142話:ゆるキャラと気配
両手剣によって切断されたガーゴイルの右腕が宙を舞う。
筋肉質な造形の腕は空中で灰になって消滅するが、握っていた戦斧はそうならなかった。
回転しながら飛んでいき、未だに朦朧としている魔術師風の女の目の前に突き刺さる。
あぶな……危うく不慮の事故が起きるところだった。
身を次々と削られても、相変わらずガーゴイルに怯む様子はない。
根元まで裂けている口を大きく広げると、ずらりと並んだ鋭利な牙がゆるキャラの頭を齧ろうと迫った。
文字通り牙を剥いたガーゴイルの下顎を、オジロワシの鳥足で蹴り上げる。
黒曜石のように輝く爪が通過する胸部を削りながら下顎を強打。
ガーゴイルの口は眼前で強制的に閉じられ、上下の牙同士が激しくぶつかり合い砕け散った。
「うわっぷ」
近距離で胸部や牙が砕けてしまったため、その破片が灰となってゆるキャラの目、鼻、口に降り注ぐ。
ガーゴイルは先程戦った巨石兵と同様に魔法生物なのだろう。
本体から切り離された部位は即座に灰と化し、その後は純粋な魔素となって空気中に解けるように消えている。
巨石兵とは魔素への変化の仕方が異なるのが気になるが、それは今考えても分からないことなので保留。
ゆるキャラは灰が目と器官に入ってしまい、目をしばたたかせながらむせる。
灰はすぐに魔素に分解されて無くなった。
故に隙を見せたのは一瞬だったが、ガーゴイルは見逃さなかった。
もし生身の体なら下顎への強打は脳を揺さぶり、意識を刈り取っていたかもしれない。
しかし相手はただの動く石像なので、頭の中には何もないだろう。
左側面から迫る風切り音と風圧を感じて、咄嗟に脇を締め身を強張らせた瞬間、その上から何かに叩き付けられる。
盾による殴打だ。
衝撃を逃がすため無理に踏ん張らず、地面を転がり受け身を取る。
左腕がびりびりと痺れているが骨に異常はなさそうだ。
「トウジ様!」
目に入った灰が消えて視界が復活すると、ルリムがガーゴイルの背後から猛攻を仕掛けているのが見えた。
残っていた片翼も背中も片手斧で切られてずたぼろだが、致命傷には届いていない。
見た目は満身創痍の様相だが、なかなかに頑丈な奴だ。
ゆるキャラが戦線離脱したことにより、ガーゴイルは背後のルリムを標的に定める。
振り向き様にガーゴイルが盾を横薙ぎに振るうと、丁度振り下ろしたルリムの片手斧と衝突した。
正面衝突した盾と片手斧の強度勝負は、後者に軍配が上がる。
ガーゴイルの盾に片手斧の刃が半ばまで食い込んだが、割れるまでには至らない。
それどころか盾に挟まり、片手斧が絡め取られそうになっていた。
ルリムは迷うことなく片手斧を手放すことを選択。
振り抜かれた盾を屈んで躱すと、ガーゴイルの脇を抜けて走り出す。
向かう先は魔術師風の女……の手前で杭のように突き刺さっているガーゴイルの戦斧だ。
ガーゴイルが盾は斧を挟んだままルリムを追いかける。
僅か数メートル、一秒強の追跡劇の末、ガーゴイルに捕まることなくルリムが戦斧の前まで到達した。
ルリムは走った勢いを殺さずに戦斧の前を通過。
そして完全に通り過ぎる直前に手を伸ばして戦斧の柄に掴まった。
ルリムの体が戦斧を軸にして半回転。
まるでポールダンスでもするかのように、するりと足の膝裏を戦斧の柄に絡ませる。
そこから体を捻り、柄の先端で逆立ちのような体勢になったところで、戦斧が地面から抜けた。
「はあああああっ!」
ルリムは戦斧を掴んだまま空中で縦に一回転し、遠心力の乗った一撃を追いかけてきたガーゴイルに放つ。
ガーゴイルが片手斧が挟まったままの盾を掲げると、戦斧は丁度それの斧頭を叩いた。
すると片手斧が楔のように作用して、半ばまで食い込んでいた盾を破壊する。
実体を保てなくなったガーゴイルの一部分が灰と化す。
割れた盾と、今の一撃で折れてしまった戦斧だ。
盾の付いていた左腕は浅く切り込みが入る程度で、まだ十分に指先の鋭い爪を使って攻撃ができるだろう。
目の前でしゃがみ込むルリムにガーゴイルが左腕を振り上げる。
疲れ果ててしまったのか、肩で息をしているルリムはその場から動けず見上げるばかりだ。
だがその表情に絶望の色はない。
何故なら……。
「ふっ」
短く息を吐き、両手で握った両手剣を横一文字に振るう。
ゆるキャラの全力で振るった一撃が、ガーゴイルの胴体を腰の部分で切断。
左腕を上げた姿勢で硬直したまま、ガーゴイルの上半身が下半身から零れ落ちた。
痺れた左腕は〈自動もぐもぐ〉で〈コラン君饅頭〉を食べて即座に回復させていた。
なので思いっきり両手剣を振るうことができたのである。
やはりネトゲのポーションを連打して回復するみたいに使える〈自動もぐもぐ〉は便利だな。
さすがに胴体を真っ二つにされれば致命傷のようで、ガーゴイルの形が崩れて灰になる。
そしてその全てが風に吹かれるようにして消えてしまった。
「冷や冷やさせて悪かったな」
「いいえ、トウジ様なら倒してくださると信じていました」
ルリムの手を引いて立たせたところで、開けた草地の向こう側の木の陰に気配を感じた。
その気配は急速に遠ざかっていく。
「ルリム、この場は任せた。彼らを治療してここで待機していてくれ」
彼女が頷くのを視界の隅に捉えながら、ゆるキャラは遠ざかる気配を追いかけて森に侵入した。




