157話:ゆるキャラとすごいふしぎ
「それはそうとオーディリエは弓が上手いんだな。さっきは助かったよ」
「貴方様、ご謙遜なさらないでください。私の援護が無くても余裕を持って切り抜けられたのではないでしょうか」
「そうだとしても一人だとかなり骨が折れただろうね。それに主目的はオーディリエの戦闘能力の確認だったし」
「私自身は皆様と比べると大したことはありません。評価して頂いて光栄なのですが、大半はこのお借りした弓のおかげかと思います。魔力で生み出された矢は、通常の矢よりも威力が高いようですから」
そう言ってオーディリエが側に置いてある弓を見やる。
この艶やかで上質そうな木材で作られた弓は、ゆるキャラが四次元頬袋から適当に取り出した弓で、元々はリージスの樹海の竜族の宝物庫に死蔵されていたものだ。
ゆるキャラが普段使いしている幅広の剣や両手剣、短刀などもそうだが、竜へのささげものだけあってどれも優秀な性能をしている。
弓も当初は事前に用意していた普通の矢を使ってもらうはずだったが、オーディリエは弓を構えた瞬間、魔力で矢を生成できると理解したそうだ。
短刀も柄に綺麗な宝石が埋め込まれているので何か特殊な効果がありそうだが、魔力を込めてもうんともすんとも言わない。
やたらめったら魔力を込めれば良いというものでもないようだ。
オーディリエは【狩猟神の加護】のおかげで弓に精通していたので、加護によるとっかかりが必要なのかもしれない。
そう思ってルリムに弓を持たせて魔力を込めさせてみると、予想は的中し光の矢を生み出すことができなかった。
折角なので普通の矢を撃たせてみたが、加護だけでなく素質も無かったようで、矢は明後日の方向に飛んで行く。
森人の系譜の種族だからといって皆弓が上手いわけじゃないんだな。
ルリムは矢の軌跡を見送った後、ゆるキャラへ向き直りてへぺろした。
めっちゃあざとい。
いや可愛いけども。
「その弓を使いこなせるのはうちらの中ではオーディリエだけだし、加護も実力のうちさ」
「ですが魔力消費が激しく、あまり連発ができません」
「それは普通の矢と使い分けたり、〈コラン君〉印の魔力回復剤で補おう」
「貴重な品ではないのですか?」
「そこまで貴重でもないさ」
多分ねと心の中で付け加える。
先程のオーディリエの魔力枯渇は〈コラン君饅頭〉をひと齧りして回復済みである。
確かにこの世界の魔力回復剤は回復量も速度も遅ければ連続服用すると効果も激減してしまうので、それと比較すれば〈商品〉は貴重だろう。
なんせ今言ったデメリットを全て克服しているのだから。
これらのコラン君グッズである〈商品〉は、四次元頬袋とは別枠で表示され取り出すことが出来るが、在庫については現時点では何とも言えない。
ゆるキャラの中の人がアトルランという異世界に転生して数週間が経つが、パッケージの消費期限の表示はこちらの時間経過と平行して進んでいた。
つまり地球とアトルランは同じ宇宙に存在していて、時間の流れも同一である可能性が高い。
素直に考えれば四次元頬袋は向こうの〈商品〉を取り寄せていて、地球のコラン君ショップの店頭ないし倉庫から〈商品〉が忽然と姿を消していることになる。
そのことで騒ぎになり迷惑をかけていたらと思うとあまり使用できないが、正直もう慣れちゃってるな。
全く〈商品〉を使わないのが理想だがそれは無理だし、第一そんな使うのを憚られる能力を猫こと〈混沌の女神〉は与えない、はず。
ちょっと怪しいが。
それにしても互いにどれくらい離れているかは分からないが、光の速さでも太陽の光が地球に届くのに八分ちょっとはかかるというのに、一瞬で〈商品〉を取り寄せる四次元頬袋は結構ヤバい能力かもしれない。
サイエンスフィクション的な考え方をすればワープの一種かな。
乱用したら宇宙の法則が乱れそうだ。
というかこの四次元頬袋が向こうと繋がっているなら、ゆるキャラも地球に帰れる可能性があるんじゃ?
帰るにしても人間の姿に戻るのが先決だが……早く人間になりたい。
ゆるキャラを転生させた猫とは碌に話も出来ていないので、聞きたいことが沢山ある。
トラックに轢かれたあと益子藤治の肉体はどうなったのか。
転生は魂だけ?それとも肉体ごと変成した?死体が消えたなら行方不明扱い?
「魔力の矢を用いても戦闘力は一番低いかと。お役に立てず申し訳ありません」
謙遜というよりは委縮なのだろう。
腐肉攫いとの戦闘の前に、オーディリエには復活した巨石兵との戦闘を見学してもらっていた。
巨石兵はフィンの《風刃》、ルリムとアナの《闇槍》で遠距離からぼっこぼこに撃たれて瞬殺。
普段は前衛担当のルリムだが、アナ同様に深淵魔術の使い手で転移魔術も攻撃魔術もお手の物だ。
確かにあれらを見た後だと、魔力の矢でも大したことなく感じてしまうかもしれない。
だがおそらく、というか絶対あの三人の火力はおかしい。
フィンがおかしいのはまあ当たり前として、闇森人の母子の深淵魔術も一般的な魔術と比較すると火力が高かった。
それが深淵魔術の特性なのか、はたまた母子の恵まれた才能なのかは分からない。
ただし他人の目がある場所で邪人専用の深淵魔術はおいそれと使えないので、やっぱり大っぴらに戦えるオーディリエは貴重な戦力なのである。
「ルリムとアナの魔術は人前で使いにくいから、戦闘でもそれ以外の場面でもオーディリエを頼ることが多くなると思うからよろしく頼むよ」
どこまで納得してくれたかは分からないが、オーディリエは頷いてくれた。
「ところでシンクとフィンはどこまで行ったんだ。いい加減待ちくたびれたぞ」
「森の気配も段々戻ってきましたので、片付けましょうか」
シンクとフィンが飛び立って小一時間。
竜の咆哮を聞いて逃げ出していた生物たちも、次第に森に戻ってきたためピクニックは終了。
探索再開の準備ができたところで、ようやく空の彼方に深紅の竜影が見えた。
「やっと戻ってきたか……うん?なんだあれ」
シンクの後にも飛行物体が見える。
みるみるうちに大きくなった漆黒のそれは、竜の形をしていた。




