127話:ゆるキャラとケバい娘
騎士団長は非常に非協力的だった。
仔細を詰めるどころか、騎士団の詰所で門前払いする勢いだ。
「貴様のような薄汚い亜人を、神聖なる騎士団の土地に入れるわけにはいかん」
ピカピカの鎧に身を包んだ壮年の男がゆるキャラに言い放つ。
騎士団長のニコラス・モビュート伯爵だ。
チョビ髭が似合うナイスミドルだが、ゆるキャラを見つめるその表情は顰められ侮蔑に満ちている。
ついさっきその薄汚い亜人が君の上司である侯爵家の屋敷に入っているんだが、そんなこと言って良いのかね?
「追って騎士団所属の第二位階冒険者を一名、シャウツ男爵家宛てに派遣する。それをもって貴様への支援は果たしたものとする。だが勘違いするなよ。貴様が迷宮に入れるのは我々の許可があるからだ。すなわち迷宮で手に入れた全ての成果は、騎士団及び第一皇子派への献上すること」
侯爵に引き続き伯爵からも上納の念押しか。
自分たちは一次下請け、二次下請けに丸投げして儲けようとは流石は貴族。
いい御身分である。
しかも献上額の割合からして、最低限の活動費以外は全部吸い上げるつもりのようだ。
まあ金銭的保証は別にいらないし、もし金銭では賄えない成果物が出たなら、ちょろまかすかどうかはその時考えればいい。
侯爵同様こちらの行動に直接干渉するつもりはないようなので、二つ返事で同意してその場を後にしようとした時、伯爵が小さく呟いたのをエゾモモンガの耳は逃さなかった。
「シャウツ家は性懲りもなくまた穢れた亜人の血に縋るのか」
本日の仕事は無事終了したので、あとは宿泊している屋敷に戻るだけだ。
夕暮れの貴族街を馬車がゆっくり走る。
いつも通りゆるキャラとクルールは座席の対角線上に座っているのだが、非常に気まずい。
クルールの護衛騎士は御者台に移動していて、何故か馬車内は二人きり。
思いつめた表情で無言を貫くクルール男爵令嬢……これは絶対よろしくない覚悟を決めようとしているに違いない。
貴族社会は政略結婚が当たり前かもしれないが、さすがに生理的に受け付けない亜人とだなんて酷ではなかろうか。
シャウツ男爵家取り潰しの危機が一転、陞爵までちらつかされれば自身を犠牲にする覚悟を決めてしまってもおかしくない。
もし仮に彼女の望みを叶えるならば、ゆるキャラの正体は明かすべきだろう。
現時点ではゆるキャラのことは只の亜人としか伝えていないが、元々は人間(人種)で元の姿に戻るための旅をしていると伝えたとする。
本当に戻れるかどうかは置いておくとして、亜人の姿に怯える必要がなくなると知れば、心の負担は減るはずだ。
冴えないおっさんの外見になってしまうのは勘弁して欲しいわけだが、仮に人の姿だったとしても若いお嬢さんからしたら酷な結婚か。
クルールは緑系統の色でまとめられたドレスに、結い上げられた赤い髪がよく映える可憐な少女だ。
普段の顔つきはフィンや姪っ子に似て活発な印象を持っているが、今は沈痛な面持ちで見る影もなかった。
取り潰しの危機がある男爵家であり経済状況が芳しくないからか、ドレスは二着しか見たことがないし化粧っけもない。
それと比べてデクシィ伯爵家で見かけたクルールと同年代の少女は、それはもうケバかった。
ドレスもケバかったが特に化粧がケバくて、顔が真っ白になるくらい白粉を塗ったくっていた。
後からクルールに教えて貰ったが、その少女はデクシィ侯爵の娘であった。
クルール相手に頬に手を当てて高笑いしていたが、若いのにマウントの取り方が古典的である。
折角若いのだから素材で勝負すればいいのに、あれがこの世界での流行りだそうで。
美的センスが地球の中世のそれと似ているのは、似たような世界背景と文明レベルだからなのだろうか。
というか白粉って鉛が入っていて危険じゃなかったっけ?
いや、こちらの世界でも同じ製法とは限らないし、仮に鉛中毒になっても魔術があれば解毒できるとか?
などと考えていると不意にクルールに話しかけられる。
しまった、クルールが早まらないように先に話しかけて探りを入れるつもりが、思考が脱線してるうちに先手を取られた。
「私には兄が二人いました」
「二人?」
「はい。ひとりは今も辺境伯の元で研鑽を積んでいるマリウス兄様。もう一人は腹違いの兄でラルズ兄様がいました」
「いました、ということは……」
「ラルズ兄様は昨年、国外遠征中に戦死しました。敵陣で孤立してしまった味方部隊の殿を務めて、お兄様のおかげで他の方は無事に撤退できたと聞いています。お兄様には……亜人の血が流れていました」
クルールがシャウツ家について淡々と語る。
シャウツ家には長男マリウス、次男ラルズ、長女クルールの三人の子どもがいた。
マリウスとクルールは第一夫人の子どもで、ラルズは第二夫人の子どもである。
ラルズには他の二人にはない身体的特徴があり、狼の耳と尻尾……いわゆる人狼族の姿をしていた。
シャウツ男爵も第二夫人も人族だったため、生まれた直後は不貞があったとそれはもう大騒ぎとなる。
だが色々調べた結果そのような事実はなく、どうやらラルズは〈先祖返り〉したのだと分かった。
「〈先祖返り〉?」
「お父様、もしくは義母様の御先祖様に人狼族の方がいたようです。ラルズ兄様は偶然その人狼族の血が強く出たようです」
「ああ、隔世遺伝みたいなことか」
「かくせい……?」
知らない単語が出てきてクルールが可愛らしく首を傾げる。
「〈先祖返り〉の別名なだけだから気にしないでくれ」
シャウツ男爵家は弱小貴族ではあったが歴史の長い一族で、代々燃えるような赤い髪が特徴的だった。
三兄妹全員がその赤髪を受け継いでいたのだが、特にラルズは灰色の耳と尻尾を除けばシャウツ男爵の子どもの頃と瓜二つだったそうだ。
「シャウツ男爵家の屋敷の裏手には、魔獣が出るくらい危険で立ち入り禁止の森があったの。でも私とマリウス兄様はラルズ兄様に唆されて、度々その森で遊んでいたわ。当然毎回見つかって酷く叱られるの。お母さまたちに叱られる私たちを見て、お婆様は元気すぎるところが三人とも小さい頃のお父様にそっくりだと言っていたわ」
昔を思い出しているのだろう。
クルールは語りながら懐かしそうに目を細めていた。




