136話:ゆるキャラと教えてルリム先生
〈残響する凱歌の迷宮〉はラーナムという街に隣接している。
いや、正しくは〈残響する凱歌の迷宮〉にラーナムが作られていた。
この迷宮はヨルドランという国ができる前の国、更にその前の国よりも遥か昔からずっとここにあり、迷宮で採れる財宝が歴代の国々を常に潤してきた。
その昔胡蘭市にも炭鉱があり一時期は最盛を極めたそうだが、十数年であっさり資源が枯渇して閉山していた。
比べて〈残響する凱歌の迷宮〉は百年単位で絶え間なく、富を生み出し続けているのだというから羨ましい限りだ。
この迷宮から生み出される富がある限り常勝は約束され、凱歌が鳴りやまないことから〈残響する凱歌〉と名付けられたそうだ。
その割に国は結構変わってるよねとか、神の試練と謳っているのに戦争に利用するんだねとか、突っ込みどころは多い。
それでも誰も何も言わないのはクルールが言う通り、〈試練の神〉の過激派が目を光らせているからなのだろうか。
ああ怖い怖い。
万が一信者に目を付けられたら、ゆるキャラは〈地を這うヤキソバ・クリーチャー教〉だと言い張って逃れるとしよう。
などとくだらないことを考えている間にも、迷宮への入場待ちの列は少しずつ進んでいる。
早朝に宿を出て〈残響する凱歌の迷宮〉へやってきたというのに、既に四パーティーが順番待ちしていた。
冒険者ギルドの発行する「迷宮の調査依頼」を受諾することで、冒険者は迷宮に入場することができる。
それ以外での入場は全て違法であり、発覚した場合厳罰に処されるそうだ。
というか二十四時間迷宮の出入口は帝国騎士団が監視しているので、違法入場なんてできなさそうだけどな。
出入口には冒険者ギルドの派出所が設置されているので、わざわざ迷宮から離れたギルドに行く必要はないようになっている。
謎の大きい亜人と小さい亜人 (シンクのことだ)、妖精に褐色の森人族の母娘という異色のパーティーは、他に並んでいるパーティーの注目の的だ。
一つ前に並んでいた冒険者たちも、迷宮に入る直前までこちらを気にして振り返っていた。
小一時間かけてようやく最前列まできたわけだが、ゆるキャラたちの入場はもう少し先だ。
一気に冒険者が迷宮になだれ込むと内部が混雑するため、パーティー単位で時間を空けての入場となる。
いわゆる入場制限というやつだ。
いやだから遊園地じゃないんだからと言いたい。
昨晩ルリムから教わった迷宮のいろはを思い出す。
それは迷宮内でのサバイバル術ではなくマナー講座みたいなものだった。
「他のパーティーには不用意に近づかないでください。これは魔獣といった獲物の横取りや、冒険者に害意のあるものからの脅威を未然に防ぐためです」
迷宮の内部では例え同業者であっても競争相手だ。
他人の目もないしバレなければいいと、相手の利益を掠め取ろうと盗賊まがいの行為をする冒険者も少なくない。
実際に迷宮の中層付近では冒険者を専門に襲う盗賊もいるのだとか。
「環境に配慮した行動を心がけてください。例えば狭い通路で大規模な魔術を使うと、壁や天井を破壊して通路が塞がってしまうかもしれません。それがその階層の唯一の通り道だったなら、奥にいる冒険者を閉じ込めてしまうことになります。他にも火炎系の魔術は閉所では酸欠になるので使ってはいけないし、森林が広がるような階層では木を焼いたり素材となる植物の乱獲はしてはいけません」
まあ後者は迷宮の外でも当たり前のことだよな。
「これらは暗黙のルールであり、自分から人に聞かない限り誰も教えてくれないでしょう。これらのルールを知らない冒険者がどうなるかといえば、排除されます」
「排除?」
「ええ、物理的に排除されます」
「こわっ」
暗黙のルールを守らない冒険者に限っては攻撃も許されているそうだ。
これも暗黙のルールだったりする。
暗黙が多すぎて訳が分からなくなるが、こういうルールがあることを自力で見つけられなければ冒険者は務まらないそうだ。
「言わんとすることは分かるが、それなら冒険者ギルドなりが率先して不文律を明文化して周知して、ついでに罠や魔獣の知識とかも教育したほうが効率が良くないか?」
「教育ですか。トウジ様はお優しいのですね」
別に優しいつもりではなく、無駄じゃないかなと思っただけだ。
ああでも教育を施して冒険者の生存率が上がると、余計に迷宮が混雑するのか。
なら現状のままでもいいか?などと不謹慎なことを考えてしまったゆるキャラである。
ちなみに魔獣や罠のハウツーについては現場で説明してくれるそうだ。
いろはの「い」で死ななければよいが……。
「〈トレイルホライゾン〉の皆様、お待たせしました。それでは入場してください」
ギルド職員の言葉でゆるキャラの回想は強制終了となる。
ようやく入れるようだ。
指示に従い迷宮の唯一の出入り口である暗い穴に足を踏み入れると、視界が暗転し転移に似た浮遊感を覚えた。
それも一瞬のことで、ゆるキャラの眼前には石造りの通路が真っ直ぐ伸びていた。
壁も天井も床も均一の大きさの石ブロックが敷き詰められていて、通路の幅と高さは五メートルくらいある。
意外と広いので閉塞感はあまりない。
多少薄暗いものの、光源もないのに周囲のものははっきりと見えていた。
しかしその視界も十五メートルくらい先までで、その先は迷宮の入り口のように黒い帳で覆われていて見えない。
まるで古き良きワイヤーフレームの三次元ダンジョンのような仕様だ。
きっと最下層には護符を盗んだ悪い魔術師がいるのだろう。
「「「「ふわああああああ」」」」
はい、いつもの三姉妹のふわああを頂きました。
もう一つ感嘆の声が聞こえたきがするが気のせいだろう。
三姉妹がそわそわと周囲を見回していて、フィンは今にも通路を突進しそうだ。
「はいはい、騒いでないで隊列を組んで出発するぞ」




