130話:ゆるキャラと忖度魔術
「おはようございます!トウジ兄様」
「お、おう。おはよう」
翌朝クルールが出会い頭に抱き付いてきたので、受け止めて頭を撫でた。
すると彼女は気持ちよさそうに目を細める。
昨日出かけて帰ってくる前と後では、クルールのゆるキャラに対する態度が全然違うわけで、屋敷の執事やメイドといった使用人たちは当初戸惑いを見せた。
視線も合わせない拒絶っぷりだったのに、突然実の兄のように慕いだしたのだから無理もない。
ところが今朝になるともうそれが当たり前かのように対応していた。
今朝初めてその光景を目の当たりにするメイドさんもいたが、戸惑う素振りは見せてない。
朝礼で周知でもされたのかな?さすがはプロ、抜かりないな。
この兄を慕う天真爛漫な姿が、本来のクルールなのだろう。
今いる屋敷はゆるキャラたちのために第一皇子派が用意したもので、働く使用人たちもクルールとは面識がなかった。
前に見かけた傭兵あがりの護衛騎士と、おばちゃんメイドは辺境伯が手配した人員でここにはいない。
彼女は本当に一人ぼっちだった。
「むう、トウジはわたしのもの」
クルールがゆるキャラに抱きついたのを見て、シンクが謎の対抗心を燃やす。
所有権を主張して抱きついてくる。
いつにも増して角ぐりぐりが痛い。
「クルールもようやくトージの良さがわかるところまで来たのね」
フィンはゆるキャラの頭上で何故かうんうんと頷きながら、上から目線の発言をしている。
後方師匠面だ。
そしてそのあと「言っておくけど私が長女だからね」と続けた。
過去にゆるキャラが「フィンはシンクのお姉ちゃん(的存在)だろ」と言ったことがあるが、その設定は彼女の中でも継続中のようである。
というわけでここに四姉妹が誕生。
長女フィン、次女シンク、三女アナ、四女クルールとなりその順番には甚だ疑問が残るが、本人たちは気にしていないから良しとする。
それにしても妹がどんどん増えるな。
十二人集めてやろうか。
ちなみにルリムは基本お母さん枠だが、状況に応じて姉や妹に変化する。
相変わらず属性過多だ。
マリウスの件はクルールが早馬で使者を送って確認してくれることになった。
早馬が南部の辺境伯の元へ到着するまでに四日、そこからすんなり許可が出たとして帝都に来るまで七日。
よって最短でもマリウスが帝都に到着するまで二週間はかかる見込みだ。
そこから彼の状況を把握して訓練となると、速くても一ヶ月コースだろうか。
マリウスがものにならなかった場合の代案については追々考えよう。
今日はルーナイト商会へ行く日で、是非全員でと言っていたので素直に全員で赴くことに。
馬車で向かう道すがら、クルールにゆるキャラのこれまでの武勇伝を語る……フィンが。
「〈森崩し〉に食べられる直前のトージを救ったのはそう!私の魔術。《風刃》がでっかい蛇の顔をばちーんと引っ叩いたの」
「風の刃で引っ叩く?」
「当時のフィンの精霊魔術は見様見真似の適当な代物だったんだよ」
フィンの変な表現にクルールがこてりと首を傾げたのでゆるキャラが補足する。
当時の出来事については、よく暴発しなかったですねとフレイヤ先生も驚いていた。
フレイヤ先生とはフィンの保護者の妖精女王で、リージスの樹海の妖精の里の長だ。
樹海のみんなは元気にしているだろうか。
最近は練習の甲斐あってフィンの魔術の構成も詠唱もまともになっているが、面倒くさがりなので隙きあらば省略しようとする。
なんでもフィンが精霊魔術の代価として支払う魔力は、精霊にとってはとても美味しい極上ものらしい。
そのため適当な構成や詠唱でも、使役される精霊は報酬欲しさに忖度し魔術の発動を補助していた。
精霊が率先して仕えたくなるという意味で付けられた、〈精霊仕い〉という二つ名は伊達じゃないといったところか。
フィンの魔力が美味しくなったのは、毎日食べている魔力回復効果のある〈コラン君饅頭(八個入り)〉や〈ハスカップ羊羹(一本入り)〉と、妖精族の魔力を体全体で溜め込む性質によるものだ。
つまりゆるきゃらがフィンの省略癖の片棒を担いでいるのだが、その省略のおかげでリージスの樹海で暴れていた〈森崩し〉を倒せたので仕方ない……ということにしておこう。
ちなみに魔術の構成や詠唱の省略というテクニック自体は存在する。
ただしそれは省略専用の構成や詠唱があるし、省略した分威力や効率が下がるので、フィンの適当魔術とは似て非なるものだ。
無詠唱とか異世界転生の定番で憧れるけど、魔術練習中で発動すらできてないゆるキャラには一生無理そうだな。
昨日クルールへは転生のくだりは省いていたのだが、フィンが語る武勇伝の中であっさりバラしてしまった。
遅かれ早かれだとは思っていたがすぐだったな。
「トウジ兄様は異邦人だったのですか!?しかも元は人族だったと」
「昨日の時点ではここまで内情を明かす予定はなかったし、説明も長くなるから省略してたんだよ。ごめん」
「そんな謝らないでください。トウジ兄様には目的地があって帝都を離れることに変わりはないのですから。……でもトウジ兄様が人族ということは、元の姿に戻れば問題無くできるということね。うふふ」
クルールの言葉の後半は走る馬車の音で掻き消されるほどの小声だったが、悲しいかなエゾモモンガの優秀な耳はしっかり音を拾っていた。
……聞こえてない、ゆるキャラは何も聞こえてないぞ。
聞こえてないフリをしていると、今度は馬車の外から騒ぐ音が聞こえてくる。
何事かと窓から顔を出してみると、見知らぬ青年が中年男を追いかけていた。
「だ、誰かそいつを捕まえてくれ!」
「ど、どいてくれええええ」
小太りの中年男がものすごいスピードでこちらに向かって走ってくる。
体格に似合わない健脚で、振動により腹の肉が揺れて波打っていた。
服装は魔術師風のローブ姿だが、足には騎士が装備していそうなごついブーツを何故か履いている。
体格に似合わない健脚を披露していて、振動により顎の贅肉が揺れて波打っていた。
そしてそれを追いかけている青年も似たような服装なのだが、体つきは貧相で走る速度も遅い。
中年男に追い付くどころか距離は離される一方だった。
通行人が慌てて道を開ける中、こちらへ真っすぐ突っ込んでくる中年男。
状況はよく分からないが、このまま馬車と激突されてもかなわない。
どうにかしようとゆるキャラが馬車から飛び出そうとした時、窓から外に出ていたフィンが魔術を放った。
『えい』
もちろん『えい』なんていう詠唱はないので、また適当魔術だ。
それでも適切に発動したようで、走ってくる中年男の足元の土が突然盛り上がる。
階段一段分くらいの出っ張りが出来上がると、中年男はそれに足を引っかけて盛大に転倒した。
「どわああああああああ」
中年男は勢いよく地面を転がり、馬車を引いている馬にぶつかる直前でようやく止まった。
馬が「何やってんだこいつ」みたいな視線を、目の前で気絶している中年男に送っている。
「いつのまに《土変化》なんて覚えたんだ?」
「この前サンドラが使ってるの見て、面白そうだから教えてもらった」
ふむ、高い学習能力をお持ちで。
少しでいいからその適性をゆるキャラに分けてもらいたいものだ。




