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ゆるキャラ転生  作者: 忌野希和
5章 ハック&スラッシュ&サーチ&デストロイ

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142/400

142話:ゆるキャラと気配

 両手剣によって切断されたガーゴイルの右腕が宙を舞う。

 筋肉質な造形の腕は空中で灰になって消滅するが、握っていた戦斧はそうならなかった。


 回転しながら飛んでいき、未だに朦朧としている魔術師風の女の目の前に突き刺さる。

 あぶな……危うく不慮の事故が起きるところだった。


 身を次々と削られても、相変わらずガーゴイルに怯む様子はない。

 根元まで裂けている口を大きく広げると、ずらりと並んだ鋭利な牙がゆるキャラの頭を齧ろうと迫った。


 文字通り牙を剥いたガーゴイルの下顎を、オジロワシの鳥足で蹴り上げる。

 黒曜石のように輝く爪が通過する胸部を削りながら下顎を強打。

 ガーゴイルの口は眼前で強制的に閉じられ、上下の牙同士が激しくぶつかり合い砕け散った。


「うわっぷ」


 近距離で胸部や牙が砕けてしまったため、その破片が灰となってゆるキャラの目、鼻、口に降り注ぐ。


 ガーゴイルは先程戦った巨石兵と同様に魔法生物なのだろう。

 本体から切り離された部位は即座に灰と化し、その後は純粋な魔素となって空気中に解けるように消えている。

 巨石兵とは魔素への変化の仕方が異なるのが気になるが、それは今考えても分からないことなので保留。


 ゆるキャラは灰が目と器官に入ってしまい、目をしばたたかせながらむせる。

 灰はすぐに魔素に分解されて無くなった。

 故に隙を見せたのは一瞬だったが、ガーゴイルは見逃さなかった。


 もし生身の体なら下顎への強打は脳を揺さぶり、意識を刈り取っていたかもしれない。

 しかし相手はただの動く石像なので、頭の中には何もないだろう。

 左側面から迫る風切り音と風圧を感じて、咄嗟に脇を締め身を強張らせた瞬間、その上から何かに叩き付けられる。


 盾による殴打(シールドバッシュ)だ。

 衝撃を逃がすため無理に踏ん張らず、地面を転がり受け身を取る。

 左腕がびりびりと痺れているが骨に異常はなさそうだ。


「トウジ様!」


 目に入った灰が消えて視界が復活すると、ルリムがガーゴイルの背後から猛攻を仕掛けているのが見えた。

 残っていた片翼も背中も片手斧で切られてずたぼろだが、致命傷には届いていない。

 見た目は満身創痍の様相だが、なかなかに頑丈な奴だ。


 ゆるキャラが戦線離脱したことにより、ガーゴイルは背後のルリムを標的に定める。

 振り向き様にガーゴイルが盾を横薙ぎに振るうと、丁度振り下ろしたルリムの片手斧と衝突した。


 正面衝突した盾と片手斧の強度勝負は、後者に軍配が上がる。

 ガーゴイルの盾に片手斧の刃が半ばまで食い込んだが、割れるまでには至らない。


 それどころか盾に挟まり、片手斧が絡め取られそうになっていた。

 ルリムは迷うことなく片手斧を手放すことを選択。

 振り抜かれた盾を屈んで躱すと、ガーゴイルの脇を抜けて走り出す。


 向かう先は魔術師風の女……の手前で杭のように突き刺さっているガーゴイルの戦斧だ。

 ガーゴイルが盾は斧を挟んだままルリムを追いかける。

 僅か数メートル、一秒強の追跡劇の末、ガーゴイルに捕まることなくルリムが戦斧の前まで到達した。


 ルリムは走った勢いを殺さずに戦斧の前を通過。

 そして完全に通り過ぎる直前に手を伸ばして戦斧の柄に掴まった。

 ルリムの体が戦斧を軸にして半回転。


 まるでポールダンスでもするかのように、するりと足の膝裏を戦斧の柄に絡ませる。

 そこから体を捻り、柄の先端で逆立ちのような体勢になったところで、戦斧が地面から抜けた。


「はあああああっ!」


 ルリムは戦斧を掴んだまま空中で縦に一回転し、遠心力の乗った一撃を追いかけてきたガーゴイルに放つ。

 ガーゴイルが片手斧が挟まったままの盾を掲げると、戦斧は丁度それの斧頭を叩いた。

 すると片手斧が楔のように作用して、半ばまで食い込んでいた盾を破壊する。


 実体を保てなくなったガーゴイルの一部分が灰と化す。

 割れた盾と、今の一撃で折れてしまった戦斧だ。

 盾の付いていた左腕は浅く切り込みが入る程度で、まだ十分に指先の鋭い爪を使って攻撃ができるだろう。


 目の前でしゃがみ込むルリムにガーゴイルが左腕を振り上げる。

 疲れ果ててしまったのか、肩で息をしているルリムはその場から動けず見上げるばかりだ。


 だがその表情に絶望の色はない。

 何故なら……。


「ふっ」


 短く息を吐き、両手で握った両手剣を横一文字に振るう。

 ゆるキャラの全力で振るった一撃が、ガーゴイルの胴体を腰の部分で切断。

 左腕を上げた姿勢で硬直したまま、ガーゴイルの上半身が下半身から零れ落ちた。


 痺れた左腕は〈自動(オート)もぐもぐ〉で〈コラン君饅頭〉を食べて即座に回復させていた。

 なので思いっきり両手剣を振るうことができたのである。

 やはりネトゲのポーションを連打して回復するみたいに使える〈自動もぐもぐ〉は便利だな。


 さすがに胴体を真っ二つにされれば致命傷のようで、ガーゴイルの形が崩れて灰になる。

 そしてその全てが風に吹かれるようにして消えてしまった。


「冷や冷やさせて悪かったな」

「いいえ、トウジ様なら倒してくださると信じていました」


 ルリムの手を引いて立たせたところで、開けた草地の向こう側の木の陰に気配を感じた。

 その気配は急速に遠ざかっていく。


「ルリム、この場は任せた。彼らを治療してここで待機していてくれ」


 彼女が頷くのを視界の隅に捉えながら、ゆるキャラは遠ざかる気配を追いかけて森に侵入した。

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