161話:ゆるキャラと変態亜竜
キンキンと頭に響く超音波のような咆哮を我慢しながら、蝙蝠竜の身の上話を聞く。
蝙蝠竜の名前はエヴァオルシムという。
生まれは分からないが育ちはこの〈残響する凱歌の迷宮〉の六層。
物心が付いた時には既に一人ぼっちでここにいたそうだ。
幼竜とはいえ竜は竜。
自分以外に竜はおらず外敵らしい外敵もいなかったので、他の魔獣との生存競争に敗れることなくすくすくと成長、そして増長。
六階層の森の支配者を自称するまでになったが、数年後天敵に遭遇する。
それは冒険者だ。
元々蝙蝠竜の活動範囲は森の奥深くで、冒険者の行動範囲とは重なっていなかった。
しかし成長と共に活動範囲が広がり、ついに冒険者と鉢合わせる。
その時点でも幼竜だったが竜は竜……にも関わらず、蝙蝠竜は冒険者にボコボコにされた。
まあ第二位階以上の冒険者が相手なら十分あり得る話かな。
這う這うの体で逃走した蝙蝠竜だったが、冒険者から受けた傷は深く死を覚悟させるものだった。
逃げ帰った巣で横たわり、死を待つばかりの蝙蝠竜を救ったのは意外な存在で……。
命を救われた蝙蝠竜は恩を返すため、森の端に隠れ住む彼らの里の守護竜となったのであった。
さてここからが本題で、時は数十年進む。
一度ボコボコにされて懲りた蝙蝠竜は森の端に引きこもっていたので、その後は天敵の冒険者に会うことはなかった。
平穏な日々を過ごしていたが、ある日突然上空に来訪者が現れる。
それはとても美しい白亜の竜だった。
初めて見る同族(厳密には違うのだが)、しかも雌ということで蝙蝠竜の雄の本能が暴発。
麗しの白竜へ突撃をかました蝙蝠竜だったが、その時不思議なことが起こった。
空中で体が何かに掴まれたように固定され、白竜に近づけなかったのだ。
それどころかそのまま地面に叩き付けられ、動けないまま白竜に「淑女に不用意に近づいてはいけませんわ!」と説教を食らったそうだ。
そう、白竜とはシンクの姉ハクアのことで、不思議な現象はその背中に乗っていた先輩異邦人のニール先輩のしわざだったのである。
「姉さんは何しに迷宮にきてたの?」
「Kyoweeeeeeeeeeeeeee (さあ?分からないな。君はハクア嬢の妹さんだったんだね。どうりで似た匂いがしたわけだ)」
そう言って竜の鼻をふごふごさせたので、シンクが顔を引き攣らせてゆるキャラの背後に隠れる。
そういうところだぞ。
てかシンクも発見次第追いかけてるし、まるで成長していないじゃないか。
誰か蝙蝠竜に竜族の雄雌の機微を教える奴はいるのか?
まあいなかったからこうなっているのか。
「Kyuwaaaaaaaaaaaaaaa (そんなこと言ったって仕方ないじゃないか。これまでの人生で出会った同族がシンク嬢で二人目なんだから。他の亜竜に知り合いがいたら紹介してくれないかい)」
ぐいぐい来る蝙蝠竜である。
亜竜の知り合いなんて、グラボしかいないな。
「リージスの樹海まで来ればシンクの仲間の竜族が沢山いるが……」
「えー、いや」
「Kyaooooooooooooooou (行きたいのはやまやまだけど、僕は隠れ里を護らないといけないからね。ってか悲しい事を言わないでおくれよ、シンク嬢)」
雌への距離感はおかしいが、蝙蝠竜は義理堅い一面も持っているようだ。
「ねーねートージ。隠れ里に行ってみたい」
「うーん、俺たちが行って大丈夫なのか?」
隠れ里にはハクアたちも訪れているそうなので、何か手がかりが得られるかもしれない。
彼らに危害を加えないことと、隠れ里の存在を秘匿してくれるなら構わないと蝙蝠竜が頷いた。
というわけで、相変わらず遠巻きにこちらの様子を伺っているルリムたちを呼び寄せ事情を説明する。
「一体何度驚けばよいのか、私にはもうわかりません」
「まさかお一人で亜竜を圧倒してしまうとは。流石ですトウジ様」
「あのぴかぴか光ってた建物はなんだったんだろう?すぐ消えちゃったけど」
驚き疲れてぐったりしているオーディリエ。
きらきらと瞳を輝かせてゆるキャラを褒め称えるルリム。
金閣が気になって破壊跡を見回しているアナ。
三者三様の反応をしている三人に隠れ里行きを伝える。
移動手段がシンクの背中と聞いて青ざめる三人だったが、「わたしの背中、いや?」と瞳をうるうるさせて上目使いをするシンクに撃沈。
「背中の棘をしっかり握ってればそうそう落ちないから大丈夫、大丈夫。というわけで案内を頼むよエヴァー君」
「Kyoooooooooooooooo!(任せてくれたまえ保護者殿)」
久しぶりに空の旅を満喫する。
視界一杯に森林が続いていて、ここが迷宮の中だということを忘れてしまいそうだ。
こんな階層を創造してしまうとは、改めて神の魔法の凄さを実感する。
シンクの背中の上は羽ばたきの揺れや風圧が緩和されているため快適である。
これは竜の飛行能力自体に魔術的な力が作用しているからだ。
もし物理法則がもろに影響する状態だったなら、あっという間に背中から振り落とされていただろう。
ルリムたちもそれを恐れていたようだが、そうではないと分かると少しずつ景色を見る余裕が出てきたようだ。
「全然森の端が見えないな」
「空と同じで景色は続いているけど進めないんだよ」
「……へえ、道理で地平線、もとい森平線が続いているわけだ」
ちょっとその辺を飛んでくるはずが、どうして端の仕様を把握してるんですかねフィンさんは。
小一時間問い詰めたい。
などといったやりとりをしていると、空の旅はものの数分で終わりを告げる。
永遠に続くと思われた森にこぢんまりとした集落が見えてきた。
あれが闇の眷属の住む隠れ里だ。




