137話:ゆるキャラと定番のあいつ
隊列は前衛がルリムとシンク、中衛がフィンとアナ。
そして殿がゆるキャラだ。
ルリムはゆるキャラの四次元頬袋から提供した片手斧と盾を構えている。
得意な得物は戦斧だが、狭い場所なので小回りの利く武器を選択した。
片手剣や短剣のほうがより小回りが利くが、ルリムの持つ加護の都合で片手斧に落ち着いた次第だ。
メイド姿で戦斧を構えていると格闘ゲームのキャラみたいだったが、片手斧だとなんとなく生活感が出る。
薪割り的な意味で。
もしくは猟奇的なホラー映画か。
シンクは〈幻影の帽子〉を取って本来の姿に戻っていた。
久しぶりに運動OKとあり張り切っていて、いつもの眠たそうな表情も幾分かしゃきっとしている。
フィンはいつも通り手ぶらで空中をふよふよと飛んでいて、アナは首から画板をぶら下げていた。
画板の上には〈コランくん学習帳〉の方眼紙のページが広げてあり、〈コランくんボールペン(四色)〉で時々立ち止まっては何かを書き込んでいる。
そう、アナのお仕事はマッパーである。
昨日のうちに冒険者ギルドで仕入れた情報によると、この石造りの迷宮は三階層続くそうだ。
迷宮の雰囲気は古き良き三次元ダンジョンそのもので、縦横二十マスの方眼紙がびっしり埋まりそうな気がしてくる。
だが実際は左右への分かれ道がいくつか続く程度の単調なものだった。
何故そこまで知っているかとえば、ゆるキャラの手には冒険者ギルドで購入した、五階層までの地図が握られているからである。
粗悪な羊皮紙に適当な縮尺で描かれたものだが、道順を知る程度なら十分機能した。
五階層までは初心者向けだそうで、六階層以降の地図は非売品となる。
マッパーはゆるキャラがやってもよかったのだが、アナに仕事を与えて欲しいというルリムの要望もあり、それなら一階層から練習させてみようという話になった。
本人は仕事を貰って嬉しかったようで真剣に取り組んでいる。
厳密にやるなら歩数で距離も測定するが、先に述べた通りそこまで複雑な造りではないので、そこはざっくりでOKとした。
「なかなか上手いじゃないか」
「ほんとに?」
「ああ本当だとも。俺が描く地図より見やすいかもな」
「……えへへ」
子どものお絵描きと侮るなかれ、後ろから観察している限りカンペの地図より上手いのではなかろうか。
既に分かれ道を三か所ほど通過したが、目測の割に距離感がしっかりしていた。
アナの見た目は十歳程度だが、長命種なのでゆるキャラの中の人の年齢よりも長い期間を子どもとして過ごしていた。
仮に人種の七倍長生きだったなら学習時間も七倍あるわけで、必然的に長命種の子どもは人種の子どもよりは賢くなる。
ただし精神年齢は見た目通りなので、あくまで人種の同年代より賢くて落ち着いた子ども、くらいの立ち位置だった。
ゆるキャラに褒めらた喜びを体現してか、足取りの軽くなるアナであったが急停止を余儀なくされる。
前衛が立ち止まったからだ。
第一魔獣発見である。
通路の先、視界ぎりぎりに見えるのは不定形で半透明の物体だ。
横幅は五十センチ、高さは三十センチほどで地面をナメクジのように這っている。
半透明な体が光を屈折させるため、透過して見える床は歪んでいた。
このアトルランに転生して結構経つが、ついに定番のあいつの登場だ。
「スライムか?」
「スライムですね」
「おーーー」
「シンクも初めてか」
「うん」
ゆっくりとこちらへ向かってきたスライムを、シンクがしゃがみ込んで観察する。
道端でバッタを見つけたかのような反応だ。
「ぷるぷるしててかわいい」
などと言いつつ指先でスライムをつんつんしていると、緩慢な動きをしていた不定形の魔獣は突然シンクの手に飛びつく。
小柄な幼女の指先から肘にかけてがスライムで覆われてしまった。
「おーーーー」
「それって攻撃されてないか……?」
「んー、そうかも?」
シンクの腕に取り付いてスライムが小刻みに振動しているが、特段痛くもないようで観察を続けている。
「スライムは腕に貼り付いて酸で溶かして吸収しようとしていますが、シンク様の竜鱗の前では無意味でしたね」
シンクの竜としての性能は《人化》した状態でも有効だ。
過去には同族である竜の吐息を手の甲で弾いたことがあったが、その際も手には火傷の跡どころか熱がる素振りもなかった。
「ねえねえ私にも見せて」
「フィンはやめておけ、多分取り付かれたら溶けるぞ。この核みたいなのを壊せば倒せるのか?」
スライムの中心部にはゴルフボール大の黒い球体が浮いたので聞いてみると、ルリムは「その通りです」と頷いた。
「ほら、もういいいだろ。倒しちゃうから……って引きはがせるか?それ」
「ん、だいじょうぶ」
シンクが引きはがそうと、スライムの付いた手を縦に振った。
最初は軽く振っていたのだが、意外としつこいのかなかなか取れなくて、ちょっと本気を出したようだ。
びゅう、と剣を素振りしたかのような風切り音を響かせて腕を振り下ろすと、耐えられなくなったスライムが地面にべちゃっと叩き付けられる。
激しく叩き付けられたため、ゼリー状の体では守り切ることができず核が地面に激突。
衝撃で核が粉々になるとスライムは死んだようだ。
仲間になりたそうにこちらを見ることもできず、透明な体が粘性を失い水となって地面に広がった。




