16話:ゆるキャラと迎撃部隊
ワームとは蛇の体に竜のような頭を持つ架空の生物である。
この世界においては架空ではないようなので、〈コラン君〉のほうがよっぽど架空でレアな存在かもしれない。
既にご存じの通り胴体に翼や足は無いので、動きはほぼ蛇と同じだ。
胴体に見合った巨大な顎を飛び退いて躱すと、ガキンと空振りした牙が打ち鳴らされた。
胴体への怒涛の攻撃に堪らず頭部が戻ってきたのだろう。
「よし、集落への進行は防いだ。あとは迎撃部隊が到着するまでの辛抱だ。頭が戻ってきてこちらが見えている分攻撃が鋭くなる。無理はするな」
イレーヌの言葉通り受動的だった攻撃が一転して能動的なものに切替わった。
鳥足やイレーヌの剣で切りつけられ身じろぐだけだったが、今は向こうから体当たりを仕掛けてくる。
更に頭部の噛みつきも加わったので一気に防戦一方になってしまった。
一発でも直撃すれば即死しそうな猛攻を二人で躱し続ける。
死にゲーのボス戦で体力を一定量減らしたから、攻撃パターンが変わったようなものか。
人間性や啓蒙を捧げたくなるな。
「シンク……〈守護竜〉は助けてくれないのか?これこそ守護案件だと思うけど」
「〈守護竜〉様はあくまでリージスの樹海の外部からの脅威に対しての守護だ。基本的に樹海内での生存競争には関与しない」
「それは残念だ」
〈森崩し〉が圧し折り、弾き飛ばししてきた巨木を蹴り上げて防ぐ。
少しずつ押し込まれていたため森林破壊も広がり、野球の内野グラウンドくらいの範囲が耕されている。
このまま外野の分も耕されるかと思った時、横合いから無数の矢が〈森崩し〉目掛けて飛来した。
いくつもの鏃が鱗を貫通して突き刺さると、〈森崩し〉は苦悶の呻き声を上げながら後退する。
「待たせたな」
弓兵を率いて現れたのは、年季の入った皮鎧を着込んだ豹人族の男だ。
頬に古傷のある偉丈夫で、イレーヌが言っていたもう一人の〈狩人の目〉持ちだろう。
「まずは遠距離から削る。今のうちに体を休めろ。それにしてもよく一人で……!?」
ゆるキャラの存在に気が付いた男が驚きの表情を浮かべる。
「大丈夫だガルド。彼が例の異邦人のトウジ殿だ」
「異邦……人?」
おう、いい加減その反応にも慣れてきたぞ。
「お言葉に甘えて下がらせてもらおうか」
ガルドと呼ばれた男の戸惑いは置いといて、イレーヌと共に下がって体を休める。
長い事激しく動き回っていたため、イレーヌは汗だくになり肩で息をしていた。
一方でゆるキャラの体には発汗機能が無く、汗はひとつもかいていない。
かといって体温が上がっている自覚も無いし、多少の疲労感はあるが体調に大きな変化はない。
確か毛皮を纏った動物の体温調整は外部に頼る部分が多く色々面倒だったはずだが、今のところその辺りの本能は働いていない。
大丈夫だろうかと心配になるが、今考えても答えは出ないので後日検証しよう。
文字通り矢継ぎ早に矢を放つ二十名ほどの弓兵たちに目を向けると、多種族の混成部隊であることに気が付いた。
豹人族はイレーヌとガルドのみで、他の有名どころだとエルフやドワーフっぽい連中だろうか。
エルフといえば、小枝を踏み折った代償に骨折を要求してくるくらい環境破壊に敏感だ。
結構な範囲を無計画に更地にしてしまった〈森崩し〉に対しては激おこに違いない。
そして地球人の偏見かもしれないが、森深い場所にいるドワーフって違和感がすごい。
それ以外には下半身が牛や馬だったり、上半身もしくは全体的に鳥っぽかったり、見た目は完全に二足歩行の熊だったりと多種多様な種族が集合していた。
見た目はバラバラだが一方で攻撃の連携は統率が取れている。
矢の弾幕が途切れるとその隙を埋めるように、一人の妖精がふわりと前に飛び出た。
フィンとフレイヤの丁度中間くらいの外見年齢と大きさを併せ持つ、金髪を腰まで伸ばした妖精少女が言霊を紡ぐ。
『風舞え 凪舞え 空を平べて 切り斬り舞えば 華舞太刀』
次の瞬間、風切り音と共に何かが〈森崩し〉目掛けて殺到した。
その不可視の何かが〈森崩し〉の胴体に到達すると、複数の透明な刃物で切り付けられたかのような傷がいくつも生み出される。
切り口から血を噴出させながら〈森崩し〉が身悶えする。
詠唱の内容から予想するに、風の刃のようなものを飛ばす魔術だろう。
攻撃魔術は初めて見たが非常に格好良かった。
いつかは俺も魔術を使いたいものだ。
妖精女王のフレイヤは詠唱無しで魔術を扱っていたがその差は何なのだろうか。
俺自身の魔術習得を含めて、フレイヤ先生にはまだまだ教えてもらいたいことが沢山あることを再認識する。
攻撃魔術により〈森崩し〉が怯んだところで、妖精少女は華麗に宙返りをして後退する。
そして入れ替わりで再び前に出た弓兵たちが矢の雨を降らせた。
隙の無い遠距離攻撃により着実にダメージを与えているが、如何せん〈森崩し〉が巨体すぎるため致命傷には程遠い。
全長が妖精の里の二周分という質量は伊達じゃなかった。
一方的に攻撃できる弓矢と魔術の弾幕も、三セット繰り返すとどちらも弾切れとなる。
魔術担当の妖精少女やエルフたちは魔力を使い切ったせいだろうか、青白い顔で地面にへたり込んでいる。
弓兵たちが不要になった弓を放り投げると、得物を剣や斧、槍に持ち替えた。
ここからは俺とイレーヌも再び参戦だ。
〈森崩し〉との戦いもいよいよ佳境といったところか。




