112話:ゆるキャラとご長寿
こうしてゆるキャラ御一行の帝都行きが決定すると、ルーナイト商会の夫妻はとても喜んだ。
「であれば是非うちの商会に寄ってください。本店なら変装に使える魔術具もあると思います。そうだよな?」
「そうねえ。お父様は仕事から逃げ出すために毎日様々な魔術具を使っていたから、その中から貰っちゃいましょう」
夫のケインの問いかけに父親のことを思い出し、あきれ顔になった妻アレッサが答える。
《意思伝達》の効果でアレッサのお義父様ではなくお父様だと、ゆるキャラに即座に伝わった。
ふむ、ケインは婿養子だったのか。
ゆるキャラたちは何かと目立つ集団なので、少しでも存在感を減らせられないかなという話題になると、ケインから魔術具提供の打診があった。
元々店には恩人のゆるキャラたちを招待したかったようなので、そこに提案が追加されて断りにくい雰囲気に……いや、断る理由も特にないのだが。
夫妻としても帝都までの強力な護衛が手に入って安心したようだ。
馬車に揺られて心地よさそうに眠る愛娘、カリーナを夫婦が優しい顔で見つめている。
アネアド村から出立する際、双子の姉がごねた。
それはもう盛大にごねた。
「やーだーやーだー私も帝都に行く!ニール様を追いかけるの」
「駄目だよ姉さん。少なくとも交代の村付きが戻ってくるまでは村から離れられないよ」
「あと一週間ならあんた一人でも大丈夫じゃない?」
「もし昨日みたいなゴブリンの大群が出たらどうするのさ」
「うがーーーー」
年甲斐もなく地面でじたばたしている様は、正にデパートのおもちゃ売り場でひっくり返って駄々をこねる子どもそのものだ。
今にも出発を妨害してきそうな雰囲気だったので、大きな子どもは弟に任せて、ゆるキャラたちは逃げるようにアネアド村をあとにしたのであった。
帝都まではまだ馬車で七日ほどかかる長旅だ。
直線距離で七百キロ弱はあるとのこと。
帝都は国土の中心からやや南西寄り、つまりレヴァニア王国側にある。
そうなると帝国の全長はざっと二千キロ近くあるわけで、とてつもなく広大だ。
レヴァニア王国は樹海の北東部分からノの字に伸びていて、丁度日本の本州のような形状をしている。
ただし全長は四百キロ程度なので、実際の本州の三分の一の長さとなる。
ノの字の左右はそれぞれ別の国があり、並んだ三国すべてに隣接しているのがヨルドラン帝国である。
三国の中でも守護竜のグラボ少年のいるレヴァニア王国を筆頭にして三カ国同盟を結び、帝国の侵略に抗っている構図だった。
「戦争は様々な物資が大量に必要になるので、経済活動が活発になります。いわゆる戦争特需ですね。他国を侵略することにより、我々帝国商人たちが潤っていると思うと後ろめたいのですが、最近の皇帝陛下はその辺りがお上手ですね」
ケイン曰く近年の周辺国への侵略は、まるで演習のような小競り合いで終わることが多いそうだ。
互いに負傷者が出る適度で死者は出ないのだが、兵站は普通に消費する。
すると人的被害は抑えつつ活発な経済活動を維持できた。
相手への被害も最小限というか、一般市民への直接的な被害は無いので敵愾心が増えることはない。
なのでケインのような他国と取引する商人としても商売がしやすくて助かるんだそうだ。
約五十年前に初代皇帝になったグルエムは未だに皇帝の座についている。
普通の人族ならとっくに死んでいるのだが……。
「皇帝陛下は人族なのか?」
「……その質問は金輪際しないほうがいいですよ、トウジさん。皇帝陛下の御子息、御息女どころか孫、曾孫の代までいますので人族なのは間違いありません。ところが未だに皇帝位継承の話はありません」
馬車の中にはゆるキャラとケイン家族以外は誰も居ないというのに、彼は辺りを見回し急に小声になった。
「それって子どもたちから不満は出ないのか?」
「表向きには出てないですね。御子息、御息女は高齢なので既に隠居。孫の代が次期皇帝候補ですが、このままだとそれも怪しいですね」
皇帝は御年八十五歳。
平均寿命が短いアトルランだと相当な長生きで、地球換算なら百歳は越えている。
なのに背筋は真っ直ぐ伸び足腰もしっかりしていて、年に一度の市民へのお披露目に必ず姿を見せるそうだ。
皇帝は波紋でも習得しているのかな?
「巷では森人族の先祖返りだとか言われていますが、帝国の王族貴族は人族の純潔を重んじますので、吹聴したと知られれば不敬罪に……」
ここで急に馬車が止まった。
「何かあったのでしょうか」
「またトラブルか?馬車の旅ってこんなに危険なのか」
「流石に毎日のように何かが起きるのは初めてですね」
となるとやはりゆるキャラ御一行の中に、幸の薄い人物がいるのかもしれない。
どこかに神社でもあればお祓いしてもらいたいものだ。
「でもトウジさんたちがいるから、何に襲われても安心ね。ねえカリーナ」
アレッサが落ち着いた様子で、馬車が止まった振動で目を醒ましてぐずり出したカリーナをあやす。
さすがは大店の跡取り娘で肝が据わっている。
横で不安そうにしている婿養子ケインとは違うな。
ならば信頼に応えましょうかと、三人を残して馬車の外に出る。
前方の様子を覗うと我々の馬車三台の前に別の馬車があった。
その馬車はいかにも貴族が乗っていそうな、美しい装飾が施されているのだが……おそろしくボロい。
かつては艷があっであろう黒い車体は、経年変化で色褪せ煤けた淡い色合いになっている。
屋根の四隅には馬を模した彫刻が付いているが、どれも上半身が欠けたり丸々無くなったりしていて無事なものはない。
そしてとどめに前輪の車軸が折れたのか、車輪が外れて立ち往生している。
アレスとジェイムズがその馬車の近づき、馬車の持ち主と対峙していた。
馬車の横で腕を組み仁王立ちしているのは、ドレス姿の貴族然とした少女だ。
緑系統の色でまとめられたドレスに、結い上げられた赤い髪がよく映える。
その少女は護衛の女騎士とメイドを一名ずつ侍らせ、偉そうな態度でアレスに向かって言い放った。
「わたくしは帝位継承権第三十位、クルール・ウラク・シャウツ男爵令嬢よ。見ての通り馬車が壊れたから、あなたたちのを一つ献上しなさい!」




