131話:ゆるキャラと師匠と弟子
「うちの馬鹿師匠が申し訳ありませんでしたっ」
細身の青年が現場に到着するやいなや土下座をする。
彼は走るのが苦手なのか、馬車の前に来る頃にはへとへとになっていた。
なので最初は力尽きて倒れたのかと思ったが違ったようだ。
前のめりに倒れると同時に洗練された、滑らかな動きで土下座を慣行したのである。
土下座し慣れてる感が凄い。
気絶している中年男も土下座している青年も、膝下くらいまでの長さの白いローブを羽織っていてぱっと見は白衣のようだ。
それに足に謎の装備を付けて暴走していた中年男を、青年は馬鹿師匠と呼んでいたということは……。
「もしかして、その人の足の装備の実験が失敗して暴走してたとか?」
「そ、その通りでございます。よくお分かりになりましたね」
ゆるキャラの予想が的中すると、地面に額を擦り付けたままの青年の肩がびくりと震えた。
「デクシィ公爵家の皆様におかれましてはご機嫌麗しゅう……」
「ああ気にしなくていいよ、俺たちはデクシィ侯爵家じゃないから。それに何か被害があったわけでもないし」
土下座する前に馬車に施された紋章を見たのか、青年はゆるキャラたちをデクシィ公爵家の者と思ったようだ。
あいつの身内と思われるのはなんとなく嫌なのですぐさま訂正しておく。
「私が止めたんだからね。褒めていいのよ」
「はいはい。それでそっちの人は大丈夫か?」
「あ、はい。師匠は頑丈なので大丈夫です。すぐに起こしますね」
青年は起き上がると腰に差した短い杖を手に取る。
そして地面に仰向けで倒れている師匠とやらに振りかざしながら、『目覚めよ』と短く詠唱した。
杖の先端からきらきらとした蝶の鱗粉のようなものがちらついたかと思うと、師匠がくわっと目を見開いて勢いよく上半身を起こした。
「むうううん!魔力供給量は問題ないが供給停止不可。魔力伝導効率は悪くないが伝導量は常に最大。停止させるには装備者の魔力が枯渇するか、物理的干渉が必要と。ふむふむ」
「ふむふむじゃありません!師匠も早く謝ってください。ほらっ」
起きしなに実験結果をレビューし出した師匠の頭を、青年が押さえつけて土下座させようとする。
しかし青年が非力なのか、師匠の腹筋が強いのかびくともしていない。
それどころか師匠が急に立ち上がったため弾き飛ばされていた。
「物理的干渉があった!そうそこの妖精。《土変化》を使ったようだが短縮詠唱が変じゃなかったか?短縮詠唱にしては精度も強度もおかしいぞ。私が開発したこの魔術具〈蹴足活動〉はちょっとした岩くらいなら蹴りで砕けるというのに、どういう仕組みだあああ?」
「え、なになにちょっと怖いから近寄らないでくれる!?」
岩も砕けるような魔術具の実験を、人通りの多い天下の往来でやってたのかよ。
しかも暴走してたし……言動も相まって完全にマッドサイエンティストだな。
普段から何にも動じないフィンが珍しく怯えていて、興奮する中年男から隠れるようにゆるキャラの背中へ逃げ込む。
「まあまあ、落ち着いて」
「そういう君は亜人かね?鼠人族のようだが腕は翼人族の羽根がついているし、珍しい混血だな。いやしかし、只の混血の亜人にしては色々おかしい。まず胴体と頭部が鼠人族にしては大きすぎる。手足がおまけみたいになっているじゃあないか」
フィンを庇うと師匠の興味の対象がゆるキャラに移った。
だぶついた顎に手を当てて、しげしげとこちらを観察する。
ふむ、鼠人族はまだ見たことがなかったが、その体形は一般的な鼠のそれに近いようだ。
〈コラン君〉はエゾモモンガとオジロワシがベースにはなっているが、体形はあくまでゆるキャラとしてデフォルメされた姿なのであった。
「だが手足についている爪はおまけでは済まされないぞ!特に足の爪は黒曜石のように綺麗だが触っただけで指が切れそうだなあああ」
師匠が急に這いつくばってゆるキャラの鳥足をぺたぺた触りだす。
興味深げに顔を近づけて爪をつまんで持ち上げたりしていると、中年男の吐息が鳥足にかかって全身の毛が総毛立った。
控えめに言って気色悪い。
「師匠!いいかげんにしろ!」
「ぎゃっ」
青年が杖とは別に腰に差していた、警棒のようなものを抜いて師匠を突く。
すると師匠は雷に打たれたかのように痙攣して動かなくなる。
そして青年は再び華麗に土下座した。
「我が師匠ライリー・ブライトが大変ご迷惑をおかけしました。これでもブライト伯爵家に連なる者ですので、もし賠償を要求されるのであれば正式に伯爵家へ抗議して頂ければと」
「ああ、うん、いいよ。実害はないし」
正気度は結構削られたけどな……。
これまで竜族の殺気でしか総毛立たなかったゆるキャラの毛皮を、こうも立たせるとはやるじゃないか。
「寛大なお言葉ありがとうございます。私は弟子のレーニッツと申します。とはいえこのまま辞するわけにはいきませんので、後日謝罪に伺わせて頂きます。失礼ですがお名前を教えて頂きたく」
別に改まって謝罪などいらなかったのだが(というかもう関わりたくないぞ)、レーニッツの態度は頑なだったので仕方なく教える。
後からクルールに聞けば、相手のブライト伯爵家も天下の往来でデクシィ侯爵家の関係者に迷惑をかけたとなれば、正式に謝罪する態度を見せなければ面子を保てないんだとか。
貴族社会の面倒臭さが出ているな。
ひとしきり謝罪を述べた後、レーニッツは気絶したままのライリーを引き摺りながら去って行った。
貴族を引き摺ってるが、あれは面子的に大丈夫なのだろうか。
「なんかどっと疲れたな」
「うん……」
それ以上のトラブルはなく無事にルーナイト商会へ到着した。
大店とは聞いていたがまさかここまで大きいとは。
敷地面積は駅前のデパートくらいはありそうで、木造三階建ての建物がいくつも並んでいる。
人通りの多い目抜き通りに面した場所なので、立地的にも駅前と同等ではなかろうか。
馬車から降りたゆるキャラ御一行をケインと従業員たちが出迎えてくれる。
「皆様ようこそいらっしゃいました。どうぞ中へ」
案内された店内は内装も高級感に溢れていて、ガラスの張ってないショーケースに広めの間隔で商品が並べられている。
身なりの良い店員が身なりの良い客を相手に接客していて、やはりデパートかもしくは高級ブティックのようだ。
まあ後者の高級ブティックとやらは、生前のゆるキャラの中の人には無縁の場所だったので勝手なイメージなのだが。
「ここ一号館では主に魔術具を扱っています。以前相談を受けました姿を隠蔽したり、体から発する魔力を偽装する魔術具もありますので、別室に用意してあります」
「おお、あったのか。ありがとう」
「ねえねえトージ。あれ見て」
忙しなく店内を見回していたフィンが、ある商品を指差す。
そこにあったのはついさっき見た警棒のような物体だった。
「それは〈電撃離魂〉という魔術具で、《電撃麻痺》の魔術が付与されています。かの有名なブライト伯爵の作品でして、用意してある魔術具も伯爵製のものが多いのですよ」
へーあのマッドサイエンティストって有名なのかー。
てかネーミングセンスが酷いな。




