154話:ゆるキャラと白冥途と黒冥途
「え、なんで?」
「オーディリエさんも従者の証が欲しいとのことでしたので、私たちと同じにしました。トウジ様はメイド服はお嫌いでしたか……?」
いや好きだけども。
思わずメイド服姿のオーディリエに見惚れてしまう。
ルリムのメイド服は奥ゆかしいオールドタイプのエプロンドレスだ。
ただし胸元はエプロン生地ではなく黒地のシャツになっていて、そこだけは奥ゆかしさとは真逆のものが二つ並んで主張している。
一方でオーディリエのメイド服は全体的なデザインはルリムと似ているが、こちらは胸元もエプロン生地になっていた。
それとルリムのと比べてフリルといった装飾が少なくシンプルだ。
王族御用達のメイド服と一般奴隷商の館で扱うそれとでは、生地の質や細かい装飾で差が出るのは仕方ない。
だが余計な装飾が無い故に、オーディリエの美貌が際立って見える。
癖のない真っ直ぐな金髪に宝石のような翡翠の瞳。
大人びた目鼻立ちとスレンダーな身体つきは、名のある芸術家が掘った彫像のように美しい。
誰もが思い浮かべるザ・森人といった様相で、あどけなさが残る顔立ちのルリムとは様々なものが対照的だ。
どちらも甲乙つけがたい。
というかパーティーの過半数がメイドになってしまった件。
「〈神獣〉というのはお前か!」
皆でわいわいやっていると、強面の大男が近づいてきた。
〈国拳〉のオグトを彷彿とさせる、禿頭の筋肉達磨がゆるキャラを見下ろしている。
「ああそうだが……」
美女を侍らせて騒いでるから因縁を付けられた、かと思ったら違った。
大男は持っていた木製のコップをテーブルに叩き付けると、並々と注がれていた酒が揺れて零れる。
「あの胸糞悪い〈幻突〉の野郎を倒したんだってな。俺のダチに第六層でガーゴイルに殺された奴がいた。遺跡から離れた場所だったからおかしいと思っていたが、あの野郎が犯人だったとはな。ダチの仇を取ってくれた礼だ、一杯奢らせてくれ」
大男は一方的に喋ると、ゆるキャラの背中をばしばし叩いて高らかに宣言する。
「勇ましき亜人、〈神獣〉殿に乾杯!」
大男に呼応するかのように他の冒険者たちも「乾杯!」と叫ぶと、そこからは〈ギリィの悪知恵〉亭全体が宴会騒ぎとなった。
「俺ぁ、前々から〈幻突〉の野郎は気に入らなかったんだ」
「可愛い奴隷をとっかえひっかえしててムカつく野郎だったな」
「もしかしてあのパーティーも〈幻影団〉にやられたんじゃ」
「第二位階だからって威張り腐ってからに」
「可愛いと言えば〈神獣〉の旦那のメイド二人もたまんねえぞ。なんとか旦那を酔い潰してその隙に……」
「これで〈幻影団〉は迷宮踏破候補からは脱落だな」
「にしても面妖な面々だな」
「〈トレイルホライゾン〉って言うパーティー名らしいぞ」
「じゃあ俺は白い姉ちゃんを狙うから、黒い姉ちゃんはお前が……」
色々と聞こえてくるが、〈幻突〉の同業者からの評判は最悪だったようだ。
〈幻影団〉というのは〈幻突〉のパーティー名だが、あの程度で迷宮踏破候補になるのかね?
あとうちのメイドに手を出すとか聞こえてるからな。
エゾモモンガの耳は高性能で、聖徳太子並に人の声を聞き分けられるのだよ。
祝杯に混じり飲み比べだと称して、こちらを潰そうとしてくる冒険者どもの相手をする。
ゆるキャラの中の人は、コップ一杯のビールで顔が真っ赤になるくらい酒に弱かった。
〈コラン君〉の体に転生して多少は強くなったのだが、リージスの樹海で豹人族のイレーヌに酔い潰されたことは記憶に新しい。
だがしかし、ある裏技を編み出したゆるキャラにとって、飲み比べに関しては最早敵無しなのである……!
「……げえっぷ」
先程オーディリエを狙うと言っていた盗賊風の男が、顔面を蒼白にさせながら椅子から転げ落ちた。
ウイスキーに似た琥珀色の蒸留酒を、ショットグラスで互いに十杯飲んだところでの決着である。
「〈神獣〉の旦那!やるじゃねえか」
「顔色が一切変わらねえってか分からねえから、こいつは手強いぞ」
「よ、よし次は俺が挑むぜ」
沸き立つギャラリーをかき分けて、若干怖気づきながらゆるキャラの向かいに座ったのは、ルリム狙いの戦士風の男だ。
たらふく飲ませた後だから勝ち目があると思っているかもしれないが、甘いのだよ。
そもそもゆるキャラはアルコールの摂取どころか、蒸留酒の一滴も胃袋に入れていない。
何故なら蒸留酒を口に含んだ瞬間から、四次元頬袋に送り込んでいるからだ。
明らかにイカサマだが見た目は普通に飲んでいるようにしか見えないので、四次元頬袋の存在を知らない他人が見破る術は無い。
あと万が一酔っぱらっても〈自動もぐもぐ〉で羊羹を食べて解毒も可能である。
そう、アルコールによる酩酊は毒物判定であった。
なので《解毒》の魔術で酔いを醒ませられるのだが、もちろん飲み比べで使うのは反則だ。
だが〈自動もぐもぐ〉は他の酒のつまみを食べるときに忍ばせれば、気付かれることはないので、解毒も使い放題だ。
隙を生じぬ二段構えとはこのことよ。
というわけで戦士風の男も難なく返り討ち。
うちのメイドの貞操は守られた。
飲み比べに連勝するゆるキャラの一部始終を、横で見ていたフィンがようやくからくりに気が付いたようだ。
「あーなるほど、トージは四次元……」
「おおっとフィン、良い子は寝る時間だな。そろそろ部屋に戻ろうか。寝つきが良くなるようプリンを出してあげよう」
「え!?ほんとに?やったー」
思った事をすぐ口にするフィンの脳内を、プリン一色にすることに成功。
彼女は鼻歌交じりで宿泊している部屋へ飛んで行った。
ふう、危ない危ない。
*誤字報告ありがとうございました!*




