149話:ゆるキャラとさだめ
「この遺跡にあの男の手掛かりがあるのかもしれないのですね……」
ゆるキャラの説明を聞いてルリムが神妙な面持ちで遺跡を見つめている。
アナも隣で禍々しい杖をぎゅっと握りしめながら、母親と遺跡の間で視線を彷徨わせていた。
ことのあらましはこうだ。
リーダーこと第二位階冒険者である〈幻突〉のパーティーは、〈残響する凱歌の迷宮〉内部で悪事を働いていた。
その主たる方法が冒険者狩りだ。
手口はまずこの遺跡(元々は迷宮?)を守護しているガーゴイルを、奴隷を使って他の弱そうな冒険者パーティーのところまで引っ張っていって擦り付ける。
そしてガーゴイルによって全滅した後に金品を奪ったり、もし生き残りがいれば奴隷にして売り飛ばしたりしていた。
ガーゴイルは襲う対象が居なくなれば遺跡まで真っすぐ戻る仕様のため、〈幻突〉たちは迂回すれば悠々と戦利品を漁れるというわけだ。
直接冒険者を襲わないため余計な物証は残らないし、仮にガーゴイル襲撃が失敗して逆に討伐されても、責任は引っ張ってきた奴隷に擦り付ける。
ガーゴイルの牽引に失敗する可能性もあるわけで、どちらにせよ奴隷は使い捨てで正に鬼畜の所業だ。
それと遺跡自体がもう探索し尽された、枯れた遺跡であるため他の冒険者が寄り付くことは滅多にない。
なのでガーゴイルの牽引が目撃されるようなこともなかった。
今回も道中の牽引は目撃されることなく、ガーゴイルが冒険者たちを襲撃。
全滅寸前のそこに偶然ゆるキャラたち〈トレイルホライゾン〉が登場。
ガーゴイルを撃退し、逃げ戻るオーディリエを追跡したゆるキャラにより〈幻突〉の悪事が発覚。
激闘の末〈幻突〉たちの炎上をもって事件は解決した。
オーディリエ母娘も冒険者狩りの被害者である。
実際にガーゴイルを擦り付けられる側と擦り付ける側、両方を経験したオーディリエのおかげで冒険者狩りの実体が明らかになったわけだ。
オーディリエが擦り付けをやらされたのは今回が初めてだった。
そんなしょっちゅう冒険者狩りをやっていたら怪しまれるので、頻度は二週間に一回程度らしい。
被害にあった冒険者たちから死人が出なくてよかったと思う。
「娘、ティエラは正義感の強い子でした。私を庇ってガーゴイルの擦り付けを志願し……そして被害を出さないように、わざと失敗しました。その後激怒した奴らによって……」
娘の話に差し掛かると、淡々と語っていた彼女の瞳に暗い炎が宿る。
復讐を果たしても決して救いにはならないという証左のように……。
ルリムとアナも忍者男からの救出が遅れていれば、どちらか、あるいは両方が失われていた結末もあっただろう。
ティエラもゆるキャラともっと早く出会っていれば救えたかもしれない、と考えるのは高慢だろうか。
さすがに見知らぬ他人まで助けたいとは思わないが、知り合った相手が辛い目に会っているとやるせない気持ちになる。
「ガーゴイルを倒して頂きありがとうございました。おかげで罪のない冒険者を死に至らしめずにすみました」
「あ、いえ、深手のほとんどはトウジ様の攻撃ですから。……あの、私は邪人だけどいいんですか?」
話の中でオーディリエから感謝の言葉をもらってルリムは戸惑っていた。
ルリムの先祖の森人は〈創造神〉を裏切り、〈外様の神〉の勢力である邪人、闇森人へと変貌した。
なので森人は邪人の中でも特に闇森人を恥さらしの先祖、同族の裏切り者として敵視している。
ルリム曰く森人に闇森人だと気付かれると、問答無用で攻撃されることが大半なんだそうだ。
「闇森人は〈創造神〉に造られし子どもたち共通の敵ですが、種族の罪と個人の罪は分けて考えるべきでしょう。貴女個人に罪がないということは、その振る舞いを少し見ただけで十分に伝わってきます。むしろ同じ〈創造神〉の子どもだとしても、邪人よりも遥かに邪悪な者もいると……油断してはならないと私は身をもって経験しました」
「オーディリエさん……」
闇森人だからといって拒絶されなかったことに、当初ルリムは喜色を浮かべていたが、オーディリエの自責が込められた後半の言葉を聞くと顔を歪めて大きな瞳に涙を浮かべる。
彼女の言う通り、敵対種族だろうが同じ神に造られた種族だろうが、良い奴は良いし、悪い奴は悪い。
特に帝国領は亜人への差別が蔓延っているし、言うほどオーディリエも人族に対して油断はしていなかったはずだ。
というか〈幻突〉の冒険者狩りは種族を問わない弱者への無差別攻撃なので、オーディリエ母娘が襲われたのは運が悪かったのだ。
だがそうなるさだめだったなどとは思いたくない。
やっぱりゆるキャラがもっと早く出会っていれば……いかん、思考がループし始めた。
頭をぶんぶんと振ってネガティブ思考を断ち切る。
ルリムは涙を浮かべたままオーディリエの両手を握りしめていたかと思うと、不意に抱きしめた。
先程と変わって今度は抱きしめられた方が困惑している。
二人を見ていると色々と対照的で興味深い。
幼く可愛い顔立ちのルリムに対して、大人びた美人顔のオーディリエ。
聖杯から生み出した聖水で《浄化》してあげたので、煤けた金髪の汚れは落ちたが、絶望的な奴隷生活の影響で傷んでいる。
治癒魔術やゆるキャラの羊羹で傷ではなく体調面は回復するのだろうか?後で試してみよう。
ずたぼろの貫頭衣姿だったので、四次元頬袋から適当な外套を取り出して羽織ってもらっていた。
ルリムは厚着の上からでも分かるくらい出るところが出ていて、引っ込むべきところはちゃんと引っ込んでいる。
一方オーディリエはスレンダーな体つきで……いかんいかん。
今度は不謹慎な方向に脱線してしまった。
再び頭を振って軌道修正する。
じっと横で話を聞いていたシンクが、ゆるキャラの奇行を見て「なにしてるの?」と首を傾げた。
「〈幻突〉が〈影の狩人〉との関係をほのめかしていたが、連絡が取れなくなった期間とあの茨が一致するので嘘じゃないだろうな」
〈幻突〉たちを燃え上がらせたのは刺青と腕輪という差はあるが、〈影の狩人〉の時と同じ茨に違いない。
強力な攻撃魔術が付与されてるんだとか喚いていたが、実際は自滅用の魔術具だったということになる。
〈影の狩人〉に騙されてやんの、ざまあみろ。
悪は滅びるさだめなのだ。




