134話:ゆるキャラと果て
「ようこそいらっしゃいました皆様。どうぞこちらへ」
〈島袋さん〉に扮装したシンクを包囲しているギャラリーを掻き分けて、受付嬢のソフィアがやってきた。
他の女性職員は〈島袋さん〉の魅力に軒並みメロメロにされていたが、ソフィアは前回と変わらない淡々とした態度で執務室まで案内してくれる。
「よくきたな〈神獣〉よ。わしをお前たちのパーティーに入れる気になったか?」
「たとえ〈神獣〉様が許しても私が許しません」
「うむ」
執務室ではギルドマスターのリックが仁王立ちで待ち構えており、開口一番自身のパーティー加入を要求してきたが孫に一蹴された。
「それよりもルリム様とアナ様を確認してください」
「うむ」
ソフィアの指示でリックが突然、両目をくわっと見開いてルリムとアナを凝視する。
驚いたアナが思わず母親の影に隠れようとしたが、その母親に背後から両肩をがっちり掴まれたため動けない。
リックが睨みつけていたのも数秒のことで、感心したように頷いた。
「ふうむ、邪人特有の魔力はまったく感じられん。かなり高性能な魔術具を手に入れたようだな。それなら無用な揉め事も起こるまい。二人とも特例で冒険者登録を認めよう」
「本当ですか!ありがとうございます!」
あの鋭い眼光でルリムとアナの魔力を観察していたようだ。
ギルドマスターの言葉を聞いて、人種の世界に憧れのあるルリムは大喜び。
娘の肩に手を乗せたまま飛び跳ねて感情を表現していて、傍から見ると母娘というよりは年の離れた姉妹みたいだ。
アナは両肩を揺さぶられて目を白黒させている。
今日も見事に翻弄されてるなあ。
「邪人のお二人はともかく、〈深紅〉様に偽装の必要はないのではありませんか?第一皇子派の後援もあるのですから」
ソフィアの視線の先で〈島袋さん〉が「なにか?」と言わんばかりに首を水平に傾けた。
〈島袋さん〉の《幻影》の中でシンクも同様に首を傾げているはずだが、それはあくまで人族の可動域の範疇である。
ゆるキャラのこだわりで、本物のシマフクロウの可動域を再現しているのだ。
ソフィアの言うことはもっともで、帝都までの道すがらトラブルを解決してはシャウツ男爵家の名前を出したり、公衆の面前で第一位階冒険者のオグトと派手に喧嘩をした結果、第一皇子派の後ろ盾を得た。
これに王国謹製の〈隷属の円環〉とメイド服も加えれば、オグトのような上位冒険者か上位貴族及び王族、もしくはそれと真逆で自分の命が惜しくない愚か者くらいしか障害はないだろう。
当初は貴族と関わるのは面倒だから避けるつもりだったのだが、気が付けば貴族とズブズブである。
いやまあ仲間を守るためには権力が必要だったので仕方ないのだが。
第一皇子派の後ろ盾はあるものの、大々的に周知したり物証があるわけではない。
もし迷宮内の通路等で他の冒険者と蜂合わせた時、ルリムとアナが体から邪人の魔力を漂わせていたなら、敵と勘違いして攻撃される可能性がある。
〈紆余魔折〉があれば漂う魔力を偽装できるので、そういう出会い頭の事故は防げるだろう。
じゃあシンクはどうかといえば、竜族は人種とは比べ物にならないくらい強大な種族ではあるが、発する魔力の質自体は人種と変わらない。
なので出会い頭に襲われることはないだろう。
ただ幼い外見の弱そうな竜族と思われれば攫われる可能性があった。
竜族の角や鱗は武具や魔術具、霊薬の高級素材なんだとか。
ご存じの通りシンクはゆるキャラ御一行最強の存在なので、攫われるどころか灰をロストさせる勢いで相手を返り討ちにできる。
しかし一々人攫いを相手にするのは面倒なので、竜族とバレないようにと〈幻影の帽子〉を調達したのだが……。
冒険者ギルドのロビーでの反応を見る限り、むしろ〈島袋さん〉の姿のほうが熱狂的なファンに攫われそうだ。
ノリと勢いで作って失敗する典型例か。
〈島袋さん〉の出来栄えに後悔はしていないがな。
「かわいいは正義だからいいの」
本人も本来の用途は忘却の彼方か、ファッション感覚で使っているようだ。
そんなことを言いながら抱き付いてきたので、〈島袋さん〉の体の一部がゆるキャラにめり込む。
相変わらず一昔前の3Dゲームみたいだ。
何はともあれ、これでゆるキャラ御一行全員が冒険者となった。
「ルリム様とアナ様には銀冠の第五位階の冒険者証が発行されます」
取り立てて実績がない二人なので底辺からのスタートだ。
後で揃いの〈コラン君パスケース〉を用意してあげよう。
冒険者登録は十歳から可能ということなので、アナも問題なく登録可能である。
〈創造神〉を裏切り森人から変貌した闇森人は長命な種族なので、アナの実年齢はゆるキャラの中の人より年上だ。
三十年以上子どもでいられることを羨ましいと感じるか、苦痛と感じるかは個人差がありそうだ。
ゆるキャラ的にはしんどいかなあ。
子どもの頃は大人になりたくないと思っていたものが、いざ大人になるとそうでもなかった。
毎日働かないといけないし、自分の行いに責任を持たないといけないが、大人の経済力と自動車による行動範囲の広がりは子どもにない魅力だ。
今更子どもに戻っても、限られた小遣いと行動範囲では満足できない気がする。
大人にならなければ結婚して家族も持てないしね。
いやまあ、結婚についてはゆるキャラの中の人は未経験だけども……悲しい気分になってきたので閑話休題。
世の中には逆に短命の種族もいるわけで、十歳という年齢制限も結構適当なんだそうだ。
十歳から登録可能はだが、未成年に与えられる依頼は階級制限に加えて、街中での雑用や郊外での薬草採取程度である。
子どもは労働力とはよく言ったものだ。
ただ年齢制限自体が適当なので、本人の力量に応じて受付嬢が依頼内容を差配することになる。
アナも人族換算だと十歳そこそこなので、受諾できる依頼に制限がかりそうだが、そこは第一皇子派の後ろ盾を利用してごり押しさせてもらう。
「それでは〈神獣〉様、〈深紅〉様、〈精霊仕い〉様、ルリム様、アナ様を一つのパーティーとして登録させて頂きます。パーティー名はお決まりですか?」
「ああ。〈トレイルホライゾン〉で頼む」
ゆるキャラが一晩考えて決めたパーティー名である。
今は色々とやることがあって忙しいが、それらが落ち着いたなら腰を据えて世界を冒険してみたい。
樹海から始まり王国から帝国へと旅をして、これまでに様々な出会いがあった。
この世界は過酷で無慈悲な部分もあるが……そのせいなのだろうか、得たものがとりわけ尊く感じる。
折角異世界転生したのだから、この世界を楽しもうじゃないか。
自らが辿る軌跡の果てを見てみたい。
このパーティー名は決意表明みたいなものだ。
というわけでまずは手始めに、明日から迷宮の攻略を始めよう。
……攻略はついでで、シンクの姉探しが主目的だけどね。
いつもお読みいただきありがとうございます。
次話から5章となります。




