124話:ゆるキャラと登山届
突然の宣言にゆるキャラがぽかんとしていると、小柄なギルドの受付嬢が金髪のポニーテルを揺らしながらこちらへ走ってくる。
そして仁王立ちの老偉丈夫に対してどけろと言わんばかりにローキックを放った……が、びくともしない。
二度三度蹴っても微動だにしないので諦めると、唖然としているゆるキャラに向かって一礼した。
「ギルドマスターが失礼をしました。ようこそいらっしゃいました〈神獣〉様、〈深紅〉様、〈精霊仕い〉様。ご案内しますのでこちらへどうぞ。あとマスターは出入口を封鎖しないでください。邪魔です。」
「うむ」
この蹴られた挙句叱られたというのに、偉そうに頷いているのがギルドマスターらしい。
王都のギルドマスターであるエドワーズはなかなか優秀だったが、帝都のギルドマスターはどうだろうか。
今のところ非常に怪しいが……。
「というわけで貴様を銀冠の第二位階冒険者とする」
「ちょっとマスターは黙っててください」
「うむ」
「改めてご挨拶させて頂きます。こちらの大きいのがギルドマスターのリック・アーノルド。私はソフィア・アーノルドです。私はギルドマスターの孫でして、不肖ながら補佐を務めさせて頂いています」
案内された執務室でも同じ言葉を繰り返して頷いているギルドマスター。
あー、確かにこれはちょっと補佐が必要な感じだ。
執務室は奥の窓際にギルドマスターの机があり、リック・アーノルドは巨体が収まる専用の大きな椅子に腕組みをしながら座っている。
机の前には来客用の長いローテーブルが一つと四人掛けソファーが二対あり、片側にソフィア・アーノルドとクルール男爵令嬢、その反対にゆるキャラたちが座っていた。
「こんな祖父ですがかつては第一位階の冒険者でして、今も現場指揮と戦闘能力だけは現役冒険者にも劣りませんのでご安心ください。補佐は誰がしても構わないのですが、過去の威光が邪魔をして誰も指示や命令を出せないそうで、仕方なく孫の私の役目となっております」
孫のソフィアの話によると事務決裁のトップは実質サブマスターで、リックお爺ちゃんは現場指揮や実技試験といった実務担当だった。
どうりでエドワーズの机の上とは違ってさっぱりしているわけだ。
元第一位階冒険者だけあって、リックの人気と実力は相当なものだとか。
彼に憧れて冒険者を目指す者も少なくないという。
ゆるキャラたちの対応は本来ならサブマスターの仕事だが、本日不在ということなので代わりにマスターとその補佐が対応してくれていた。
「昨日〈神獣〉様が〈国拳〉様と対等に戦ったという情報は、冒険者ギルドも把握しています」
「本気を出したオグトの坊主とやりあうとはやるじゃないか。後で修練場に来い。わしが揉んでやろう」
「お爺ちゃんは黙ってて」
「うむ」
「冒険者ギルドとしては〈国拳〉様に匹敵する能力を持つ〈神獣〉様を、銀冠の第二位階冒険者に昇格させる準備が出来ています。クルール様より先触れを頂いていましたので、承知頂けるならすぐに手続き可能となりますが、いかが致しますか?」
なるほど、クルールから事前に連絡していたからリックが待ち構えていたのか。
どのくらい前から入口前で仁王立ちしていたかは知らないが、あの巨体だから相当邪魔だったろうな。
「断る理由もないしお願いしようかな。あとこちらからも聞きたいことがあるんだが……」
「〈魔法使い〉ことニール・ノナカ様たちのことですね」
まだ何も話していないのに、こちらの情報が筒抜けになっていて警戒心が働く。
エゾモモンガのまあるい目を鋭くさせると、ソフィアがすぐさまネタばらしをした。
「レヴァニア王国のギルドマスター、エドワーズから連絡が届いていたのです。帝国内での〈魔法使い〉様の活動を調査して報告して欲しいと。そして調査が終わり丁度報告書を王国へ送ったところでした。こちらが報告書の控えとなります」
これには思わず隣に座っているシンクと顔を見合わせてしまう。
どうやらジャストタイミングの訪問だったようだ。
「すまないが文字を読めないので、読み上げてくれないか」
「かしこまりました」
ソフィアの報告内容は以下の通りである。
〈魔法使い〉及び連れの少女二人の姿が帝都で確認されたのは、およそ二年前のことだ。
当時はまだ第三位階冒険者で二つ名も特に決めていなかったニールだが、帝都に到着早々に第一位階冒険者に因縁を付けられる。
そして一対一の決闘の末ニールが相手を打倒。
この時の相手の二つ名が〈魔法使い〉だったのだが、これを奪う形でニールは二つ名を手に入れた。
どこかのゆるキャラと似たような展開だが、ニール先輩のほうが結果は上々である。
前も第二位階冒険者のパーティーで挑むような魔獣を単独で屠ったと聞いていたが、先輩の武勇伝はとどまることを知らないな。
ゆるキャラも見習いたいものだ……別に〈国拳〉の二つ名は要らないが。
〈魔法使い〉となってさぞかし有名になっただろうと思いきや、その翌日には〈残響する凱歌の迷宮〉に入り人前からは姿を消してしまう。
決闘は秘密裏に行なわれ、結果について敗者が多くを語ることはなかった。
なので帝都の人々は〈魔法使い〉の二つ名の剥奪は知っていても、継承者については噂だけで素性はごく一部のギルド職員が知るのみとなっている。
ニール先輩なら迷宮でも大活躍していそうだが、ソフィアからは告げられたのは予想外の内容であった。
「こちらが当時記録された探索記録です」
ソフィアが差し出してきたのは羊皮紙の冊子で、資源の節約のためか小さい文字で何かが細々と大量に書いてある。
「〈残響する凱歌の迷宮〉は帝国貴族によって厳重に管理されており、この探索記録には迷宮に入るパーティーの氏名、年齢、職業、探索を開始した日時などが記載されています」
登山における登山届みたいなものか。
もし登山中に遭難した場合、登山届に書いてある情報を元にして迅速な救助活動が行なうことができる。
探索記録に関してはあくまで冒険者の流入を監視するのが主目的のようだが。
冒険者にはゆるキャラのように字の書けない輩も多いので、届け出は口頭で伝えられ冒険者ギルド職員が探索記録に記載する仕組みである。
「そしてお探しの方三名の名前の後ろに付いているバツ印ですが……」
ああ、文字は読めないが記号の意味は万国ならぬ異世界共通らしく、なんとなく分かってしまったぞ。
「大変申し上げにくいのですが……三名とも迷宮からの未帰還。つまり全滅したことを示しています」




