120話:ゆるキャラと236P/66P/623P
幌馬車に背中から叩き付けられると幌は引き裂かれ、折れた木製の骨組みが辺りに飛び散る。
置き去りにされた乗客の荷物も同様で、弾き飛ばされた鞄からは衣類が飛び出して空中をひらひらと舞った。
他にも商品と思われる木箱が粉砕されると、中に入っていた果物も潰れて甘ったるい果汁を全身に浴びる。
ゆるキャラの丸い体は座席の床板をぶち抜いたところで止まったが、オグトに鳥足を掴まれたままなので再度持ち上げられ叩き付けられた。
折れた木材が背中に突き刺さるのを感じながら、今度は床板の下の車軸もへし折って地面に激突する。
三度逆さまに持ち上げられて、ぐったりしているゆるキャラの顔をオグトが覗き込む。
「足の爪がまあまあ鋭いがそれだけだったな」
「……まだ終わってねえ」
掴まれていない方の鳥足でオグトの腕を蹴りつける。
直ちに鳥足を手放して避けようとしたが、間に合わずオグトの手首を深々と切り裂くことに成功した。
解放されたゆるキャラは着地と同時に地面を蹴って距離を取る。
手首から勢いよく血が噴き出しているがオグトは慌てない。
拳を握りしめて力を入れると腕周りの筋肉が膨れ上がり、まるで水道の蛇口を閉じたかのように手首からの出血が止まる。
力を入れて膨張した周囲の筋肉が、手首の傷を圧迫して止血したのだ。
「いや、手首に筋肉はつかないだろ!」
「鍛えれば普通につくぞ。筋肉は裏切らないからな」
思わず叫んだゆるキャラだったが、オグトからはさも当然だというような返事が戻ってくる。
打撃は最初から通らないと思っていたが、人体急所を狙った斬撃もここまで通用しないとは。
流石に眼球に筋肉はつかないと信じて、四次元頬袋から目を狙えそうな武器を取り出す。
剣を飲み込む手品の逆再生のようにして右手に現れたのは、いつぞやのサハギン戦で使った片刃の短刀だ。
長さは六十センチほどで鍔は付いておらず、反りのある刃の幅は広めの造りである。
対になるような似た意匠の短刀がもう一本あるが、左腕が使えないので今は出さない。
「おい、今どこから取り出した?」
オグトの質問は無視して、姿勢を低くして突撃する。
現時点では足技は使ってこないので、打点を低くすれば身長差もあって拳では攻撃しずらいだろう。
ゆるキャラの突撃に合わせて放たれた右ストレートを左に飛んで躱し、そのまま側面に回り込む。
追撃の左フックは先程ガードして酷い目にあった。
なので右方向へ体を切り返しながら更に下へ、滑り込むようにして回避する。
頭上を通過する拳が纏った突風で、エゾモモンガの耳の鼓膜がびりびりと震えた。
すれ違い様にオグトの左足の踵付近を短刀で斬り付けたが、筋肉に阻まれる。
……いやだから足の腱まで筋肉に覆われてるっておかしいだろ!
だがしかし、全身鎧の様に覆われた筋肉にも弱点はある。
振るわれる拳の速度は弾丸のようで威力も破城槌顔負けだが、それはあくまで正面に立った時の場合だ。
こうやって打点の反対側の側面に回り込めば連撃は放てまい。
更に分厚い筋肉は関節の邪魔をしていて、おもちゃの超合金ロボのように可動範囲が狭くなっているため、背後への攻撃は体の向きを旋回させて正面に据えるか裏拳ぐらいしかない。
攻撃速度はザーツの斧を上回るが攻撃範囲は逆に狭かった。
とはいえ背後を取っていても大技を繰り出す余裕はないので、地道に削るしかないな。
案の定、左フックの後はその場で回転するようにして右裏拳が飛んできた。
潜られまいと低い位置へ放たれた裏拳は飛び越えて、オグトが完全にこちらへ振り向く前に首筋を短刀で斬り付けたがやはり浅い。
頸動脈も肉の壁に阻まれた。
次の左ストレートは射程の外へ逃れて一度息を整える。
左腕は持ち上げようとするだけで激痛が走るし、背中には幌馬車の木材が刺さっているが引き抜く暇もない。
鳥足の爪は短刀より威力はあるが、蹴った後の隙が大きかった。
先程首筋に短刀ではなく蹴りを放っていた場合、それで決まればいいがそうでなければ左ストレートの餌食になっていただろう。
切られた首を撫でていたオグトが不意に笑った。
敵対する相手に向けるには不釣り合いな、まるで友人に相対したような明るい笑顔だ。
だというのに、何故か竜族の殺気を浴びた時と同じような怖気を感じた。
「やるじゃねえか。体も温まってきたしそろそろ本気で行くぞ」
「は?今まで手加減してたのか?」
「〈波哭・遠当て〉」
オグトが腰だめに拳を構えたかと思うと、掌底をこちらに向けて突き出す。
おいおいもしかして……。
嫌な予感と共に正面から接近する圧力を感じて、咄嗟に横へ飛ぶ。
紙一重で回避した不可視の何かは偶然背後にあった、先程散々ゆるキャラが叩き付けられた幌馬車を直撃する。
それはフィンの魔術《風刃》に似ていた。
突風のようなものが、幌馬車の残骸を粉々に破砕しながら後方へ吹き飛ばす。
残骸は少し離れた位置にある隣の列へ雨のように降り注ぎ、並んでいた人々が慌てて逃げ出した。
「飛び道具は周りの迷惑になるからやめとくか」
ゆるキャラが視線をオグトに戻すと、巨漢はすぐそばまで来ていた。
またもや腰だめの構えから格闘ゲームのように律儀に技名を宣言する。
「〈波哭・連打掌〉」
技名から内容を予測できるのはありがたい。
さもなければ勝負は決まっていただろう。
短刀を捨てて後ろに飛びずさりながら右腕でガードすると、オグトの突き出した掌底は不可視になるほどの速度でゆるキャラを二度穿った。
一度目で右腕の骨が軋み、二度目で完全に砕けた。
後方に飛んで威力を殺してこの威力か!
上空に打ち上げられたのち、自由落下を始めたゆるキャラにオグトが追いすがると次の技を放つ。
「〈波哭・昇竜〉」
「対空もあるのかよ!」
癖のない標準キャラクターのような技のレパートリーだな。
見覚えのある、お馴染みのジャンピングアッパーカットがゆるキャラを襲う。
連打掌とやらの威力から察するに、直撃すれば死が見える……故にここが正念場だ。
「ふんぬっ」
ゆるキャラが治っている両手のオジロワシの翼を羽ばたかせると、一瞬だけ自由落下をやめて体が上に持ち上がる。
「なにっ!」
そこで初めてオグトが驚愕の表情を浮かべた。
〈波哭・昇竜〉とやらはゆるキャラのラブリーなお尻のギリギリ真下で技の発動が終わる。
キンという空気を切り裂くような音がしていたので、当たればお尻から真っ二つだったのかもしれない。
とにかく対空攻撃を二段ジャンプで躱した今が絶好のチャンスだ。
「おらあああああ!」
四次元頬袋から両手剣を取り出し、一緒に落下を始めたオグトの肩口目掛けて振り下ろした。




