15話:ゆるキャラと森崩し
「〈森崩し〉は私が〈狩人の目〉で監視し続けている大型魔獣だ。普段は樹海の奥地が縄張りだが、たまに人里へ出てきて他の魔獣や亜人を食う」
妖精の里を飛び出したイレーヌと俺は樹海の中を駆けていた。
戦闘能力の低い妖精たちは妖精の里で待機で、当然フィンもその中に入っている。
俺たちに同行しようとしたところをフレイヤに止められて、大分ぶーたれていた。
灰色狼で怖い目にあったはずなのに懲りない奴である。
鬱蒼と茂って獣道にもなっていないような所を、イレーヌの先導の元結構なスピードで突っ切る。
「〈狩人の目〉で一度対象を捕捉しておけば、逃げられても常に居場所を知ることができる。〈森崩し〉はしぶというえに逃げ足も速いから、我々の集落を襲ってきたところを撃退する。それを何度も繰り返し弱らせることによって初めて討伐できる相手なんだが……」
毎回おおよそ十日周期である程度傷を癒した〈森崩し〉が襲ってくるのだが、今回は三日ほど早く準備ができていないため、迎撃部隊の編制に少し時間がかかるそうだ。
「豹人族の集落にはもう一人〈狩人の目〉持ちがいる。そいつが仲間を引き連れてくるまで、私とトウジ殿で妖精の里や集落に近づけさせないよう食い止める」
「まじかよ、いきなり大物っぽいんだが俺には厳しくないか?というか〈森崩し〉ってどんな奴なんだ?」
「大丈夫だ、トウジ殿の実力なら問題ない。私が保障する。どんな奴かは―――あれだ」
「うわ、でっか!なっが!」
思わずフィンみたいに興奮して叫んでしまったが無理もない。
正面の藪を抜けて視界が開けた瞬間、緑の鱗に覆われた巨大な何かが目の前を通過する。
いや、通過し続けていた。
俺の身長より高い、二メートルはある太い蛇の胴体が、右から左へ蛇行しながら移動している。
しかもいつまで経っても尻尾が見えない。
「何年も前に、こいつが通り過ぎるのを待つために身を隠したやつが居たなら、今でも待ってそうだな」
「さすがにそこまで長くないぞ?妖精の里を二周するくらいだ。よし攻撃しよう。体を傷付ければ頭も黙っちゃいられなくなる」
俺のフレイバーなテキスト的冗談が通じるわけもなく、イレーヌにさらっと流される。
妖精の里二周分ってどのくらいだろう。
仮に妖精の里が東京ドームくらいだとして……そもそも東京ドームの外周距離が分からん。
具体的には分からないが、数キロ単位にはなりそうだ。
俺が意味のない考察をしてる間に、イレーヌが剣で〈森崩し〉の胴体を斬りつける。
緑の鱗に覆われているがそこまで硬くないようで、刃が鱗の下の肉を切り裂くと血飛沫が上がった。
頭が近くに無いので悲鳴の類は聞こえないが、痛みは感じているようで〈森崩し〉は極太な胴体をくねらせる。
くねらせた胴体が鞭のようにしなりイレーヌを襲うが、後ろに飛んで躱すと再度斬りつけた。
ヒットアンドアウェイを繰り返して胴体にダメージを与え続けるが、〈森崩し〉の進行は止まらない。
よく観察すれば〈森崩し〉の胴体の至ることろに大小様々な古傷が付いている。
中にはまだ治りかけのものもあり、これまでの撃退戦の様子が伺えた。
俺もまずは小手調べで手の爪で引っ掻いてみる。
切れ味鋭い爪は難なく鱗を切り裂いたが、いかんせん長さが足りないため大した痛手は与えていない。
剣でも借りられればよかったのだが、妖精の里に余分な武器は無かった。
灰色狼を屠った実績のある鳥足の爪なら効果はありそうだが、足技を使ってしまうとあののたうつ巨体を躱すのが難しくなりそうで怖いのだが……そうも言ってられないか。
俺たち二人の攻撃に身じろぐだけで、〈森崩し〉の進行は止まらない。
二、三回ほどのたうつ巨体を躱して感覚を掴んだところで鳥足を解禁する。
【あし:こくようせきのようにかがやくあしのつめは、どんなものでもきりさくよ】
普通の鳥足の爪は黒曜石のように輝かないし、蹴り上げても角度的に対象を切り裂くことはない。
だが俺の足は灰色狼の毛皮どころか岩をも容易く切り裂く。
しかも切り裂く範囲は爪の長さより長いときたものだ。
物理的な作用以外の力、つまり加護が働いているのだろう。
「おらぁっ!」
気合を入れて蹴り上げた鳥足の爪が〈森崩し〉の大木のような胴体を音もなく撫でると、少しの間を置いて大量の血飛沫が吹き上がる。
縦に三つ並んだ切り傷は深く、胴体の太さの三分の一くらいまで到達していた。
かなりの痛手を与えたようで、〈森崩し〉がこれまで以上に激しくのたうち暴れる。
その度に樹海の木々は押し倒され、打ち付けた体が地面を抉る。
周囲をあっという間に均していくこの様が〈森崩し〉と呼ばれる所以か。
「すごいな!今までに〈森崩し〉に付けた傷で一番深いぞ。このまま続ければ討伐もできるかもしれないな」
美女に褒められたので調子に乗りたいところだが、〈森崩し〉が大暴れしているので攻撃どころか近づくのもままならない。
そんな状況だというのにイレーヌは器用に〈森崩し〉の巨体を躱して斬りつけている。
流石は豹人族の族長で、亜人種の中でも十指に入る武人だ。
戦闘能力だけは高い俺だが、何度も〈森崩し〉と戦い動きを熟知しているイレーヌと比べれば総合的に劣る。
例えるなら格闘ゲームで性能の良い強キャラを俺は使用しているが、その格闘ゲーム自体にそこまで慣れていない。
一方イレーヌは俺より少し弱いキャラを使っているが、格闘ゲーム自体には慣れた熟練者である。
早くプレイヤースキルを上げなければ。
鳥足の爪なら胴体の同じ個所を数度攻撃できれば切断も出来そうだが、〈森崩し〉は未だに前進を続けているため攻撃箇所が定まらない。
だがダメージは着実に蓄積されているようで、巨体の暴れっぷりは加速する。
畑にできそうなくらい土が耕された頃、エゾモモンガの耳が真横から大きな何かが接近する音を拾った。
「左だ!」
イレーヌも気が付いたようで、警告を聞きつつ顔を左に向けた。
すると木々の間から巨大な〈森崩し〉の頭部が飛び出してくる。
鋭い牙の生えた顎を開いたまま、俺を丸呑みにしようと襲い掛かってきた。
「蛇じゃなくてワームかよ!」
〈森崩し〉の頭部には蛇ではなく、竜に似た蜥蜴のそれが据えられてた。




