114話:ゆるキャラと暗黒空間
「トウジさんのアレは頬袋?でしたっけ。それにはどれだけの荷物が入るのですか?」
ケインの言うアレとは四次元頬袋のことである。
クルール男爵令嬢たち三名を馬車に乗せるにあたり、一部の荷物をゆるキャラの四次元収納に仕舞わせてもらった。
こちらも月華団の一件で馬車を一台失った分、他の馬車が過積載だったのでそのままでは三人を乗せることができなかったからだ。
ゆるキャラたちが王国王家及び公爵家の関係者と知ったクルールは、馬車の接収はもちろん同乗も辞退しようとした。
しかし女性三人を物騒な街道に放置するのは躊躇われたため、荷物を片付けて同席願ったわけだ。
荷物を別の馬車に寄せるふりをして、クルールたちの死角へ運んだ木箱をもぐもぐする。
アネアド村で能力の詳細までは伝えていなかったので、ケインに四次元頬袋に仕舞ってあった両手剣を吐き出して見せると、彼は驚き目を見開いた。
というわけでゆるキャラにしか見えないアイテムウィンドウの中、無限に広がる暗黒空間にルーナイト商会の荷物も格納してある。
もちろん樹海でもらった財宝とは混ざらないよう離した場所にだ。
「うーん、どれくらいだろう。さっき仕舞った馬車一台分の荷物の十倍くらい他の物が入ってるけど、まだまだいけそうだなあ」
「そんな大きさの四次元収納は聞いたことがありません。《次元収納》という魔術がありますが、一人前の魔術師が全ての魔力を使っても精々馬車の半分くらいの収納量です。魔術具に至っては貴重で上位貴族や王族しか所持していないうえに、収納量もさらに半分くらいになってしまいます。トウジさんお一人が国内を回るだけで運搬費用が……」
「生き物は入るのかしら?」
「入らないな」
「ふむふむ、性能は《次元収納》と同じなのかしらねえ」
一人でぶつぶつ言い出したケインは放置してアレッサに能力の説明をする。
四次元頬袋に生物は入れられないのだが、その定義は曖昧だ。
目に見えて動いている小さな虫などは収納不可だが、植物や土は収納可能だ。
例えば地面の一部分を齧り取るイメージで四次元頬袋を発動させたとする。
すると生えている草や土自体は収納されるが、土に潜んでいた目に見える虫や蚯蚓は取り残される。
草は生物じゃないのか?
土に含まれている微生物はどうなっているんだ?(小さすぎて目視では確認できないが)
雑草はOKだが、身長を越えて地面に生えているような木になると収納できない。
ところが切断して地面に寝かした状態だと収納できる。
生物の定義が曖昧というか一部が矛盾していて、なんともちぐはぐな収納条件である。
まるで誰かの主観で適当に決めたかのようだ。
収納空間には時間の概念もないので出来立てのスープを収納すれば、いつでも熱々を堪能できた。
ただし常温から離れた物体を収納しようとすると、温度差がある分だけ魔力の消費量が跳ね上がる。
また物体の運動エネルギーについても収納可能である。
その気になれば飛んできた矢を収納して、そのまま撃ち返すことも可能だ。
ただし熱と同様に収納コストが格段に上昇するのと、収納そのものが難しい。
難易度を例えるなら二階から目薬だろうか。
これはものの例えではなく、実際に二階から水滴を垂らして地上の人の目に入れるくらい難しいそうで……それは実質不可能な気がする。
なので基本的には無生物で常温で静止している物体が《次元収納》の対象となった。
「トウジさんがその気になれば《火球》くらいなら吸い込んで吹き返しそうね」
「それにはまず顔面で魔術を受け止める度胸をつけないとなあ」
四次元頬袋に収納するには、対象をゆるキャラの口元に近付けなければならない。
その距離およそ五十センチ以内。
《火球》を収納しようとして失敗すれば、顔面に直撃して愛くるしい顔が丸焼けだ。
もしゆるキャラが死んだら仕舞ってある物はどうなるのだろうか。
そのまま暗黒空間に飲み込まれたままで二度と取り出せなくなるか、某ネトゲみたいにすべてが飛び出して死体と共に地面に散らばるとか?。
その場合は体育館が埋まるくらいの金銀財宝が一気に飛び出すので、ある意味質量兵器だ。
「《次元収納》を使った本人が死んでしまうと、中身は永遠に取り出せなくなるわね」
「ふうむ、つまり何か大切なものを盗んで収納すれば、脅しに使えそうだな」
「ふふっ、なかなかいやらしいことを思いつくのねトウジさんは」
ここまでは《次元収納》と共通だが、四次元頬袋特有の能力もある。
収納した物体を暗黒空間内部で操作できることだ。
整理整頓のための配置移動もそうだし、アドベンチャーゲームでよくある、置物を画面上で回転させて底に張り付けてあった鍵を見つけて回収する、みたいなことができる。
更に忍者男戦で〈商品〉ウィンドウから直接四次元頬袋に羊羹を転送して、梱包を剥がしてから口内で発現。
そしてそのままもぐもぐするという、隙の無い回復方法を編み出したのだ。
というかこれが本来の頬袋としての正しい使い方のような気がする。
つまり〈コラン君〉に転生させてこの能力を与えた猫の説明不足というわけだ。
他にも気が付いていない能力の使い方がありそうだが、自分でコツコツ研究していくしかあるまい。
「本日は助けて頂きありがとうございました。このお礼は冒険者ギルドもしくはルーナイト商会を通して必ずさせて頂きます。それではごきげんよう」
最寄りの街に到着するとゆるキャラとは目線を合わせないまま、クルール男爵令嬢はお礼を言って去って行った。
結局〈コラン君〉として挽回する機会は無かったがまあ仕方がない。
もう直接会うようなことはないだろうし、野良猫に噛まれたと思って忘れよう。
旅の道連れ全員で同じ宿を取り夕食を済ませたのち解散となった。
明日からもまだまだ馬車の旅は続くのでさっさと寝ようとした時、扉がノックされる。
「トウジ様、少しよろしいでしょうか」
扉を開けるとそこに立っていたのは隣室に宿泊しているルリムだ。
メイド服からパンツにシャツというラフな格好に着替えている。
〈隷属の円環〉はつけたままだが、美麗な彫刻と取り付けた〈コラン君メタルストラップ〉もあって、普通にお洒落な首輪に見えた。
シャツはサイズが合っていないのか、胸元のボタンが多めに外されていてえらいことになっている。
「フィン様とシンク様はもうお休みのようですね。明日の朝に出直しますので……」
「ああ大丈夫だから入っていいよ、あいつらは多少騒いだとしても絶対起きないから」
ツインベッドの片方を占拠して寝ているフィンとシンクを一瞥してから、ルリムを部屋に招き入れる。
ルリムには備え付けの化粧台の椅子に座ってもらい、ゆるキャラは別途の端に腰掛けた。
「馬車の中でハンナさんから聞いた情報をお伝えしておこうと思いまして」
ハンナとはおばさんメイドの名前である。
ゆるキャラが退席した後も世間話は続いていたようだ。
「クルール様の家、つまりシャウツ男爵家ですね。男爵家は帝都での迷宮運営に失敗した責任を取って、南の辺境に飛ばされたそうです」




