」
「人種も同じ〈創造神〉から造られた魔獣と仲良しでもないですよね?それと同じですよ。それに私も好き好んで〈外様の神〉の信者をやってるわけじゃないですから。むしろ信者を辞めれるなら辞めたいです」
ゆるキャラの疑問にルリムが頬を膨らませながら答えた。
人種の世界に憧れている彼女にとって、邪人という生まれは邪魔でしかないからな。
なるほど人種と魔獣の関係と同じと言われると納得できる。
邪人のルリムとアナも枯れた遺跡に巣食っていた闇蜘蛛から狙われていたっぽいし。
ただ優先順位は低いかもしれない。
城塞都市ガスターでアナが《亜空門》から転送した闇蜘蛛をけしかけてきた時も、こちらを率先して狙ってきたからな。
「《亜空門》を使えばグレムリンたちなら、正規の出入口を使わずに迷宮を出入りできるのか。もしかして〈影の狩人〉もこれに似た魔術を使って出入りを―――」
闇の眷属専用の門があるなら、他の種族専用の門があってもおかしくないよなと考えたところで、妙に大人しいフィンとシンクが視界に入る。
普段なら好奇心は猫を殺す勢いで周囲を飛び回るフィンが、隠れ里の方向をじっと見つめていた。
シンクも一緒になって見つめているのは、隠れ里を囲っている柵の一か所だ。
手入れが不十分で全体的に老朽化していて、柵が折れて穴が空いている。
そこから何かが顔を覗かせて、こちらを見ていたのだ。
ゆるキャラに似たふわふわした毛皮に覆われていて、つぶらな黒い瞳も似ている。
ただし大きさはグレムリンより小さく、フィンといい勝負かもしれない。
こちらの視線が集まったことに驚いたのか、そいつは尻もちをついて「キュ~」と鳴きながら後ろに転がった。
やっぱりゆるキャラに似ている、まあるいラブリーなお尻が露わになる。
「「「……か、」」」
「か?」
「「「かわいーーーーーーーーーっ!」」」
フィンとシンクが絶叫しながら柵に向かって突撃していった。
三人分の声が聞こえた気がしたが、背後の闇森人のお母さんが恥ずかしそうにしているので指摘はしないでおこう。
巻き起こった黄色い悲鳴に再度驚いたそいつは逃げようとしたが、慌てているのか短い脚をもつれさせてもう一度転倒。
あっさりフィンとシンクに追い付かれて御用となる。
シンクがそいつをぬいぐるみのように抱きかかえて、ほくほく顔で戻ってくる。
フィンはシンクの背後、肩付近から浮かんだ状態で身を乗り出し、抱えられているそいつの毛を撫でたり引っ張ったりしていた。
「おやおや、ダービーんとこのせがれじゃの。珍しいお客さんに興味があったのでしょうが、悪気は無いので許してやってくだされ」
「え、この毛玉ってグレムリンの子どもなの!?」
「そうですじゃ。大人になるとグレムリンは全身の毛が抜け落ちるのですじゃ」
なんということでしょう。
こんなゆるキャラに似てラブリーなのに、大人になるとゴブリンみたいになってしまうのか。
改めて考えるとその変化の仕方は正しく……おっとなんでもない。
むしろ子どもの見た目はブルスコって鳴くあいつに似ているから気のせいだろう。




