153話:ゆるキャラとSUN
ガーゴイルから助けた冒険者たちを伴って迷宮の外に出ると、空はもう茜色に染まっていた。
冒険者狩りの件を迷宮受付の冒険者ギルド職員に伝えると、そのままギルド支部へと案内される。
冒険者ギルド、ラーナム支部長は役人然とした人族の男だった。
帝都のギルドマスターの老マッチョ……もといリック・アーノルドから、ゆるキャラたちに全面協力するようにと命令が出ているそうで話は早い。
オーディリエの証言をベースにして〈幻突〉たちの罪が暴かれた。
証言の信憑性は《嘘発見》という魔術が付与された魔術具を使って判定される。
見た目はごつごつとした腕輪で、これを身に着けた状態で嘘をつくと、腕輪が反応して赤く発光するそうだ。
本人が嘘をついていると自覚している場合にのみ反応する魔術具なので、もし嘘を真実だと信じ込んでいれば魔術具は反応しない。
よってオーディリエの証言はあくまで判断要素の一つであり、最終的には冒険者ギルド支部長が総合的に判断して沙汰を下すことになるが……。
「〈幻影団〉は前々から素行も悪く怪しい噂が沢山あったのですよ。なかなか明確な隙を見せず尻尾を捕まえられませんでしたが、証拠だけでなく処分まで終わっているとは。いやはや流石〈国拳〉と肩を並べるだけのことはありますな」
こちらを疑うどころかおべっかを混ぜつつ、支部長は〈幻突〉たちの罪を全面的に承認した。
奴らの日頃の行いか、オーディリエの切実な訴えが功を奏したのか、ギルドマスターからの全面協力要請が効いたのか。
まあ全部かな。
このアトルランと呼ばれている異世界も中世ファンタジーの類に漏れず、時の権力者が絶対的な力を持っている。
彼らの気分次第で黒も白になるのだ。
第一皇子派とギルドマスターという後ろ盾を持つゆるキャラたちも、十分権力者サイドと言える。
なので在野最強とはいえ組織の一員でしかない〈幻突〉が抗えるはずもない。
しかも本人は既に死んでいて反論も不可能。
学校を一日休んで次の日登校したら、いつの間にか委員会に入れられているあれみたいなものだ。
いやまあ学校どころか人生が永遠にお休みなのだが。
奴らにも一応〈影の狩人〉の後ろ盾があったことにはなるが、こっちも死人だしそもそも公の存在ではないし、それどころか裏切られてるし。
そう考えるとこっちが負ける要素はちっとも無かったか。
でも下手をすると〈影の狩人〉とこっちの後ろ盾が繋がっている可能性もあるんだよなあ。
結構な不安要素である。
あっさりとこちらの主張は認められ事情聴取は早々に終わった。
まだ日が沈んでいなかったので、その足で奴隷商の館へ向かう。
目的はオーディリエの〈隷属の円環〉を外すためだ。
「貴方様、もしお許し頂けるならこのまま奴隷として仕えさせて頂けないでしょうか」
「オーディリエさんはルリムやアナと違って、奴隷である必要性はないからね。だから奴隷からは開放する。その上で俺たちに恩を返したいというのであれば、今後も同行してもらっても構わない。ああ、もちろん無理強いはしないけど」
相変わらず従属の姿勢を見せるオーディリエに、ゆるキャラの意思をはっきりと伝えた。
来るものは拒まず、去るものは追わずの精神である。
「畏まりました。それでは平民の身分として生涯、貴方様に奉仕させて頂きます」
生涯は重いなあ。
でもゆるキャラの中の人はアラサーであり、その生涯も長くてあと五十年ほど。
長命な森人族からすれば、五十年くらいならそこまで長くないのかもしれない。
まさか子孫にまで尽くしたりはしないだろう。
そもそもゆるキャラに子孫を残す能力があるかどうかは……考えないものとする。
「故郷は失ったと聞いたけど、他に家族や同胞はいないのか?」
「妹は故郷が失われる前に出奔していますので、きっとどこかで生きていると思います。他の同胞は全て故郷と共に帝国に滅ぼされました」
ことごとくルリムとアナの境遇と似ているな。
唯一、且つ決定的に違う点もあるが……。
転生してから毎日のように他人の不幸を見聞きしてきた。
元来ポジティブ思考のゆるキャラの中の人だが、こうも続くとさすがに気が滅入ってくる。
自らの正気値を保つためにこれまでも、そしてこれからも多少不謹慎な思考をするかもしれないが、脳内にとどめておくので勘弁してほしいところだ。
「なら妹さんを探さないと」
「実は故郷を出てからは娘と放浪しつつ探していましたが、当ても無く探していたせいか未だに見つかっていません。むやみに探しても見つからないと分かりましたので、一旦諦めます。巡り合わせが良ければきっと会えるでしょう」
「何の手掛かりも無いのか?」
「妹は故郷の森に迷い込んだ人族に惚れて駆け落ちしたのですが、それも七十年ほど前のことです。今頃は孫かひ孫の面倒を見ているかもしれませんね」
おや、ということはもしかして、オーディリエも世代を超えて奉仕するつもりか?
半人半森人の寿命は人族寄りなんだなとか、ずっと見た目が若い森人の嫁とか羨ましいなとか、早速不謹慎なことを考え始めているとルリムから提案があった。
「トウジ様、私はこのままオーディリエさんの衣服を見繕うのを手伝いますので、すみませんが先に宿に戻って頂けますか」
「ん、わかった。それじゃあ任せるよ」
拒む理由もないので二人を残して、昨日から宿泊している〈ギリィの悪知恵〉亭に戻った。
帝国随一の迷宮最寄りの宿ということもあり、一階の食堂兼酒場は冒険者たちで溢れかえっている。
ゆるキャラたちが中に入ると視線が一斉に集まるだけでなく、見知った神官風の男が駆け寄ってきた。
「〈神獣〉殿!待っていたぞ。是非とも助けてもらったお礼をさせてくれ」
ガーゴイルから助けた冒険者だ。
案内された円卓には他のパーティーメンバーも勢ぞろいしていた。
治癒魔術が間に合ったのと、ゆるキャラ謹製の羊羹や饅頭も進呈したので皆元気にしている。
良かった良かった。
お言葉に甘えてご相伴にあずかっていると、暫くしてルリムたちが帰ってきた。
……何故か見繕われたオーディリエの衣服は、ルリムのそれと似た意匠のメイド服なんですけど。




