110話:ゆるキャラと三年前
「へえ、あの月華団の首領をねえ。こんなもこもこなのに強いんだ」
「ん、トウジはもこもこもふもふで強い」
「どれどれ……あっ、すごくいい……おお、においもなかなか香しい」
リエスタがおもむろに席と立つと、正面からゆるキャラに抱き付いてきた。
そして胸元の灰褐色の毛並を顔面で堪能しながら、小振りで形の良い鼻をくんくんさせているではありませんか。
ちょ、やめて。
抱き付かれるのは慣れたし、ある意味ゆるキャラ冥利に尽きると言える。
だが流石ににおいを嗅がれるのは恥ずかしい。
「むう、ずるい。わたしもにおいをかぐ」
しかもシンクが真似をし出してしまった。
正面はリエスタ、背後は椅子の背もたれで塞がっているので、脇腹あたりにくっついてきた。
いつもの角ぐりぐりからの、鼻くんかくんかである。
「ふふん、私はとっくにトージはいい匂いだって知ってたもんね」
空中にふよふよと浮かび漂っているフィンが、何かしらの骨付き肉にかぶりつきながら自慢げに言い放つ。
なんだそのマウントの取り方は。
アナも羨ましそうにこっちを見ないでくれ。
しかもやんわり引き離そうとしているのだが、リエスタもシンクも一向に離せない。
「【闘神】の加護持ちの私を簡単に引きはがせると思ったら甘いよ」
これまた強そうな神の名の加護だこと。
本気を出せばリエスタは引き離せそうだが、あんまり暴れると毛が舞って食べ物の皿に入ってしまうので、黙って抱き付かれているしかなかった。
傍でライナードが「姉さんやめなよ……」と説得を試みているが、声が小さくて聞こえているのはゆるキャラだけだろう。
「強くてカッコイイ旦那様が理想だけど、強くてカワイイもありかなあ」
「ん、トウジは強くて可愛くてもふもふ。そしていいにおい」
「昔心に決めた理想の旦那様がいたんだけど、先約が二人もいてさ。諦めちゃったわけ。それからは私より強くて格好いい人を探してるけど、全然見つからないの。アレスは顔は合格だけど強さがねえ」
君たちは抱き付いたまま会話を進めるのか。
そしてアレスに再び流れ弾だが、渋面ばかり作っていると皺が癖になって老け顔になるぞ。
「やっぱり追いかけるかなあ、ニール様たち今頃どこにいるだろう」
ん?その名前は……。
シンクも名前に反応したのか、角ぐりぐりをやめるとリエスタに顔を向けて問いかけた。
「ニールって、ニール・ノナカ?」
「シンクちゃんニール様を知ってるの!?」
まさかこんなところで手掛かりを得るとは。
ニール・ノナカというハーフタレントみたいな名前の人物は、三年前にリージスの樹海に現れた先輩異邦人のことだ。
シンクの姉ハクアと竜巫女が樹海を出奔した原因であり、我々の探し人でもある。
「わたしはハクア姉さんの妹」
「ああっ、そう言われると色が違うけど見た目はそっくりね」
「それで姉さんたちとはどこでであったの?」
「ニール様と出会ったのは三年前、自由都市でのことよ」
懐かしそうな表情を浮かべると、リエスタはゆるキャラに抱き付いたまま自らの生い立ちを語り始めた。
リエスタとライナードは双子である。
どちらも金髪碧眼の美しい容姿を持ち、また見た目もそっくりであった。
幸いにもお転婆な姉と内気な弟だったので、反応や態度を見れば取り違えることはない。
たまに悪戯や遊びで無表情のまま並ばれると本当に見分けがつかなかったが、毎回弟が無表情に耐えられずすぐに眉尻を下げてばれるまでがお決まりである。
双子は捨て子で、赤子の頃から自由都市キールのとある孤児院で暮らしていた。
その美しい容姿は注目の的で、人さらいに目を付けられることもしばしば。
だが狙われた翌日には人さらいの死体が街の川で浮かんでいるという事態が続き、やがて誰も双子には手を出さないようになる。
戦闘系の加護にも恵まれた二人は、成人して孤児院を出た後は冒険者になると決めた。
そして順調に成長し、孤児院に捨てられて丸十五年経ったその日、冒険者ギルドに向かっていた双子の前に一台の高級な馬車が止まる。
出てきたのは身なりの良い中年の男で、双子にこう語りかけた。
「私はお前たちの父親だ。理由があって孤児院に預けて成人する今日まで影ながら見守って来た。ようやく二人を受け入れる体制が整ったから迎えに来た。さあ一緒に故郷に帰ろう」
突然の出来事にライナードは驚き呆然としていたが、リエスタは弟の手を掴むと言い放つ。
「今更迎えに来たとか調子の良いこと言ってんじゃないわよ。人さらいを始末してたのもあんたの指示でしょ。裏でこそこそやってたのは知ってるんだから。あんな奴ら自力でなんとかできるっての。私たちの故郷はこの街で親は院長先生よ。商人だか貴族だか知らないけど二度と顔を見せないで!」
「ま、待ちなさい。お前たちは……」
自称父親の制止を振り切って逃げだした二人だったが、孤児院を出た今頼れる人もいないためそのまま冒険者ギルドに向かう。
国家間を跨ぐような大組織である冒険者になってしまえば、迂闊に手も出されないのではとリエスタは考えたが、甘かった。
冒険者ギルドには既に父親の手の者が待ち構えていた。
しかも第二位階冒険者パーティーを双子の捕獲のために雇っていたのだ。
才能ある双子とはいえ在野最強の冒険者たちに敵うわけもなく、冒険者ギルド内の床に組み伏せられてしまう。
追いかけてきた父親に見下ろされたまま、リエスタが吠える。
「放しなさいよ!今更出てきて親父面すんじゃないわよ」
「娘の方も道具として嫁がせるつもりだったが、ここまであばずれだと矯正が面倒だな。よし息子だけ連れて行く。見た目は同じなのに中身はどうしてこうも違うのか。まあ逆じゃなくて幸運だったな」
「姉さんっ!」
こうして姉弟の仲が引き裂かれそうになった時、ふらりと小柄な人物が渦中に進み出てきた。
「自由都市って言う割には、全然自由な感じがしないのな」
その人物は双子にも負けない美貌の、黒髪黒目で隻腕の少年だった。
「というわけで偶然その場にいたニール様が助けてくれたのよ。たった一人で第二位階冒険者を圧倒しちゃったんだから。凄くない?凄いわよね。あれで惚れない女はいないわ」
ニール先輩の勇士を思い出しているのか、ゆるキャラの腹に抱き付いたまま半生を語ったリエスタが頬を上気させている。
格好はともかく顔だけなら恋する乙女だ。
確かに凄いな。
たった三年前までライナードの外見がリエスタと同じだったなんて驚きだよ!




