135話:ゆるキャラと遊園地
【4章のあらすじ】
・乗合馬車で帝国へ向かう道中、襲ってきた盗賊団はとっちめて農場送りに。馬車に同乗していた冒険者アレス一行とルーナイト商会一家と知り合う
・立ち寄ったアネアド村でゴブリンに襲われているリエスタとライナードの双子を助ける
・シンクの姉ハクアの情報収集のため帝都へ向かう途中、クルール男爵令嬢と出会う
・帝都の入口で第一位階冒険者オグトと交戦。クルールの仲裁で結果は引き分け
・冒険者ギルドでハクアと仲間のニール、フレンが〈残響する凱歌の迷宮〉に入ったという情報を入手
・デクシィ侯爵家のコネをゲット。クルールから告白されるも丁重にお断り。兄ポジに収まる
・知り合ったブライト伯爵から魔術具を色々もらう。パーティー〈軌跡の果て〉を組んでいざ迷宮へ
迷宮は神々が造った試練場と言われているそうだ。
だがこの地に住む人々に向かって神が宣言したわけではなく、こちらが勝手にそう思っているだけなので真実の程は定かでない。
単に暇を持て余した神々の遊びで造ったアスレチック場かもしれないよな。
というか神々に与えられた試練場だと言っておきながら、人々は迷宮への入場を管理し内部で得られる恩恵を搾取し続けているんだが不敬じゃないのかね?
貴重な鉱石が採れる鉱山みたいな扱いだ。
「トウジ兄様、それは思っていても口に出さないほうがいいわ。〈試練の神〉信者は過激派が多いから」
〈残響する凱歌の迷宮〉に向かう馬車の中で、ゆるキャラの腕にぴったり抱き付いて、オジロワシのふわふわの羽毛に頬擦りしているクルールが教えてくれる。
これからゆるキャラたちは迷宮に籠る予定なので、クルールとはしばしのお別れだ。
クルールはゆるキャラたちのお目付け役だが、迷宮に籠っている間は特にすることがない。
なので兄のマリウスを迎えに行ってもらうことにした。
腹違いの次兄ラルズの死後、すっかり臆病者になってしまった長兄マリウス。
辺境伯の元にあずけられ訓練しているがその成果は芳しくない。
ならば一度ゆるキャラの元で訓練してみないかと、辺境伯宛てに早馬で使者を送ったが……。
「辺境伯が許可しても、マリウス兄様本人が嫌がるかも」
というクルールの懸念を払拭するため、彼女自ら出向いて兄を引っ張ってきてもらうことにしたのだ。
南部にある辺境伯の領地までは〈残響する凱歌の迷宮〉のある街で別れてから、片道だけで一週間はかかる。
そのためクルールはこうして別れの時間まで甘えているのだった。
「へーそんな神がいるのか」
「〈試練の神〉は第三大陸リアドアレルの守護神よ。名前の通り試練を授ける神で、信者は常日頃から自らに試練を課して生活しているの。ここは第四大陸だから〈試練の神〉の信者は少ないけど、本拠地の第三大陸では信者が人口の過半数を締めていて、別名〈試される大陸〉なんて呼ばれてるわ」
試される大陸か。
なんだか道産子には馴染みのあるフレーズで親近感が湧くな。
「試練が辛いから巻き込みたいのか何なのか知らないけど、他の神の信者にもやたらと試練を勧めてくるから厄介なの。貴族学校ではいい迷惑だったわ。私は男爵令嬢で一番格下だから断りにくくて」
押し付けてくる系は嫌だな。
抱いた親近感を突き飛ばしたくなったよ。
学生時代を思い出し遠い目をしていたクルールだったが、不意にゆるキャラを上目遣いの潤んだ瞳で見つめてきた。
「あのうトウジ兄様。もし良かったら羽を一枚もらえないかしら。トウジ兄様の羽があれば、私頑張れると思うの」
「えっ。まあいいけど」
人間でいうところの髪の毛を一本、引き抜く程度の抵抗と痛みを伴いながら抜いた羽をクルールに手渡す。
「ありがとう!トウジ兄様」
クルールは褐色の羽を嬉しそうに掲げると、羽の手触りを楽しんだりくんくんと匂いを嗅いだりしている。
ちょ、匂うのはやめて恥ずかしいから。
「クルールだけずるい!私も」
「ん、わたしも欲しい」
「いや、お前たちとは常に一緒にいるからいいだろ」
などと抵抗はしてみたものの、駄々をこねる妖精さんと竜さんには敵わない。
髭を引っ張られたり角でぐりぐりされたりという猛攻を受けて、早々に白旗を上げる。
黙っていはいるが確実に欲しそうにしている邪人母娘の分も含めて、結局追加で四枚の羽を引き抜くことになった……いてて。
「それじゃあ行ってきます。トウジ兄様」
物理的に後ろ髪を引かれてるんじゃないかというくらい、窓から身を乗り出して何度もこちらへ振り返るクルールを見送る。
到着した〈残響する凱歌の迷宮〉は帝都の郊外にあり、馬車で半日ほどの距離にあった。
平原の真っ只中に横幅五メートルほどの、卵状の物体が埋もれている。
物体の表面は漆黒で光沢があり、形状はともかくファンタジー世界にありがちなモノリスのような質感だ。
その物体は全体の三割ほどしか露出していない。
イメージとしては卵を縦にした状態で七割ほど埋めて、後方に少し傾けたような感じか。
そしてその卵の中心に光沢のない暗い穴が開いていた。
ここが〈残響する凱歌の迷宮〉への入口である。
迷宮の周囲は二十メートルほど離して、囲うように深い塹壕が彫られていた。
更に二十メートル離れた位置からは帝国騎士団の軍事施設が並んでいる。
これらは万が一魔獣が外に溢れた時のための防衛戦力で、至る所に巡回する帝国騎士の姿があった。
迷宮は放っておくと内部に生息する魔獣の数が飽和し、外に溢れ集団暴走が起こることもあるという。
まさにそれを防ぐための間引きに失敗して、クルールの父親は責任を取らされてしまったわけだ。
集団暴走と聞くとスタンピードよりオーバーランのほうがしっくりくる、ゲーム脳なゆるキャラの中の人であった。
朝一で帝都を出発していたので今は昼過ぎ。
迷宮を探索するのは明日からの予定だが……。
「ねーねートージ。早く入ろうよ」
「今から入っても中途半端だから明日にするぞ」
「えーやだやだ。ちょっとでいいから中を覗いてみようよ」
案の定フィンが駄々をこねだす。
本日二度目のこねこねだ。
ゆるキャラも初めて見る迷宮に好奇心が刺激されているので、気持ちは分からなくもない。
だが迷宮は遊園地じゃないのだ。
魔獣と戦ったり罠を潜り抜けたりと、そこでは冗談では済まされない命のやりとりがある。
レヴァニア王国の〈混沌の女神〉の分神殿の司祭、羊人族のリリエルが迷宮で嵌った転移型の罠のことを思い出す。
彼女のパーティーメンバーは彼女を残して全員、壁の中に転移させられて肉体が押し潰されて死んだ。
ゆるキャラの仲間たちを同じ目に遭わせるわけにはいかない。
だから今日は手配した宿で迷宮探索の経験者であるルリムから、迷宮のいろはについて色々教わるもりだ。
というわけでフィンの要求は却下。
激しい抵抗にあったが、明日支給分の饅頭をやらんぞと人質にして撃退。
ぶーたれているが許してくれ、これはお前の安全のためでもあるんだ。
それでもその場から動こうとしないフィンの後ろ髪を引っ掴んで、ゆるキャラたちは〈残響する凱歌の迷宮〉を後にした。
ちなみに迷宮の前には午後を過ぎた今でも、入場待ちの冒険者たちが列をなしている。
その光景を見て昔姪っ子と訪れた、某夢の国のアトラクション順番待ちの列を思い出したが……。
繰り返す、迷宮は遊園地じゃないのだ。




