128話:ゆるキャラと告白
シャウツ男爵は一族の中でも突出して武芸に秀でた人物だったが、ラルズもそれに負けないほどの才能の持ち主だったそうだ。
「ラルズ兄様は次男で見た目のこともあるから、シャウツ家はマリウス兄様に任せて自分は武芸の道に進むと決めていたわ」
武芸の道にも色々ある。
有名な達人に弟子入りするとか、冒険者になって人だけでなく魔獣を相手にしたりとか。
生まれ故郷を、家族を守りたいという思いの強かったラルズは、十五歳の成人と同時に騎士団に入団した。
〈先祖返り〉した人狼族の身体能力と武芸の才能に加えて、強力な加護も備わっていたラルズは騎士団内においてめきめき頭角を現す。
亜人だと差別されることも多かったが、圧倒的な実力で周囲を黙らせて昨年、二十歳という若さで中隊長を任されるまでに出世する。
彼が戦死したのはその矢先のことだった。
ヨルドラン帝国は覇権主義を掲げており、レヴァニア王国以外の近隣国とも戦端は常に開かれている。
ただしここ数年は侵略戦争も形骸化しており、侵略を名目にした軍事費の確保や物資の生産特需が主目的となっていた。
なので帝国軍の遠征も対象国と連絡を取り合った上での軽い衝突程度であり、それはもはや演習と言っても差し支えないだろう。
「それは本当に戦死なのか?」
「半分演習みたいなものと言っても、敵国同士慣れ合ったりはしないみたい。むしろ接触して戦闘にならないように連絡を取り合うのだけど、ラルズ兄様の部隊にはその連絡がうまく伝わらなくて、敵国の部隊と鉢合わせしてしまったの」
いわゆる遭遇戦というやつか。
うーん……。
本当にそれは不意の遭遇による偶発的な戦闘だったのだろうか。
先程の騎士団長の意味深な呟きを聞いているからか、陰謀めいたものを勘繰ってしまう。
「マリウス兄様も領主になる勉強の一環として騎士団に所属していて、別部隊だけどラルズ兄様と同じ遠征に参加していたわ。マリウス兄様が駆けつけた時にはもう敵部隊を撃退し終わった直後で、ラルズ兄様は治癒魔術でも癒やせない傷を負っていて……」
マリウスもシャウツ家の長男だけあって、ラルズに負けないくらい勇猛果敢な性格をしており、騎士団内で兄弟は競い合うように訓練をしていたそうだ。
しかしラルズの死を目の当たりにしてからは、人が変わったかのように臆病になってしまう。
「戻って来たラルズ兄様の体は白くて冷たくて、私に笑いかけることはもうなくて……」
ラルズの死後、マリウスは騎士団を脱退。
それ以降は武芸に打ち込むことはせず、父親のシャウツ男爵を執務面で補佐する仕事をしていた。
そして半年前〈残響する凱歌の迷宮〉の間引きに失敗した責任を取らされ、シャウツ男爵は処刑される。
息子に続いて夫を失ったショックで、第二夫人は体調を崩し隠居生活を強いられる。
マリウスとクルールの母親である第一夫人は、五年前に病死していた。
シャウツ男爵家取り潰しも危ぶまれたが、シャウツ男爵と親交のあった辺境伯の取り計らいもあり、帝都近郊にある領地は第一皇子派預かりとなる。
ちなみにシャウツ家は皇帝の傍系で、マリウスもクルールも帝位継承権を持っていた。
しかし序列は二十九番と三十番と自分たちより優先される貴族が沢山いるため、継承権などあって無いようなものだった。
こうしてマリウスとクルールは辺境伯の元、たった二人でシャウツ男爵家の再起を図ることになったのである。
一通り話し終わると、クルールは大きく深呼吸をした。
背筋をぴんと伸ばして姿勢を正すと、ゆるキャラを正面から見つめる。
今までは視界にも入れたくないといった態度だったので、はじめてクルールの赤く燃えるような瞳と視線が合う。
そして彼女はかしこまった口調に戻して謝罪した。
「これまでの無礼をお許しください。トウジ様の耳や尻尾を見るとラルズ兄様のことを思い出してしまうため、つい目を反らしてしまいました」
それがクルールの亜人嫌い……というかゆるキャラ嫌いの真相だった。
なるほど、このもふもふな耳や尻尾が人狼族のそれを想起させていたとは。
だからもふもふのないフィンやシンクとは普通に接することができていたのか。
まさかこのラブリーな姿がトラウマ発生源になっていたなんて、申し訳ない気持ちで一杯になる。
「それなら無理して視界に入れなくてもいいんだぞ」
「いいえ、こちらの勝手な感傷でこれ以上ご迷惑はおかけできません。それに臆病になってしまったマリウス兄様の代わりに、私かしっかりしなければなりませんから。もしラルズ兄様やお父様に続いて、マリウス兄様まで死んでしまったらと思うと……なので正直に言えば、臆病になって戦線を離れてくれて良かったとすら思っています」
立て続けに家族を失って心の傷は癒えていないし、これ以上傷を負わないようにと考えるのは当然のことだろう。
さもありなん、というやつだ。
クルールはそこで一旦押し黙ると、伸ばしていた背筋を丸めてもじもじする。
二言「ああ」とか「うう」と呻いてから、意を決して真っ赤になった顔を上げた。
「あのう、それで、先程デクシィ侯爵が言っていた件ですが、もしトウジ様が望まれるのなら……ううん、望むことがあればできる限り叶えるようにしますので、私と結婚してもらえないでしょうか!」
おおう。
やっぱりそういう覚悟を決めていたのか。
クルールが今置かれている立場と状況を鑑みれば、ゆるキャラに取り入るのが最善手と考えても不思議はない。
もしゆるキャラを嫌う理由が生理的に無理、とかだったならこうはならなかったのだが。
亡き兄への感傷に一区切りをつけたクルールが暴走を始める。
「結婚した暁にはトウジ様のお連れの方、全員の面倒を見させて頂きます。世継ぎに関しては申し訳ありませんが、正式な跡取りにはできません……ですがその、子ども自体はできるよう色々努力しますがもしできなかったり私の体では満足できなければ亜人の側室を娶って頂いて構いませんのでそれで許してもらえれば」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
早口でまくし立ててくるクルールを慌てて止めた。
言っている本人も相当恥ずかしいようで、顔の紅潮が加速して自身の髪色と同じくらい濃い。
できるとできないが錯綜してよく分からないことになっている。
……ああ、やっぱり前半の無駄な考え事が仇になった。
不必要に彼女を恥ずかしめてしまったことを後悔しつつ、ゆるキャラは口を開く。
「ごめん。君とは結婚できない」




