13話:ゆるキャラと豹人族の姉御
「いやぁ、驚いたよ。最初は素人みたいな動きだったのに、最後の方はこっちの動きが全部読まれてるんだから」
などと言いながらがっはっはと笑うのは、俺が足首を折ってしまった相手。
豹人族のイレーヌである。
骨折はフレイヤによって治療済みで、顎を打ったことによる脳震盪で気絶していたが、小一時間で目を覚ました。
特に後遺症もなく俺とイレーヌ、シンクにフレイヤ、そしてフィンの五人でガーデンテラスに移動してお茶会を再開していた。
戦いの中で成長するという主人公ムーブをかました俺であったが、初めての暴力(加害者側)にビビっていた。
「突きを避けられた時は腹か顔面に一発食らうと思ったのに」
「いやいやそんな所殴れないって」
やはり足を狙って正解だった。
力加減を間違えた一撃で女性の腹か顔面を殴っていたかと思うとぞっとする。
「あのくらい訓練じゃ普通だから気にしなくていいぞ……お、わたしより良い毛並みだな」
俺が背中を丸めてしゅんとしていると、イレーヌがその背中をばしばしと叩く。
その際にエゾモモンガもどきの毛の手触りの良さに気が付いて撫でてくる。
最初こそ謎の生物とイレーヌに警戒されていたが、〈樹海の試練〉が終わった今はずいぶんと気を許してくれている。
「部族長のわたしに勝ったから、リージスの樹海の亜人種の中では十本の指に入る強さだ。誇っていいぞ」
「亜人種の中?」
「リージスの樹海に人種は居ないから亜人種だ。そして亜人種の上は大型魔獣と竜族しかいない。つまり人の身では最上位に近いというわけだ」
個の戦力としては俺は結構強いらしい。
対戦実績が狼とイレーヌだけなので自分ではよくわからない。
「あの狼は……」
「狼?」
「なぁフィン。フィンを襲った灰色の狼の正式名称はなんだ?」
「灰色狼よ!」
そのままだった。
灰色狼の強さをイレーヌに聞いてみたところ、リージスの樹海に生息する魔獣の中では真ん中ぐらいの強さで、安全に倒すには亜人の一般的な狩人が三人は必要だそうだ。
二人なら負傷必至で、一人なら相打ち上等になるが、群れの場合は危険度が増すという。
リージスの樹海もなかなか物騒なところのようだ。
「へぇ、その足の爪は灰色狼の毛皮どころか、岩も切り裂くのか。すごいな」
イレーヌの態度が軟化した理由は、単純に強さを尊ぶ性格だからだった。
俺の強さなんて借りものに過ぎないし、戦う覚悟なんてない。
灰色狼の時はオジロワシの狩猟本能のようなものが働いて何とも思わなかったが、イレーヌを攻撃した直後にははっきりと、他者を傷付けることへの忌避感を覚えていた。
獣相手と人相手では勝手が違うのだろう。
というか暴力と無縁の現代人には無理な話だ。
なので強者への尊敬のような眼差しを向けてくるイレーヌへの罪悪感が強い。
「すごくなんかないさ。正直に言うとあんたへの攻撃も怖くて躊躇ったんだ」
素直に戦闘に不慣れであり、臆病なんだと告白する。
強さを重んじるなら心の弱さに幻滅してくれるだろう、と思いきや……。
「むしろ戦闘経験無しであの動きか!やっぱりすごいじゃないか。最初は怖いのは皆同じだ。戦闘なんて慣れだ、慣れ。シンク様、トウジ殿と戦闘訓練をしたいのですが」
「いいよ、トウジは私のおきにだからもりもり訓練してあげて」
「それでは午前中は私の授業で、午後からイレーヌさんの戦闘訓練にしましょうか」
「それがいいわ、早速明日からね!」
なんだか話が勝手に進んだ。
そして一番関係ないフィンが一番偉そうに、空中で腰に手を当てると胸を張って高らかに宣言した。
「よろしくなトウジ殿」
こうして俺のスケジュールに、面倒見の良い姉御気質のイレーヌによる戦闘訓練が加わった。
俺の意見は聞かれすらしなかったが、まあいいか。
この世界て生きていく上で腕っぷしの強さは重要な要素なので、暴力には早めに慣れておいたほうが良い。
渡りに船というやつだ。
あまり考えたくはないが、自分の命を守るために他人の命を奪う覚悟もいつかは必要になるだろう。
というわけで翌日の午後、俺とイレーヌは〈樹海の試練〉の時と同様に広場で対峙している。
ギャラリーはフィンとシンクの二人。
フィンは空中をぱたぽたとせわしなく飛び回っていて、シンクは切り株に座って〈コラン君饅頭〉をちびちび食べている。
今回も内訳はフィンが七個、シンクが一個だがシンクに不満は無いらしい。
優しい竜だ。
しかしシンクはリージスの樹海を守る守護竜という立場の筈だが暇なのだろうか。
「戦闘訓練といってもトウジ殿の基礎は加護の力で十分補えているので、実践形式でいく。つまり組手だな」
昨日と同様に刃を潰した剣を構えたイレーヌが切りかかってくる。
昨日とは違って素直で単調な太刀筋を、爪で弾いたりかわしたり反撃したりする。
なるほど、力加減がなんとなく分かってきた。
今ならイレーヌの足を折らずに足払いが出来そうだ。
組手が楽しいのか、イレーヌの豹柄の尻尾は終始ゆらゆらと揺れていた。
「トウジ殿は武器は使わないのか?」
「武器?ご存知の通り戦闘経験二日目だから持ったこともないし扱えないだろ」
「すぐに扱えるかどうかは持ってる加護次第だな。どれ、試しにこれを振ってみな」
組手の合間の休憩中にイレーヌがそう言って、剣を鞘ごと俺に放り投げてきた。
手の爪が邪魔をするかと思ったが、柄を握ると意外と大丈夫だったので振り回してみる。
想像するのは昨日今日と見てきたイレーヌの動きだ。
「ほう、素人でその動きということは加護が働いているな」
そこそこ様になった素振りを披露するゆるキャラに、豹人族の女戦士から賛辞の言葉が贈られた。




