145話:ゆるキャラとフェンサー
「オーディリエ、その亜人を殺せ」
リーダーがゆるキャラの背後にいる奴隷の女に向かって命令した。
正統派だって評価した途端にこれだよ!
いやまあ、さっきもオーディリエと呼ばれた奴隷の森人越しに刺そうとしてきたけどさ。
挟撃されてはまずいとゆるキャラが横に飛ぶと、三人は等間隔の距離で対峙する。
オーディリエはいつのまにか手に粗末な短剣を握っているが、こちらを襲ってくる様子はない。
いや、襲えという命令に必死に抵抗しながらリーダーを睨みつけていた。
その表情は正しく般若の面。
無気力で光を失っていた瞳が今は怨嗟の炎に燃え、対称的な青白い顔は幽鬼のようだ。
一見無言で立ち尽くしているようだが、彼女は必死に〈隷属の円環〉の強制力に抗っていた。
〈隷属の円環〉には様々な用途や条件があるが、基本的には飼い主の命令は絶対だ。
その証拠に〈隷属の円環〉が命令に従わないオーディリエの首を締め付けている。
あのまま我慢し続けていたら呼吸ができなくて窒息するより先に、彼女の細い首が折れてしまいそうだ。
復讐の機会をずっと待っていたのだろう。
奴隷になった経緯は知る由もないが、待遇については推察できる。
第六層を単独で行動して巨石兵よりも強いガーゴイルを誘導し、冒険者狩りと称される悪事に加担。
更に日常的にリーダーどもの相手をさせられているとなれば、ゆるキャラの登場は千載一遇のチャンスだったか。
助けを求められないように、他者との接触を禁止されていたのだろう。
ガーゴイル討伐直後に突然現れたオーディリエの気配には違和感があったが、存在をアピールしてわざと追跡させたと考えれば納得がいく。
途中で一度だけ立ち止まったのは、ちゃんと追跡されているかの確認だったのだ。
しかしゆるキャラの隠密が完璧すぎて確認できず……それ故に、最後に縋るように振り返ったのであった。
復讐を果たすため、つまりリーダーがゆるキャラに倒されるなら自らの命も惜しくないのか……。
限界を超えて〈隷属の円環〉に抵抗しようとしているオーディリエ。
まずい、本当に首が折れてしまう。
多少なら邪魔されても捌けると思うが、あの頑なな態度を見る限り梃子でも動かないか。
〈隷属の円環〉が締まらない程度に攻撃していいいぞと伝えたいが、意地でも攻撃をしないだろう。
それにゆるキャラがオーディリエを助けようとしているのをリーダーに勘付かれて、改めて人質に取られても厄介だ。
さっさと決着をつけるしかない。
というわけでゆるキャラは幅広の剣を投げた。
本日二度目の投擲である。
これで外見上は丸腰になったゆるキャラだが、口から新たな得物を出すのはリーダーも想定済みだろう。
実際にその通りなわけで、自ら投擲した幅広の剣を追いかけながら二振りの短刀を取り出す。
以前から使用している柄頭に付いた宝石の色が赤と青の双剣(多分)だ。
ゆるキャラが距離を詰めるその先で、リーダーは回転しながら飛来する幅広の剣をサーベルで撫でた。
それだけで脳天に突き刺さるはずだった刃の軌道は僅かに逸れて、フェンシングのように半身に構えたリーダーの眼前を通過していく。
滑らかな手首のスナップによりしなったサーベルの切先が、幅広の剣の腹を横に押しやったのだ。
そしてそのしなりの反動を利用して速度の増した刺突が、目の前に到達したゆるキャラへ繰り出される。
銃弾のような速度の刺突を左手の短刀でなんとか弾き、右手の短刀で反撃する。
だが突きの直後にリーダーはバックステップしていて既に間合いの外だった。
リーダーは着地と同時に踏み出し、加速の乗った刺突を放つ。
しかも二連撃。
初撃からの間隔がほとんどなかったため、実質三連撃と言ってもいい。
一撃目は攻撃しそこなった右手の短刀で弾いたが、二撃目は左手の短刀が間に合わない。
こちらもバックステップしたが躱しきれず、ちくりと腹を刺された。
リーダーの攻勢は止まらない。
更に踏み出してきて刺突二連撃のおかわりだ。
微かな風切り音がサイレンサー付き銃の銃撃音かと錯覚する。
今度は両手とも二連撃の防御に使い、鳥足で反撃しようとしたがまたバックステップで離脱されてしまった。
見事なヒット&アウェイで、蝶のように舞い蜂のように刺してくる。
「その上等な毛皮を穴だらけにするのは勿体ないな。心臓を一突きにしてやるから動くなよ」
何故どいつもこいつも挑発にゆるキャラの毛皮をいじってくるけど、ノルマでもあるのか?
挑発を無視して攻撃に転じるが、武器のリーチの差もあり後出しで放たれた刺突が先にゆるキャラへ到達しかける。
手数重視で双剣を選んでみたが、これなら盾を使うか相手よりリーチのある槍や戦斧を選択したほうが有効だったな。
だがそれだとリーダーも防御主体のカウンター狙いに切り替わり、戦闘が長引いてしまうだろう。
ちょっと不利なくらいのほうが都合がいいので、このまま双剣で攻める。
斜めに駆け抜けて刺突を躱し…きれず、腹をかすめたが強引にサーベルの間合いの内側へ踏み込む。
振り下ろした右手の短刀は引き戻されたサーベルの根元、及び護拳の部分で受け止められる。
鍔迫り合いの状態からリーダーがぐるりと手首を捻ると、不思議なことにサーベルと短刀が磁石でくっ付いたかのように引っ張られた。
ただ引っ張られるだけなら抵抗できたかもしれないが、そこに回転が加わるとこちらの手首が捻り上げられたかのように激痛が走る。
堪らず柄を握る力を緩めると、右手の短刀はサーベルに絡め取られて遠くに飛んでいってしまった。
それを後退しながら行なっていたリーダーは、刺突が放てる間合いを確保した瞬間改めて踏み込んでくる。
弱者をいたぶるのが好きでたまらない、嗜虐的な笑みを浮かべた男の顔が急接近。
同時に強烈な刺突がゆるキャラへ放たれた。




