12話:ゆるキャラと加護の力
驚異的な身体能力の正体は加護である。
加護とは神々から個人に与えられる力で、身体強化、技能向上、特殊能力の付与など様々な効果がある。
ただし加護の内容や強さは人それぞれで、この世に生まれた瞬間に決定し、生涯変わる事がない。
しかも与えられる加護の種類や強さは一部の例外を除けばほぼランダムで、種族や血統が絶対ではなかった。
加護が強ければ見た目が非力な女子供でも戦場に駆り出されるのだとか。
平和な国に生まれ暴力とは無関係に暮らしていた俺が、バリバリ戦えているのは加護のおかげだ。
〈コラン君〉由来のチート能力もこちらの世界風に言えば、加護の力によるものだった。
イレーヌにしてもそうだ。
豹人族で肉感的な肢体の持ち主ではあるが、瞬きしてたら置いてかれるような素早い動きや剣捌きを披露するには、筋力だけでは全然足りない。
何かしらの加護の力があっての身体能力というわけだ。
では技術的な部分はどうだろうか。
上段横薙ぎの一撃を半歩引いて避けようとしたが、剣先が途中でぴたりと止まると肩口を狙った刺突に変化した。
慌てて右手の爪で弾いて難を逃れる。
体勢を崩されてしまったため、立て続けに振り回すように放たれた連撃は最初から爪で受け流す。
「オラオラ!どうした」
獰猛な笑みを浮かべたイレーヌの連撃はすさまじい。
更にギアを上げてきたのか、一撃目、二撃目、三撃目と繰り出される度に剣筋が加速した。
三撃目の受けが間に合わないと判断した俺は、地面を転がってやりすごす。
剣術の「け」の字も知らない俺は、熟練の剣士(と思われる)イレーヌの攻撃に翻弄されていた。
タイミングをずらしたり緩急を付けたりというフェイントに、幾度も引っ掛かる。
引っ掛かるのだが、驚異的な動体視力と身体能力をもってして、強引に体を動かして避けたり爪で受け流して凌いだ。
イレーヌから見ても俺の素人丸出しの動きは分かったであろう。
しかし徐々に状況は変わっていく。
俺がイレーヌの動きに慣れてきたのだ。
なまじ動体視力が良いため、俺は相手の攻撃の発生に合わせて回避か防御の行動を取っていた。
故にフェイントや緩急を付けられると、先に行っていた回避ないし防御行動が適切なものではなくなり、体勢を崩したり苦し紛れの受けになったりしていた。
なら攻撃が当たるギリギリまで待てばいいじゃん、となったわけだ。
無論相手の動きや攻撃速度をある程度見て慣れないと出来ない芸当である。
この慣れが加護による戦闘技術の向上の結果なのか、それとも俺自身の才能なのかは正直判断が付かない。
まぁ元々運動神経は良くない方なので、加護の力だろう。
とはいえこれが本気の殺し合いであれば、慣れる暇もなく俺が殺される可能性は高いが。
イレーヌの表情に少しずつ焦りが見えてきたような気がする。
ここから更にもう一段上がる、ということもなく相手の攻撃を観察する余裕が出てきた。
一度見た上段横薙ぎの一撃が来る。
途中で刺突に変化はしなかったので、今度こそ半歩下がって回避する。
追って放たれた大振りの一撃目を爪で弾き、速度の増した二撃目も受け流したが、三撃目の剣速が先程より遅いと感じた。
見極めるべくギリギリまで引き付けていると、刺突に変化した―――ここだ!
イレーヌの突きに合わせて俺は前に出る。
ずんぐりとした体を傾けて最小限の動きで躱すと、切先が髭の先をかすめた。
徐々に近づく凛々しい顔が驚愕の表情に変化する。
剣の間合いの内側へ侵入し俺とイレーヌの距離が限りなくゼロになると、汗の匂いがほんのりと混じった、女性らしいフローラルな香りがエゾモモンガの鼻腔をくすぐる。
なんとなく気恥ずかしさを覚えつつもクロスカウンターを……どうしよう、女性相手ってどこを殴ればいいんだ?
腹部なんて殴れないし、顔も駄目だろう。
回り込んで首筋に手刀とか?
いや、あんなので気絶させられるのは漫画の世界だけで、素人がやったら危険だ。
正しい答えを加護が教えてくれることもなく、コンマ数秒の中で逡巡する。
結局俺は足払いを仕掛けた。
短い鳥足を必死に伸ばして、爪を立てないようにイレーヌの足首を蹴りつける。
直後にバキン、という嫌な音がした。
「……あっ」
俺は爪を立てないようにと意識するあまり、蹴る力の加減を誤ってしまったのだ。
蹴りつけられたイレーヌの右足首はへし折れた。
更に骨を折っても尚殺しきれなかった威力が体を伝わり、空中で縦方向に二度回転させる。
そして受け身も取れず顔面から地面に叩き付けられると、手放していた剣が遅れて地面に突き刺さった。
賑やかだった妖精たちのギャラリーも、いつの間にか静まり返っている。
……やはり素人がいきなり対人戦をするのは間違いだったのだ。
「あ、あの、えっと……」
「はい、トウジの勝ち。これにて〈樹海の試練〉は終わり」
地面に倒れて微動だにしないイレーヌの側で俺があたふたしていると、シンクが終了を宣言する。
すると静まり返っていたギャラリーが再度騒ぎ出した。
「はいはい、イレーヌの治療をしますね」
「トージすごい!ずっと逃げてたと思ったら一回でドン!だったね」
フレイヤがやってきて手際よくイレーヌの容態を確認している上で、フィンが興奮した様子で俺に話しかけてくる。
俺的にはやってしまった感が凄かったのだが、周りの連中はそう思っていないようだ。
ギャラリーが静まり返っていたのも、単に俺のカウンターがクリーンヒットしたことに唖然としただけだった。
「顎から落ちて気を失ってるけどそのうち目を覚ますわ。足の骨折も《小治癒》の魔術で……はい治りました」
フレイヤが杖を振ると、イレーヌの足首の腫れが引いていった。
イレーヌの負傷はあっさり治ったようだが、(狼は別として)初めて暴力を振るうった俺の心には、はっきりとした恐怖が芽生えていた……。




